Round South America
 Sucre Bolivia



ボリビア南部の古都スクレで僕が滞在していた宿はこの街で一番大きなメルカド(市場)の目の前にあった。スクレ滞在中、僕は毎日このメルカドに足を運んでいたが、それは毎日何か買い物をしていたのかというと、決してそういうわけではなくて、実はメルカド内で食事をするのが目的だった。

メルカドの中にある食堂での食事を僕が好んだ理由は幾つかあるが、まず何よりも値段が安かったからである。街中の定食屋で昼食や夕食をしようとすると、だいたい20ボリビアーノくらいするセット料理が、ここなら15ボリビアーノで済んだ。1ボリビアーノはおよそ16〜17円だから、定食が250円前後で食べられることになる。








ボリビアは僕がこれまでに滞在してきたブラジルやウルグアイなどに比べると、もともとかなり物価が低い。ブラジルやウルグアイで外食するとどうしても1食1,000円以上はかかってしまうから、ボリビアに入国した時点で経済的にとても助かっているのだけれど、それでも数日も経つとその低い物価にも慣れてしまって、今度は僅か5ボリビアーノの差が気になってくるのはバックパッカーの悲しい性である。

そのため、僕はスクレで毎日メルカドの食堂に通っていたわけなのだけれど、この食堂にはおおむね満足していた。値段が安いからといってマズイということもなく、量が少ないということもない。メニューの選択肢が限られていて、南米の他の国と同じでメインが肉しか選べないけれど、でもこの国ではウルグアイやアルゼンチンとは違い、どこの店でもアロス(お米)を食べられる点は日本人の僕にとって嬉しいことである。

僕は1日2回この食堂に通っていたが、飽きがこないよう、ポジョ(鶏肉)・バーカ(牛肉)・チョリソー(豚肉のソ−セージ)をローテーションするようにしていた。メインの肉さえ選んでしまえば、後は食堂のおばさんがパパ(ジャガイモ)と付け合せの野菜を適当に盛り付けしてくれるので、注文する上で特に難しいことはない。

この食堂の唯一の欠点は、いつも大勢の地元住民客で混み合っていることだ。レストランなどに比べて値段が安いせいだろうけど、満席のためにけっこう長く待つこともある。でもまあ、待つのはいっこうにかまわない。何故ならこのスクレでは僕は時間が余っているのだ。よんどころない事情のために。



僕がボリビアで最初に滞在したところは西部のサンタクルスという都市だった。サンタクルスは人口およそ200万人の大都市で、見所も沢山ありそうだったのだが、そこに滞在したのは1泊だけで、すぐにこのスクレへと移動してきた。

スクレはサンタクルスや首都のラパスと比べるとかなり小さな都市で、人口も20万人程度しかいない。こういっては何だが、たいした見所もない(観光が目的なら1泊で充分だ)。そうなると普通はサンタクルスに長く滞在していろいろと観光し、スクレでの滞在は短くするものなのだが、僕の場合はそうはしなかった。その理由は僕がこのスクレで

 「高山病対策」

 をしたかったからである。僕はこのスクレの後は更に東に進み、いずれは太平洋まで行く予定である。しかしそうするためにはアンデス山脈を越える必要があり、それは標高4000〜5000mの土地を移動したり、あるいはそのような土地に滞在しなければならない。

以前にチベットを旅したとき、僕は34時間というかなり長い時間をかけて陸路で標高5000mまで移動したことがあるのだが、それだけ長い時間をかけたのにもかかわらず、僕は高山病に罹ってしまった経験を持っている。

高山病に罹るか罹らないかは個人差があるらしいが、インターネットで調べたところによると、罹ってしまう人の場合、標高2400mを超えるとその症状が出始めるそうだ。自分の過去の経験を考えると、今後に早急な移動を繰り返した場合、おそらくまた高山病になってしまうだろう。あの頭が割れるような痛みはできれば避けたいところである。

高山病対策として一番有効なのは時間をかけて高地順応することだ。そしてスクレの標高は2700m。高地には違いないけれど、普段標高の低いところで生活する人間が高地順応するにはちょうど良い高さである。そんなわけで僕はこのスクレでゆっくりと滞在し、空気の薄さに慣れることに努めることにしたのである。特に面白い何かが見られる街ではなかったけれど。



そういうわけで僕は暫くの間、このスクレでゆっくりすることにしたのだけれど、ただそれは僕が宿に引きこもってのんびりしていたということじゃない。(これもインターネットで調べたことだが、)高山病対策で高地順応するにはベッドで休養しているよりはむしろ軽く身体を動かしていた方が良いらしく、そのため僕は毎日外に出て散歩することをスクレでの日課にしていた。

まず朝に(といっても10時頃だけど)メルカドの食堂でブランチを済ませてしまう。朝から思いっきり肉食するのは少々胃に重いのだが、その代わりに昼食を抜くことにして調整する。いくら安いといっても、そんなに肉ばかり食べてはいられないから。

食事の後は街外れにある修道院を目指して歩き始めることにする。スクレはそれほど大きな街ではないので、郊外に出ようとしない限りは徒歩だけで充分に歩いて廻ることができる。そして僕は歩きながら白い家が建ち並ぶ様子を観察する。ガイドブックによれば、なんでもスクレには 「建物の外壁は白色でなければならない」 という条例があるとのこと。で、そのためにこのような白一色の街並みになっているのであるが、統一感があって綺麗といえば綺麗である。

ただ日本人の感覚からすると、自宅の壁の色を自分で決められず、行政に決められてしまうというのは少々やり過ぎではないのか?という、気がしないでもない。例えば、「 レアル・マドリードが嫌いだから白にはしたくない 」とか、「 昔から浦和レッズのファンなので、自宅の壁も赤じゃなきゃ納得できない。 」とかいう住民がいたらどうするのだろうか? まあ、スクレに浦和レッズファンの住民はいないかもしれないれど、なんとなく気になってしまう。








そんなくだらないことを考えながら、ひたすら歩く。街外れにある修道院(ラ・レコレータ修道院という)は長い上り坂の先にあって、歩いてそこへ行こうとすると、たいした距離でもないのにかなり疲れるのだけれど、それでも僕は毎日その修道院を散歩の目的地にしていた。

その理由は修道院前の高台からの眺望が素晴らしかったからだ。白い壁と茶色い屋根の統一された街並みは見ていてとても壮観である。高層ビルが無いところも古都らしくて良い。タクシーなど使わず、長い坂を自力で歩いて来ると、ちょっとした達成感みたいな気分も湧いてくる。

歩き疲れた僕はこの高台に座り、しばしの休憩をとる。喫煙者ならわかると思うけど、運動した後にはタバコを吸いたくなってくるのだが、残念ながら今はその一服ができない。もちろん、高山病対策のためである。少々辛いけれど、完全に高地順応できるようになるまでタバコは(あとアルコールも)我慢するしかない。

高台での休憩を終えると、また街の中心部へと戻るために歩き出す。帰りは下り坂になるので、行きに比べるとラクである。平日昼間の住宅街は人通りが少なく、歩いていても特に面白いことはない。白い家並みの写真を撮影してみても、どれも似たり寄ったりである。

セントロ(街の中心部)まで戻ってくると、静かな古都も流石に多少は賑わっている。パルケ(公園)やプラザ(広場)に行くと、地元住民がベンチに腰掛けて談笑していたり、小さな子供達が遊んでいる姿が目に入ってくる。あと、こういう場所ではたいていの場合インディヘナ(先住民族)のご婦人たちが路上に座り込んで、ささやかな商売をしている。





インディヘナのご婦人方は民族衣装を身にまとっているので、すぐにわかる。彼女達は観光客向けのサービスでこういう格好をしているわけではなくて、これが彼女達の普段着なのである。彼女達が売っているものはスナック菓子や菓子パンといった、細々したものばかり。僕は時々彼女達からスナック菓子を買ったことがあるのだけれど、だいたいビニール袋1袋分で2ボリビアーノ(日本円にして30円強)だった。原価がどのくらいなのかわからないけど、こんなに安くてよく商売として成り立つものである。

あと気になったのは 「どのインディヘナのご婦人も、もれなくよく太っているのは何故なのだろう?」、ということである。 ボリビアに来て大勢のインディヘナのご婦人を見かけたが、やせている人というのはまずいない。ボリビアは南米で最も貧しい国だそうだが、それにしては本当に皆よく太っている。あるいはあの民族衣装が女性を太っているように見せるのだろうか? 謎は深まるばかりだ。

しかし僕は特に熟女好きというわけではないので、インディヘナ女性の体型に関する考察もそれほど長く続かない。彼女達から買い物をした後はいつも、 「ああ、やっぱりよく太っていたな。」 と、思うだけで、再び街歩きを再開することになる。



そしてそんなふうにセントロを散歩していて、僕は用事をひとつ思い出す。僕がこのスクレに滞在しているのは高山病対策として高地慣れするのが目的なのだが、実はそれ以外にもうひとつしなければならないことがあったのだ。それは

 『 ソローチェピル( SOROCHI PILLS)』

 の購入である。このソローチェピルは高山病の予防薬で、標高2700mのスクレでは今のところ服用する必要はないのだが、高地に到着して高山病の症状が出る前には飲み始めなければならず、それを考えるとスクレに滞在しているうちに購入しておくべきだった。

そしてそのことを思い出した僕は薬局を探すことにする。南米では薬局のことを 『 ファルマシア( farmacia ) 』 というのだが、これはけっこう便利なところである。どのように便利なのかというと、高山病予防薬くらいなら処方箋なしで買えてしまうのである。日本だとこうはいかない。僕は上手い具合にセントロのラヴェロ通りでファルマシアを見つけると、中に入る。そして白衣を着用していた女性の店員に

 「 Quiero comprar sorochi pills. (ソローチェピルを買いたいです。)」

 と伝えると、彼女はすぐに目的のものを出してくれた。そして続けて、「何錠ほしいの?」と、尋ねてくる。どうやら1錠単位で販売してくれるようなのだが、どうせ1錠では足りないだろうから1箱買うことにする。1箱20錠入りで120ボリビアーノ(約2,000円)だから、ボリビアの物価から考えるとかなり高いが、健康にはかえられない。






そんなふうにして一仕事を終え、ここで再び歩き疲れた僕は本日2度目の休憩をとることにする。公園のベンチで休憩するのもよいが、喉も乾いているので喫茶店に入る。どこの国でもそうだけど、喫茶店にも値段が高いところもあれば安いところもあるが、今日は散歩だけではなく薬の購入という目的をひとつこなした自分への褒美にグレード高めの店にすることにした。

その店で僕が注文したのは 「コカ茶」 である。その名のとおり、コカの葉から作られたお茶だ。コカの葉はコカインの原料にもなるために、世界のほとんどの国で販売が禁じられているのだが、それがここボリビアではごく普通に流通していて、誰でも簡単に購入することができる(実は僕もコカの葉を買った)。

その用途は主にコカ茶のような飲料にされることが多くて、家庭ではボリビアの一般的なハーブ・ティーとして飲まれているし、喫茶店や食堂でも提供される。他の飲料なら、かつてはコカ・コカーラの成分だったことで有名だ。

割としっかりした喫茶店でコカ茶を注文すると、お湯を注いだカップにコカの葉を直接入れた状態で出してくれる。茶漉しなどは使わない。カップの中で、最初は透明だったお湯が徐々にコカの葉の緑色に染まっていく様子を僕はじっと眺める。ちなみに値段は5ボリビアーノ(約80円)で、一緒に砂糖が付いてくる。









安食堂などで注文するともっと安くて、だいたい2.5ボリビアーノ(約40円)くらいだ。ただしこのくらいの値段だと大抵の場合はティーバッグで、なんだか素っ気無い。このティーバッグはスーペルメルカド(スーパーマーケット)でも購入できるのだが、残念ながら 「お茶を見て愉しむ」 という人には適さないだろう。

でもまあ、僕の場合はお茶を視覚的に楽しむというような優雅な趣味は持ち合わせていないので、味が悪くなければティーバッグでも全然かまわない。僕がコカ茶を飲む目的は高地でタバコが吸えないので、その代わりにコカインを服用 ・・・ いや、違う。そうじゃなくて、これも高山病対策の一環なのだ。

実はコカ茶には高山病の症状を軽減させる効果があり、そのためボリビアでは昔からよく飲まれている。ずっと高地に住んでいる人にとってはその効果は特に意味はないが、ひとくちにボリビアといってもその国土は広く、僕が先日まで滞在していたサンタクルスのように低地の都市もある。それら低地の都市に住む人達が何かの用事で例えば首都のラ・パス(標高3,600m)に行くような場合、昔からコカ茶を飲むことによって高山病に対処してきたそうなのだ。

そういうわけで僕がコカ茶を飲むのも、もちろんその高山病対策のためである。コカの葉も購入したけれど、それだって別に何か悪用するために買ったわけじゃない。では何のために買ったのかというと、珍しいものなので日本の知人へのお土産として・・・と、思ってていたら、実はコカの葉はもちろん、商品化されたコカ茶でさえも日本に持ち込むのは法に触れてしまうということを買った後で知った。

それで、「買ったはいいけど、いったいコレどうすればいいんだろう? せっかく買ったのに捨てるのはもったいないし・・・。」と、その処分をどうすればよいのか、ということについて延々と頭を悩ませるという、そんな1日を僕はスクレで繰り返していたのである。



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