Round South America
 Sao Paulo Brasil



経済成長が著しいブラジルの主要都市サンパウロ。そのサンパウロで僕はトゥクルヴィと呼ばれる地区に宿をとっていた。僕がその地区の宿に滞在することにした理由はサンパウロの中心部の宿に比べて、割安だったからである。

このトゥクルヴィはサンパウロの地下鉄を利用して行ける場所としては市の中心部から最も離れている地域のひとつで、時間の無い観光客にオススメするのは少々難しい場所なのだけれど、僕の場合は特に急いで旅しているわけでもなかったので、金銭的な条件を最優先にしてここを選んだのである。ここならドミトリーとはいえ、1泊1000円ぐらいで泊まることができる。中心部だと少なくともこの2倍以上かかるので、それを考えるとかなり割安である。

ただ、中心部から離れているせいだろうか、宿の周辺にはたいしたものがない(まともな商業施設はスーパーマーケットぐらいしかない)。おかげで僕は日本に絵葉書を送ろうと思って宿のオーナーに郵便局の場所を尋ねた時も

 「 この近くに郵便局は無いんだよ。少なくとも歩いていける距離にはない。地下鉄に乗って隣の駅まで行けばあるんだけど。」

 と、返答されてしまったぐらいである。まあ、それでも絵葉書は送りたかったので、教えてもらったとおりに地下鉄に乗って隣の駅まで行ってみると、その駅施設の構内で、僕は日本で時々利用していたショップが営業しているのを見かけることになった。それは100円ショップの「ダイソー」である。





 「 ダイソーはブラジルにも出店しているんだな。」

 というのが、僕がそのショップを見たときと率直な感想である。ダイソーが海外に出店していることは耳にしたことがあったけれど、それはアジアのような比較的日本から距離の近い国々のことだと思っていた。まさか南米大陸まで進出しているとは。

僕は郵便局は後回しにして、とりあえずそのダイソーへ入ってみることにする。店舗の外観は日本のダイソーと何ら変わりがないように見えるけど、店内も日本のダイソーと同じなのか、それとも違うのか、確認したかったからである。



店内に入って僕がまず気が付いたのは、商品価格である。ダイソーといえば100円均一がウリだけれど、こちらでは一部の商品を除いて 「6.9 レアル均一」だった。これは日本円に換算するとおよそ300円だから、日本のダイソーと比べて少々というか、かなり高い。最近は円安が急速に進んでいるので、それを考慮しなければならないのだろうけど、そうだとしても300円は高いと思う。








だって販売されている商品は日本のダイソーとほとんど変わらないのだから。あまりに変わらなすぎて、日用雑貨だけでなく「暖簾」まで扱っている。ご丁寧にアルファベットで「NOREN」、そしてポルトガル語で商品を説明するためのPOPまで取り付けてあったけど、こちらで「いらっしゃいませ」とか日本語で書かれた暖簾なんて需要があるのだろうか? こんなものを飲食店の店頭に取り付けたって、大多数のブラジル人は意味を理解できないと思うのだけれど。

そんなわけで、日本で100円ショップに行くと、その単価の安さからつい必要の無いものまで購入してしまって後悔したりする僕だけど、ここではそういうわけにはいかなかった。何しろ1品300円のダイソーである。輸送コストのためか、それとも日本と比べて関税が高いのか、正確な理由はわからないけど、いずれにしてもバックパッカーが衝動買いできる価格でない。

だから僕は海外でダイソーを見つけた記念に、この旅で本当に役立ちそうなものとして、予備の靴下を1足だけ購入することにする。そして選んだ商品を手に持ってキャッシャーへ行く。レジにいたのは小麦色の肌をした、彫りの深い顔立ちの若い男性だった。彼は商品をスキャンし、レジ袋に入れ、僕に手渡す。それから金銭の授受を済ませると、僕に向かって笑顔を浮かべながら

「 日本人?」

 と尋ねてきた。何故僕のことを日本人だと思ったのか気になったけど、深く考えずに「そうです」と答えると

「 不良の際は商品とレシートをお持ちください 」

 と、少々たどたどしくはあったけれども、でも完全に正しい日本語で言うのであった。そして僕はただただ驚くばかりであった。だって日本のダイソー、いやダイソーに限らず日本のどこの100円ショップでも、会計のときにそのような言葉をかけてくれた店は無かったから。



ダイソーで買い物した後、本来の目的であった郵便局での用事を済ませた僕は再び地下鉄に乗って宿へと帰ると、インターネット検索で調べ物をした。ダイソーのようなブラジルに海外店舗を持つ日本企業が他にもあるのか、気になったのである。

何故気になったのかといえば、それはダイソーでの出来事が僕にとって軽い衝撃だったからだ。まさか日系人でもない地元店員が「 不良の際は商品とレシートをお持ちください 」なんて言葉を正確な日本語で発するなんて想像もしていなかった。それでこういうのはごく普通のことなのか、知りたくなったのである。

海外店舗・ブラジルというキーワードで検索してみると、ブラジルに支店を持っている日本企業はあまりなかった。日本の製造業がブラジルに工場を持っているというケースは沢山あるのだが、店舗という業態で活動している企業となると、非常に少ないようだ。

そんななかで、何とか見つけることが出来たのは「三菱東京UFJ銀行」 と 「H.I.S」、そして「すき家」で、店舗の所在都市は皆サンパウロだった。三菱東京UFJ銀行とH.I.Sはなんとなくわかる。こういう企業は現地に進出している日本のメーカーやそこで勤務する日本人駐在員をサポートするのが目的だから、店舗を置く意図は理解できる。しかし

 「すき家」

 あの牛丼の「すき家」である。どうしてブラジルにすき家があるのだろうか?「シェラスコ」というブラジルの肉料理を聞いたことがある人もいると思うけど、牛肉を食べる事については日本よりずっと歴史のある国である。そんなところへ日本の牛肉料理を持ち込むなんて、いったいどういうつもりなんだろう?

あるいはこれも日本人駐在員をターゲットにしたのかもしれないが、それにしたって限界があると思う。いつも同じ銀行を利用する、いつも同じ旅行会社を利用するという人は多いと思うけれど、「食事はいつも牛丼」というのはちょっと考えられないし。

考えれば考えるほど、すき家のことが気になってくる。そしてこうなってくると、その実態を自分の眼で見てみないと気がすまないのがバッカパッカーの性である。だから僕はすき家へと足を運ぶことにした。自分が納得すれば、そこがバックパッカーにとっての観光名所である。



サンパウロ市内にはすき家が10店舗以上もあるのだが、それらは全て市の中心部にある。僕はそれらの中から、「すき家 ヴェルゲイロ店」という店舗に行くことにする。滞在しているトゥクルヴィ地区から地下鉄1本で直行できることがわかったからだ。

日本にいるとき、すき家も含めて牛丼屋を利用したことは何度もあったが、たいていの場合、「たまたま近くに牛丼屋があるので」というような感じで食事をすることが多かったように思う。少なくとも今回のように「よし、牛丼食べよう!」と思って、出かけることなんて無かったはずだ。それを考えると今の自分の行動がとても不思議に思えてくる。








そしてわざわざ地下鉄に乗り、10駅以上も通過して市内の中心部へと足を運んで目的の場所へと着くと、僕の目の前には日本で利用したのと全く同じ「すき家」があった。少なくとも外観は日本にある店舗と同じだった。赤いドンブリに日本語ですき家と書かれたおなじみの看板が、ここがすき家であることを力強く主張している。

それから意を決して店内に入ると、内観も日本のすき家と比べて大きな違いはないように見えた。入口付近にはキャッシャーとメニューを表示している電光パネル、続いてカウンター席、そして店奥にはテーブル席がある。僕が電光パネルに目をやると、そこには牛丼がアルファベットで 「GYU - DON」 と書かれているのがわかった。

 「 どうやら牛丼はブラジルでもギュードンと呼ばれているらしいな。」

 僕は頭の中でそう思い、また店構えといい商品名といい、すき家が海外でも基本に忠実に店舗運営していることに感心しながら、テーブル席のひとつに着いた。午後の中途半端な時間帯ということもあって、店内はそれほど混雑してはいなかった。



席に着いた僕は注文を決めるためにメニューを見る。牛丼以外にもテリヤキ丼とか和風カレーとかあるみたいけど、「でもやっぱりすき家に来たなら牛丼、じゃなかったギュードンだろう。」と思ってギュードンを選ぼうとしたのだが、よく確認するとギュードンにもいろいろな種類があった。ちなみにこんな感じである。

 「 チーズ牛丼 」
 「 クリームチーズ牛丼 」
 「 しめじバター牛丼 」
 「 キムチ牛丼 」
 「 ねぎたま牛丼 」
 「 トマトソース牛丼 」
 「 トマトチーズ牛丼 」

   ・・・ なんだか耳慣れない牛丼が沢山ある。すき家ってこんなに沢山の種類の牛丼を扱っていたっけ? それにしても、しめじバター、ねぎたま、キムチ、このあたりのメニューはまだ良いとしても、クリームチーズとかトマトソースなんて牛丼にかけるものなのだろうか? あと極めつけはなんといっても「 トマトチーズ牛丼 」である。トマトソースとチーズ、どちらかだけでも変わった牛丼になると思うのだが、それを一緒にするなんていったいどういう味になるのだろう? 考えれば考えればほどわからなくなってくる。

メニューにはもちろん普通の牛丼もある。ギュードン・トラディショナルというもので、最初はこれにするつもりだった。でもメニューを眺めていると、自分がまだ食べたことのない牛丼の心が揺れる。そして悩みあぐねた末、僕は 「 トマトチーズ牛丼 」 を注文することに決めた。これはもう好奇心のなせる業というしかない。

ちなみに牛丼の価格であるが、これは日本と同じくサイズによって異なってくる。ギュードン・トラディショナル単品の場合、P(並)- 6.4レアル、 M(中盛)- 8.4レアル、G(大盛)- 10.4レアル、GG(特盛)- 12.4レアルである。わかりやすくすると

    並 290円
  中盛 380円
  大盛 470円
  特盛 560円

  と、なる。おおよそ日本と同じくらいの値段である。海外でたまに日本食を提供する店に行くと、「何故こんなに高いの!?」と、思うことがあるけれど、ブラジルのギュードンに関して言えばそういうことは全くない。すき家に感謝しないといけない。

それから次に飲み物を選ぶことにする。僕は牛丼店ではいつもみそ汁をセットで注文するのだけれど、この店舗でもみそ汁は取り扱っていた。但し何故かコーラが一緒に付いてきてしまう。これは困る。飲み物は二つもいらない。けれどもどのサイドメニューを選んでも、もれなくコーラが付いてくる仕組みになっていて、どうしようもない。どうしてみそ汁を単品で注文できないのだろうか?





なので仕方なく僕はコーラ付きミソスープを注文することにする。丼物にコーラは合わないと思うけどしょうがない。あと、どうでもいいことかもしれないけど、サイドで生卵を扱っていないのが個人的に許せない。僕は牛丼に卵をかけて食べるのが好きなのに。一応、「 ねぎたま牛丼 」というのがメニューにあるけど、メニューの写真を見ると

 「牛丼の上にネギと目玉焼きを載せた」

 という、日本のねぎたま牛丼とは似て非なる料理だった。やはり卵を生で食することに抵抗があるのだろう。ブラジルにも寿司屋は沢山あって、生魚は食べられているみたいだけれど、卵を生で食べることについては理解を得られるのにもう少々時間がかかるようで、無念である。



こうして注文する料理を決めた僕は店員を呼ぶ。女性の店員がオーダーを取りに来てくれたのだが、彼女は僕のテーブルに来たときに「いらっしゃいませ」と言ってくれた。日本語である。なので僕は試しに注文を伝えた後に日本語で

 「つゆだくで」

 と、お願いしてみたのだが、彼女は怪訝な表情を見せるだけで、さっぱり通じなかった。どうやら挨拶のような日本の単語を幾つか知っているだけで、日本語が話せるわけではないようである。生卵に続いてつゆだくと、これで2度目の無念である。

料理が出てくるまでの時間を利用して、僕は店内の状況を観察する。客は白人、黒人、混血、アジア系と入り乱れていて、いかにも多民族国家のブラジルらしい。面白いのはどの客も箸を利用をしていることである。他人が食事をしている様子を凝視し続けるわけにはいかないので、上手に使えているのかまではわからなかったけど、とにかく牛丼屋では箸を使うことがテーブルマナーとして定着しているみたいだ。

それから店員はどの客に対しても、「いらっしゃいませ」という言葉で挨拶している。僕のところに注文を取りに来たときは僕が日系人に見えたから日本語で挨拶をしたのかと思っていたけれど、実際はそうじゃなくて、全ての客に対して「いらっしゃいませ」という言葉で接客するよう、トレーニングされているようである。そして言われた客達がその言葉の意味を訊き返しているようには見えなかった。





そして待ちに待ったトマトチーズ・ギュードンが運ばれてくる。日本で慣れ親しんだ牛丼の上にチーズとトマトソースを混ぜ合わせたモノがかけられていて、何だかすごく禍々しい。ちょっと食べるのを躊躇したくなるくらいの見た目なのだが、そういうわけにもいかないので、恐る恐るひとくち食べてみると ・・・

 「 うん、すごくマズイ。」

 何がマズイって、トマトとチーズの味が米と全く調和していない。それからとにかく味がしつこい。牛丼なんてただでさえ肉の脂が滲み出ている料理なのに、トマトとチーズそれに輪をかけてしつこさに拍車をかけている。

米と肉は問題ないと思う。米はどこの国で生産されたものなのかわからないけど、決して悪くなかった。肉だって牛丼に使用するものとしては充分に美味しい。けれどもこれがトマトチーズと混ざると、根本的にダメダメである。個人の味覚の問題もあるかもしれないが、少なくとも僕の舌には全く合わない。

大失敗である。しかも僕はけっこうお腹が減っていたので、わざわざ大盛を注文していたのだ。こんなことなら並にしておけばよかった。いや、そうじゃない。最初から普通の牛丼にしておけば良かったのだ。好奇心にまかせたままに行動するから、こういうことになるのである。自分の判断力の無さに、もう死にたくなってくる。世の中には

 「 好奇心は猫をも殺す 」

 という諺があるけれど、たまに日本人バックパッカーも殺してしまうことがあるのだなと、そんなことを考えながら、僕は黙々と咀嚼しながら、トマトチーズ・ギュードンを胃の中へと流し込む努力を続けていた。残してしまおう、という考えは無かった。バックパッカーが注文した料理を食べ残すなんて、許されざる行為である。



完食後、僕はもたれた胃を鎮めるためにテーブルで暫く休憩する。付いてきたコーラは持ち帰ることにした。今の状態で炭酸飲料なんてとても飲むことはできない。それから何とか内臓を落ち着かせた後、支払いをするためにキャッシャーに行く。レジにいたのはすき家のユニフォームがよく似合う若い男性の店員だった。彼は会計を済ませると、僕に向かって

 「 ありがとう 」

 と、ここでも日本語の挨拶で送り出してくれた。笑顔で感じの良い挨拶だった。それにしても日本語の挨拶というのはブラジルではけっこう浸透しているものなのかしれないな。あるいはダイソーの暖簾も僕の想像とは反対にけっこう売れているのかもしれない。

日本はこれまで沢山のものを輸出してきたけれど、その多くは工業製品だった。けれども海外のひとつの国でこれだけ何度も日本式サーヴィスを見たり、日本語の挨拶を耳にするようになると、今後は工業製品以外のものも輸出していけるようになるのではないかと思うことができて、とても嬉しい。あとは「つゆだく」という言葉がもっともっと輸出されるようになれば、個人的にもう大満足なんだけどな。



[ BACK ] [ INDEX ] [ NEXT ]