Round South America
 Rio de Janeiro Brasil



11月下旬の平日、コパカバーナ海岸近くの駅から地下鉄1号線に乗車し、途中駅で2号線に乗り換えて更に三つ目の駅で下車したところ、駅改札の壁面にフットボール(サッカー)の様子が綺麗に描かれているのが自分の目に留まる。ここ数日の間にリオデジャネイロの幾つかの駅で下車したけれど、このようなやり方で装飾されている駅は他に無かった。いくらブラジルがワールドカップ最多優勝を誇るフットボール大国であるとはいえ、地下鉄の全ての駅をフットボール一色に彩るわけじゃない。この駅でこのようなかたちでフットボールがアピールされているのはここが

「マラカナン」

 だからである。








エスタジオ・ド・マラカナン ― 訳してマラカナン・スタジアムは地下鉄マラカナン駅の目の前にあった。僕が思うにここは恐らく世界でもっとも有名なフットボール・スタジアムだ。古くはかの有名な『マラカナンの悲劇』が起こった舞台として、そして最近では2014年ワールドカップ・ブラジル大会の決勝戦が行われた会場として知られている。

 ※ 『マラカナンの悲劇』 − 1950年ワールドカップ・ブラジル大会、優勝確実と言われた開催国ブラジルが、引き分け以上で優勝決定という状況で望んだ決勝リーグ最終戦で先制をしながらも逆転負けをしてしまい、優勝を逃した。スタジアムではショック死したり、その場で自殺したりする観客が幾人も出た。

そんなフットボールの聖地と言っても過言ではない場所が自分が滞在する都市にあるとわかれば、フットボール好きの僕がこれを見逃すはずがない。今週末の日曜日にはここをホームグラウンドとする地元のクラブチーム、「CRフラメンゴ」がホームゲーム(主催試合)を行うことは前もって調べてある。もちろん自分が試合観戦するために。事前の情報収集は万全である。



まあ週末の事は置いておいて、平日昼間のマラカナンは閑散としていた。スタジアム周辺では散歩やジョギングをしている地元住民の姿をちらほら見かけるだけである。そういえば地下鉄マラカナン駅で下車した乗客も、僕以外には数人しかいなかった。

ちなみに、週末に試合観戦の為にこのスタジアムに来る予定なのにもかかわらず、わざわざ試合の無い平日に前もってここへ来たのには理由がある。実はマラカナン・スタジアムでは試合の無い日に内部を見学することが出来るのである。僕はその見学が目的でここへ来た。見学方法はガイド付ツアーと個人自由見学の2種類があり、どちらも有料だけど後者ならばその料金はそれほど高いものでもないので、僕はそちらを選んだ。




スタジアムに入ると、まず目に飛び込んでくるのは地元リオデジャネイロきっての英雄、ジーコの銅像である。フラメンゴやヨーロッパで活躍した後には日本の鹿島アントラーズでプレイし、更には日本代表チームの監督を務めたこともあるので、日本でもよく知られている人物だ。

フラメンゴはブラジルの中でもトップレベルのチームで、ジーコ以外にもロマーリオやロナウジーニョといったブラジル代表クラスの名選手が多数プレーしたけれど、この聖地に銅像が建てられるほどの支持を集めたフラメンゴの選手はジーコだけである。ジーコはフラメンゴにとってそれほど特別な存在なのだ。

その理由は彼がこのフラメンゴでプロデビューした、いわゆる「生え抜き」の選手だったこともあるけれど、彼が中心選手としてチームに在籍した12年間でフラメンゴが4度のブラジル全国選手権優勝と1度の南米大陸制覇(コパ・リベルタドーレス杯)を成し得たことが何よりも大きい。ジーコはフラメンゴが最も輝いてた時代の中で、最もチームに貢献した選手だったのである。



このような感じでマラカナンがフラメンゴのホームスタジアムであることを入口で十分に理解させられた後はスタジアムの内部で様々な展示物や施設を自由に見学する。展示物はフラメンゴだけではなく、ブラジル代表関連のものもある。ワールドカップ・ブラジル大会が閉幕してからそれほどの時間を経ていないためだろうか、試合の開催日には選手のロッカールームとなる部屋では大会で好成績を残した各国代表のユニフォームが展示されていた。残念ながらグループリーグで敗退した日本代表のものはは無かったけど。








他にも記者会見場や8万人もの観客を収容できるスタンドを見て廻ると、最後はお待ちかねのグラウンドである。そう、このスタジアム見学ではアルゼンチンのメッシやドイツのノイアーもプレイしたあのワールドカップの決勝戦が行われたピッチの上に立つことが出来るのだ。

残念ながらここでボールを蹴ったりするのは流石に無理だけど、それでもフットボールファンである自分にとってマラカナンのような「聖地」に立てたことは素直に嬉しいことだった。おかげで今度の日曜日にこの場所で行われるゲームを観戦するのがよりいっそう楽しみになってきた。



マラカナン・スタジアムでフラメンゴの試合が行われる前日の夜(土曜日の夜)、僕は宿近くの飲食店でビールを飲みながら肴をつまんでいた。それは僕にとっての夕食だった。ただ、ブラジルに来てからまだ1週間も経過していないけれど、外で食事をするのは自分にとって珍しいことである。普段はなるべく外食しないようにしていたから。

外食を避けていたのはブラジルの物価が自分が想像していた以上に高かったからである。リオデジャネイロに到着した日にマクドナルドを覗いたのだけれど、一番安いコンボ(ハンバーガー・フライドポテト・ドリンクの3点セット)が日本円に換算して1,200円もして、何かの間違いだろうと思って注文せずに出てきてしまったのをよく覚えている。そのときは

「ひょっとしたらブラジルは日本や欧米と違って、アジア・アフリカの途上国と同じようにマクドナルドやバーガーキングのようなファストフード・チェーンが高級店に位置づけされていて値段が高いのではないだろうか?」

 と、思ったので、ローカルフードを出す飲食店を何軒か利用してみたのだが、僕の予想は見事に外れて、街の定食屋での食事が安いところでもやはり1,000円以上するのである。はっきり言って日本よりずっと高くて、ファストフードにしてもローカルフードにしても、バックパッカーが気軽に利用できる価格ではない。

これはもう少し旅を続けてからわかったことだけど、ブラジルの物価上昇率は毎年だいたい5〜6%台なのだそうだ。物価上昇率は普通の国でだいたい1%台、日本なんか毎年0%台だから、1年だけ5〜6%ならともかく、「毎年5〜6%」というのはもう雪だるま式に物価が上がっているのようなものである。

そんなわけでブラジルのインフレに最近の急激な円安も加わって、僕のような日本人旅行者にとってブラジルの物価高はかなり厳しい。だから僕はブラジルではなるべく外食を避け、スーパーマーケットで食材を購入して宿で調理したり、屋台で出来合いの料理を買ってきたりして食事を済ませるようにしていたのである。





でも、そんな僕だったけれど、その日の晩は珍しく外食をしていた。理由はテレビでフットボールの試合を観るためである。宿泊していたホステルはドミトリーにも共有スペースにもテレビが無く、フットボール中継を観るにはテレビのある店で食事をするのが一番てっとり早い方法だった。

ブラジルでは他の国々と同様に、プロ・フットボールの試合は土曜日と日曜日に分けて開催される。僕が現在滞在しているリオデジャネイロで観戦する予定のフラメンゴ試合(対戦相手はサンタカリーナ州のクリシューマECというチーム)は日曜日だけど、今日の土曜日は他の都市で行われる試合をテレビ観戦できる。

その飲食店で観ることのできた試合は「インテルナシオナウ」と「アトレチコ・ミネイロ」というチームの対戦で、どちらもリオデジャネイロからは遠く離れた州のチームだけれど、それでも店内はけっこう盛り上がっていた。客は赤・黒・白で彩られた地元フラメンゴのユニフォームを着ていたりしていたから、インテルやアトレチコのサポーターでないことは明らかだったが、それでもみんなテレビに釘付けになっていて、ちょっとしたプレイの度に店内に歓声が起こっていた。この国の人達はフットボールなら自分のひいきのチームでなくても盛り上がれるのかもしれない。

そして僕はといえば、賑やかな店内の隅の方で試合中継を(あと中継を観ながら盛り上がる店内の客達)観ながら一人で黙々とビールを飲んでいたのであるが、試合がハーフタイムに入ると騒ぐのにも一息ついて、僕の存在に気が付いた周りの男達から声をかけられる。

ただ、ブラジルの公用語はポルトガル語なのだが、僕はこの言語についてはあまり自信がない。この旅では南米大陸の数多くの国々を廻るつもりだったので、日本を出る前にスペイン語については独学でそれなりに勉強したのだが、その反面ポルトガル語については全くノータッチで旅に出てしまい、持っているガイドブックの巻末にある「ポルトガル語会話集」だけが頼りである。

だから普段は話しかけられてもきちんとした会話にならないのだが、そこはブラジルで(あるいは世界で)で最も人気のあるスポーツ、フットボールである。会話集を見て、自分が日本から来た旅行者であることだけを伝えると、試合の後半を観戦しながらフットボール用語だけで会話をする。

シミュレーション、ペナルティ、ゴール・・・これらのようなフットボール用語は英語でもポルトガル語でも共通なようで、全く問題なく通じる。そのおかげで僕も周りの客とコミュニケーションすることができ、画面に映る選手達のプレーについてボディ・ランゲージを交えながらあれこれと会話しながらテレビ観戦した。

タイムアップしてテレビ中継も終了しても、僕はすぐには帰らず、仲良くなった客達とビールを飲む。そのとき持っていたデジタルカメラには先日見学したマラカナン・スタジアムで撮影したデータがまだ残っていたので、それらの写真を液晶画面で見せると、彼等はとても喜んでくれた。外国人旅行者が自分達のクラブに興味を持ってくれているということが嬉しかったようだ。

更にジーコの銅像の写真を見せると、彼等はより強い関心を表す。クラブの英雄ジーコが日本で選手生活を終えたことは彼等ももちろんよく知っている。白状すると僕は鹿島アントラーズのファンではないのだけれど、「ジーコは日本でも素晴らしいジョカトーレ(選手)だったよ」などと褒めると、会話は一層盛り上がった。

ただ、せっかく仲良くなれたものの、リオデジャネイロは治安が良くないので深夜まで外で飲み続けるのは遠慮したかった。一人旅なら尚更である。なので僕は最後に、自分が知っている僅かなポルトガル語の単語を繋ぎ合わせて

「 アマニャン(明日) ドミンゴ(日曜日) エスタジオ・ド・マラカナン(マラカナン・スタジアム) フッチボル(フットボール) フラメンゴ・クリシューマ(フラメンゴとクリシューマ) イル(行く) 」

 − 明日の日曜日、マラカナンにフラメンゴとクリシューマのフットボールの試合を見に行きます。

 と、彼等に伝えて店を出ようとしたところ彼等は口を揃えて

「Nao!(ノー)」

 と、答えたのである。 これはいったいどういうことなのだろう?



彼等が何故、「明日フラメンゴの試合を見に行く」という僕の言葉を否定するのかわからなかった為、僕も彼等にその訳を尋ねたのだが、残念ながら僕のポルトガル語レベルが足りなかったからせいで、いまひとつ彼等の返答を理解しきれなかった。

釈然としなかった僕はそれから宿へと帰り、無料のWI-FIでスマートフォンをインターネットに繋げ、もう一度明日の試合について調べなおすことにした。まだ日本にいたときに利用していた日本語のサッカー関連のWEBサイトを見てみたが、以前にチェックしたとおり、やはり明日の日曜日にCRフラメンゴのホームゲームが行われることになっている。おかしいところは無い。

ただ、そのとき僕は店での会話の中で、彼等が「サンルイス」という言葉を多用していたことを思い出す。字面からして固有名詞であろうと推測した僕は、今度はCRフラメンゴのオフィシャルサイトを閲覧し、サンルイスという単語がないか調べてみる。ここはポルトガル語のみのサイトだったので、読むのに苦労したのだが、それでも翻訳サイトを利用したりして頑張ってみたところ、とんでもないことがわかった。なんと明日の試合はこのリオデジャネイロではなく、そのサンルイスという都市で行われるのである。

僕は主催試合について見間違えたのかと思い、CRフラメンゴと、それから併せて対戦相手のクリシューマECのオフィシャルサイトもチェックする。するとクリシューマのホームタウンはサンルイスではなくクリシューマという都市で、そしてやはり明日の試合はフラメンゴの主催試合で間違いなかった。

どうして明日の試合がマラニョン州のサンルイスという、フラメンゴともクリシューマ全く関係の無い都市で行われるのだろう? よく日本の野球でプロ球団が無いはずの四国とか北陸の都道府県でセ・リーグやパ・リーグの試合が年に数度の割合で開催されることがあるけれど、明日のフラメンゴの試合もそういう趣旨なのだろうか? いずれにしても万全だと思っていた情報収集は全然万全じゃなかったのだ。悲しいことに。

それにしても週末に試合が見られるようにと、わざわざ日程調整までしてからリオデジャネイロに来たというのに、これはあんまりである。ちなみに次の週はフラメンゴのアウェーゲームで、当然のことながらマラカナンでは試合をしない。ではその次の次の週は・・・って、フットボールの試合を観るためだけにあと何週間をリオデジャネイロに滞在できるわけがない。だって市内のめぼしい見所はもう既に廻ってしまっているのだから。

そういうわけで、マラカナンでフットボールの試合を観戦することは泣く泣くあきらめることにした。ただ、今回の思わぬ勘違いのせいもあって、逆に僕のフットボール観戦に対する意欲は日本にいたとき以上に高まることになった。だから

「この南米にいるうちに必ずどこかでフッチボルの試合を観戦する!」

 と、固く心に誓って、リオデジャネイロを出ることにしたのである。


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