Round South America
 Iquique Chile



ボリビアのオルーロという都市から国際バスに乗り、アンデス山脈を越えてチリに入国。太平洋沿岸部のイキケという街に宿をとることにした。このイキケに着いた僕がすぐに思ったことはふたつあって、そのうちのひとつは「空気が濃いな」ということだった。

ボリビアでは合計5都市を訪れたが、最初のサンタクルスを離れて以降、どこも高地ばかりだった。特に最後のアンデス山脈越えは標高およそ4500mくらいだったので、とにかく空気が薄かったのだが、そこから一気に標高ゼロの沿岸部まで移動してきたものだから、空気の濃度の違いが体感できてしまうのである。






ボリビアのポトシでは高山病にも罹った僕にとって、低地に来られたのは喜ばしいことである。今後のルートによってはまた高地に滞在することにもなるだろうけど、今はただこの濃い空気を吸えることが素直に嬉しい。それからイキケに来て思ったことのあともうひとつは

「これでやっと折り返し地点まで辿り着いた」

 ということだった。今回の南米大陸の旅はまず大西洋岸からスタートして太平洋岸へと大陸を横断。そしてそこから最終目的地であるカリブ海を目指して北上していく、というのがおおまかな計画である。今後もその計画の大枠を変更しないのであれば、大西洋岸に到着した現在が旅の中間地点になるはずだ。

ただ、その中間地点のイキケから見える海はおせじにも美しいとは言えない。そのことは太平洋が目的でチリまでやってきた僕にとって少々残念なことだった。綺麗なビーチでもあれば海を眺めながらビールを片手に旅の折り返しを祝っても良かったのだが、残念ながらイキケは港町で、外国人旅行者がこの海岸の街中で見て楽しそうな所といえば、港ぐらいのものである。



イキケに到着した日は街の中心を歩いた僕だったが、その翌日の朝は宿から歩いてそのイキケ港に行ってみることにする。ガイドブックによればその港から周辺を観光するミニ・クルーズ船が出ているそうなのだが、そのクルーズ・ツアーには全く関心が湧かなかったのでパスし、その代わりに僕は港そのものを歩き回ることにした。

港はちょうど沢山の小型船舶が漁から戻ってきたタイミングで、獲れた魚を港に引き揚げていた。漁師達は皆、引き揚げた魚を港で待機していた冷凍車に納めたり、近くにある魚の種類に応じた屋台に運んだりと、忙しく働いている。試しに僕も彼等の後について屋台の方へ足を運んでみると、そこでは

「パロメータ!! パロメータ!!」

 と、オジサン達が威勢の良い声を張り上げていた。

「 Que es palometa ? (パロメタって何のこと?)」

 と尋ねてみると、オジサン達のうちの一人が屋台に吊られている大きな魚を指差した。どうやらパロメタというのは魚の名前のようである。周りを見回すとこのパロメタを扱う屋台はそこかしこにあり、漁師と買い手があれやこれやと言い合いながら、そのパロメタの重さを量って値段を交渉しているのがわかる。どうやらこの港は魚市場の役割も兼ねているみたいだ。










パロメタはかなり大きなサイズの魚なのだが、食堂やレストランで提供する料理の食材として購入されているようだった。でも魚市場をあちこち歩いていると、パロメタ以外にもイワシのような小魚を扱っている屋台もある。見ているとこれらの小さな魚は地元の主婦達が数匹ずつ購入している。おそらく家庭の食卓にあがるのだろう。



魚市場を見学していると、次第に空腹を感じるようになってきた。そういえば今日は起きてからまだ何も口にしていない。時間も既に9時をまわっていたし、そろそろ朝食にしてもよいだろう。それで魚市場の敷地内でどこか食事をとれる場所はないかと探してみると、運良く軽食を出す店が1軒だけあった。

その店は魚市場の建物の2階にあり、最初はこの港で働く人達のための食堂なのかと思ったが、入口から中を覗いていたら給仕の女性が僕に気がついて、「あら、変わったお客さんね。」というような表情をしながらも、「入ってきなさい」と手招きするので、僕はそれに応じることにする。どうやら誰でも利用できる気楽な店のようである。

案内されたテーブルに着席したが、特にメニューなどはないらしい。でも、注文するものは決まっている。もちろん魚である。南米に来てからというもの、どこの国でも肉中心の料理ばかりで、僕はとにかく魚に飢えていた。そんな僕が魚市場まで来て魚を食べないわけにはいかない。なので僕は

「 sandwich de pescado y cafe con leche, por favor. 」
  (魚のサンドイッチとミルク入りコーヒーをお願いします。)

 と、注文した。ちなみに値段はサンドイッチとコーヒーの合計で3,500チリ・ペソ。日本円に換算すると700円近くと、けっこう良い値段である。一昨日まで滞在していたボリビアなら、街中の定食屋で夕食を頼んでもこの半額ぐらいだったから、チリの物価は南米の中でもかなり高めだ。







そうこうしているうちに、注文した料理が運ばれてくる。サンドイッチに挟まれていたのは白身魚のフライだった。それがパロメタなのかどうかはわからない。そんなことよりも僕はその中身の大きさに驚いていた。魚のフライがパンから大きくはみ出しているのである。それも、これはいくらなんでもやり過ぎだろう、というくらいに。その様子にあきれた僕は

「これならもう魚をパンで挟むんじゃなくて、パンを魚で挟んだほうが良いんじゃないのか?」

 と、そんなことを思いながら、その巨大なサンドイッチにかぶりついてはネスカフェのインスタント・コーヒーで胃の中に流し込んでいく。フライはかなり脂っこく、またボリュームもあるせいかお腹にたまる。このぶんだと今日は昼食をとる必要はなさそうである。



そんな大きなサンドイッチを苦労して食べ終わる頃になると、店はかなり混雑してきた。港で仕事を終えた漁師達が食事をとるために、続々と入店してきたのである。周りを確認すると、店内のほとんどのテーブルは漁師達で埋まっているようだった。僕は彼等が食事をするのを邪魔しては悪いと思い、席を空けるために立ち上がろうとしたその時に

「合い席してもいいか?」

 と、一人の中年の男性に英語で話しかけられた。南米はアジア系の移民やその子孫が意外に多く、よく地元の人間に間違われることもあるのだが、そのとき僕はカメラをテーブルの上に出していたので、おそらく彼はそこから僕のことを観光客と判断して英語で話しかけたきたのだろう  ―  話しかけられたために立ち上がるタイミングを失った僕はそう思いながら彼に席を勧めた。すると案の定、彼は僕がどこの国の人間なのかと質問してきた。そのため僕は自分が日本から来たこと、南米を旅行中であること、そしてチリに来てからまだ二日目であることを英語で説明し、そして

「あなたは英語を話すんですね」

 と、付け加えて言った。それは僕の正直な気持ちだった。南米ほど英語が通じない大陸はない。宿や土産屋の従業員でさえまともに話さないことはしょっちゅうで、ハッキリ言ってアフリカの方がよっぽど通じる。そのことは今回の旅を始めてから何度も感じたことだった。だから僕は彼が英語を話すことに感心したのである。

「仕事で世界中を廻っているから英語は話せる。日本にも行ったことがある。」

 彼は僕にそう返答した。なるほど、おそらく彼は遠洋漁業の漁師か、あるいはこの近海で獲れた魚を海外へ船で運ぶ仕事に就いているのだろう。いずれにしてもスペイン語ではなく英語で会話できるのは僕にとってありがたいことであり、このイキケの街についていろいろと教えてもらうこともできた。

彼によれば、このイキケを含めたチリ北部の比較的大きな都市にはボリビア・ペルー・コロンビアなど近隣国出身の出稼ぎ目的で流れてきた外国人が多く、そしてそういった連中がよく犯罪に手を染めているという。「だから街を歩く際にはよく注意しなさい」というのだが、昨日イキケの中心部を歩いた限りでは、とてもそんな物騒な印象は受けなかった。

それから魚のハナシもした。僕が食べたサンドイッチについて、「美味しかったけど、でもちょっと値段が高い。」というような感想を述べると(それは僕の率直な感想だった。脂っこいのは確かだが、味は決して悪くなかった。)

「ここは高くない。セントロ(街の中心)のレストランで同じものを食べたら、2倍の値段だぞ。」

 というような、街の情報も教えてくれた。おかげで

「チリはさっさと抜けたほうが良いかもしれないな。街の食堂で千何百円もしたら、とてもやっていけない。」

 などと思ってしまったけれど。







そんな感じで彼とは様々なハナシをしたが、流石に1時間も続けていると次第に会話のネタも尽きてくる。そんなときにふと店の様子を見回すと、店内壁面に飾ってあるポスターが目に入った。確か店の外にも同じデザインの看板が出ていたはずだ。そこには

「アニータに来て、サンドイッチを楽しんで。」

 というスペイン語のキャッチコピーが、サンドイッチのイラスト(それもけっこうシュールなイラスト)と共に描かれている。僕の知識に間違いがなければ、アニータと言えば確かこちらの女性に付ける名前のはずである。僕はそのポスターを指差しながら彼に尋ねた

「アニータって、たぶんこの店の持ち主の名前ですよね?」

「そうだが、それがどうかしたのか?」

「ええ、ちょっと思い出したことがあって。アニータという女性は日本ですごく有名なチリ人なんです。」

 アニータというチリ人女性の名前を覚えている日本人は今でもけっこういると思う。2001年の青森県住宅供給公社巨額横領事件に関わった、あのアニータだ。アニータの魅力の虜になった日本人の夫が数十億円とも言われる公金を横領し、その大部分を妻に手渡したという事件は、発覚から10年以上経過した現在でも簡単には忘れ去られないくらいのインパクトがあった。

僕はアニータが 「 ・出稼ぎで日本に来たこと ・日本人の男性と結婚したこと ・その夫が公金を横領して彼女がそこから10億円以上もの大金を得たこと 」 を説明し、彼女はおそらく日本で一番有名なチリ人だと思いますと、付け加えた。

「その事件のことなら知っている。彼女はチリでもすごく有名だからな。」

「それでひょっとしたら、彼女が夫から得たお金を使ってこのお店を開いて・・・」

「それは全然違うよ。アニータっていう名前の女はチリには大勢いるんだ。それに有名なアニータの方はイキケじゃなくてサンティアゴに住んでいる。確か日本人の夫は逮捕されて刑務所に入れられて、まだ出てきていないはずだ。」

 彼はそう僕の推測を否定して、おまけに日本人の僕が知らなかった事実まで教えてくれた。アニータが関わったあの事件はそれくらいチリでも有名だったということなのだろう ・・・と、 僕がそんなことを考えていたら彼は続けて

「まあ、出稼ぎ外国人だけじゃなくて、女性にも気をつけたほうがいいかもしれないな。チリは良い女が多いから。」

 と、ニヤリとした笑みで僕に言う。そういえばどこかで会った日本人旅行者が「美女産出国の3C」と言って、コスタリカ(Costa rica)、コロンビア( Colombia )、そしてチリ( Chile )の3カ国を挙げていたような気がするけど、実際のところチリはまだ滞在二日目なのでそのあたりのことはよくわからない。

まあ、でも大丈夫だろう。だいたい僕はそんな大金を持って旅していない。それに美人に惑わされて公金を横領しようにも、僕はそこいらの日本人と違ってそもそも仕事に就いていないのだから。僕はポスターに踊るアニータという文字を見ながら、そんなふうに思っていた。



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