Round South America
 Colonia Uruguay



ウルグアイ共和国の西端にある、コロニア・デル・サクラメント。通称 コロニアと呼ばれる田舎町の中心部に建つ古い灯台に昇り、その最上部から更に西の方向に目をやると、ラプラタ川とそれに面した港が見える。そして港には近日中に僕も乗船するつもりでいるフェリーが係留されているのが確認できた。

このフェリーの行き先は対岸の、『南米のパリ』 と呼ばれるアルゼンチン共和国の首都ブエノスアイレスである。僕は試しに、手にしていたデジタルカメラのズームレンズを最大望遠にしてファインダーを覗いてみるが、川の向こうにあるはずのブエノスアイレスなんて全く見えやしない。

そのおかげでラプラタ川の川幅がいかに広いか実感できたけど、曇り空のせいでグレーに染まった川面を眺めていて感じたのは、「これで天気が良ければ、きっと良い景色が撮影できたのになあ。」という、残念な気持ちだった。





11月29日の金曜日の今日、僕は首都のモンテビデオからバスに乗り、このコロニアへとやってきた。朝の便でモンテビデオを出たときには晴れていたのだけれど、およそ3時間の移動の後、昼頃コロニアに到着し、宿にチェックインしたときには空は既に怪しい雲行きになっていた。

街や風景を綺麗に写真に収めたいなら、もちろん曇天よりも晴天のほうがいい。それは僕にもわかっていた。だから僕は、「今日は移動日でもあったし、あいにくの曇り空だ。宿でゆっくりしていよう。」と、決めたのだけれど、ふと思いついてスマートフォンで天気予報を確認すると、コロニアは明日以降大雨になることがわかった。

それから僕は急いで街歩きの用意をして、宿を出る。天気予報を信じるならば、明日はとても観光できないだろう。コロニアの中にある旧市街はウルグアイで唯一の世界遺産なのだが、その規模は小さく、半日あれば十分に歩いて見廻ることができるということである(アルゼンチンから日帰りで観光することすら可能)。それでそんなに小さい街なのであれば、今日のうちに観光を済ませておこうと僕は考え、宿を出たのだった。





コロニアが世界文化遺産に登録されたのはこの旧市街がその名のとおりに植民市時代の街並みをそのまま現在に残しているところに歴史的価値があると判断されたためである。歩いていると道路は確かに石畳で趣きがあるし、建物はカラフルで洒落ている。惜しむらくは天気が悪くて、写真を撮影してもその街並みの良さが画像に上手く反映されないことである。僕は半日という限られた時間の中で、撮影した写真の出来栄えにブツブツと文句を言いながらも旧市街の全てを歩き、そして日が暮れる頃に宿へと帰った。



翌日は天気予報のとおり、コロニアは朝から雨だった。それもかなりの大雨で、街を歩き廻るのはとても無理である。「やはり昨日のうちに観光を済ませておいたのは正解だったみたいだ。」と、僕は自分の判断力に満足したが、ただそれと同時に、「でもそうすると、今日はどうしようか?」ということについて悩むことになった。

一番良いのは既に用の無いこのコロニア発ち、フェリーに乗ってアルゼンチンに向かうことである。ウルグアイとアルゼンチンの間を往復するフェリーは1日に何便もあり、しかも今は観光シーズンではないので、港に行ってチケット購入すれば、そのまま乗船できる。しかしバックパックを背負って港まで行き、対岸のアルゼンチンに渡り、そこでまた宿を探す、という一連の行為をこの大雨の中でこなすことを想像すると、どうにも面倒になってしまい、結局僕はその案を却下することにした。別に急いで旅する必要もないし。

僕は宿で無料の朝食を済ませ、受付で宿泊を延長する手続きをした後はドミトリーでこれまた無料のWi-Fiを繋げてインターネットを始めたのたが、1時間も続けていると流石にそれも飽きてしまう。それから所持していた文庫本で読書を始めたが、こちらは2時間ほどが限界だった。

何か暇潰しになることはないか? そんなことを考えていると、そういえば昨日僕は宿から旧市街へと向かう途中で、ちょっと面白そうな場所を見つけていたことを思い出した。あそこなら屋内だから天候に左右されずに時間を潰すことができる。そして上手くいけば、旅の資金を増やすこともできて、一石二鳥ということになるかもしれない ― いったいそれはどのような場所なのかというと、そう、『カジノ』 である。





カジノは僕が滞在している宿からそれほど離れていない場所にあった。僕は雨の中、傘をさして10分ほど歩き、目的の場所へと到着。カジノの建物の前で自分の身だしなみをチェックする。もちろん私服だけれど、ロングのパンツだし、靴もはいている。どの程度の格式のカジノなのかさっぱりわからないけど、観光地にあるカジノだし、入場を断られることはないだろう。そう思ってドアを押してみたところ、ドアが開かない。どうやらドアには鍵がかかっているようだった。

カジノの建物も看板も、いかにもカジノらしく電飾がキラキラと光っていたから、休業日ということはないと思うのだが、中に入れない。それでドアの周辺をウロウロしていると、僕は壁に1枚の貼り紙がしているのに気がついた。ただ、その貼り紙に記載されていた文章にはスペイン語を独学で勉強しただけの僕では意味のわからない単語が幾つか含まれている。それで僕はスマートフォンを取り出し、そこに入っているスペイン語の辞書アプリで単語の意味を調べて訳してみると、そこには

 「本日は 『大統領選挙』 のため、夜の9:30からの営業となります。」

  と、書いてあることがわかった。



『 南米ウルグアイで10月26日、ムヒカ大統領の任期満了に伴い、立候補者7名による大統領選が行われた。この結果、与党・左派拡大戦線のタバレ・バスケス前大統領が1位となったが、その得票数が過半数に満たなかった為、2位の国民党ルイス・ラカジェ・ポウ下院議員との間で決選投票が行われることになった。なお、決選投票は11月30日に行われる。』

 ・・・というよう記事を、僕は大雨の中を歩いて宿へ帰り、スマートフォンをインターネットに繋げて見つけたニュースサイトを読むまで、2014年11月30日の日曜日がウルグアイの大統領選挙の決選投票当日であることなんて、全く知らなかった。うかつとしか言いようが無い。

アフリカの政情不安定な国などを旅するときは、この手の情報は重要だ。選挙期間の前後は暴動が起こりやすい。僕も前回の長旅でアフリカ縦断をしたときは、タンザニア滞在中に総選挙のせいで面倒な経験をしたこともある。それなのに今回こういった情報を事前に調べておかなかったなんて、どうも日本で長く生活しているうちに僕はバックパッカーとしての感性が錆付いてしまったようである。

でも、まあここはアフリカではなく、南米だ。しかもウルグアイは先進国だし、暴動のような治安の悪化を心配する必要は全くない。今僕が心配しなければならないのはウルグアイの政権運営ではなく、「さあ、カジノで一攫千金を狙ってみようか!」と意気込んでいた気持ちをいかに消化するのか、ということである。

そしてその解答は簡単に出た。選挙のために夜しか営業しないというのなら、夜に行けばいい。この大雨だから、もう昼間については仕方がない。昼間退屈なのは我慢して、そして夜になったらカジノで頑張ろう ― 僕はそう決めて、夜までは雨でヒマそうにしている宿の従業員とハナシをしながら過ごすことにした。従業員からは、「夜にカジノが開く頃には選挙の結果が判明しているはずだから、クルマに気を付けるようにね。」と、言われたけれど、それがどういう意味なのか、僕にはさっぱりわからなかった。



そしてその夜の10時ごろ、宿で英気・体力を蓄え終えた僕は再びカジノへと出向くことにする。そしてカジノがある大通りまで歩くと、そこはたいそう賑やかなことになっていた。どんな様子なのかというと、沢山のクルマがクラクションを派手に鳴らしながら、街のメインストリートを走りまくっているのである。クルマの助手席では若者が車の窓枠に腰掛けて体を乗り出して(要するにハコ乗りだ)爆竹を鳴らしたりして、まるで日本の暴走族のようだ。

昼間は本当に静かな田舎町だったのに、どうして夜になってこんなバカ騒ぎになったんだろう? 僕はそう思いながら走るクルマの群れを見ていると、ハコ乗りしている若者達が皆、何かの旗を振り回していることに気が付いた。最初はフットボールの試合があって、それで勝利したチームのサポーターがクラブのフラッグでも振り回しているのかと思っていたのだが、そこで僕は昼間に宿で従業員から注意されたことを思い出した。

大統領選挙の結果が判明したのだ。そして彼等が振り回しているのは 『党旗』 に違いない。勝利した候補者が所属している政党の旗を振り回して、支持者達が勝利を祝って大騒ぎしているのだ。ちょっとやり過ぎのような気もするが、でも僕には悪い気はしなかった。だって僕はこれからカジノで勝負するのだ。彼等の勝利にあやかって、僕も運気をもらえたように思えたから。僕もきっと勝てるに違いない。

そんな少し高揚した気分でカジノに着くと、その外観は昼間以上にイルミネーションが派手に光っていた。そしてそのとき僕はカジノの看板に「 CASINOS DEL ESTADO URUGUAY」と書いてあることに気が付く。直訳すると「ウルグアイ政府のカジノ」、という意味になる。

選挙のために昼間営業できなかったのはここが公営カジノだからなのだろうか?よく海外で大きなホテルの中にカジノがあったりするけど、ウルグアイでもああいった民間のカジノだったら、昼間から遊ぶことが出来たのか、それとも公営だろうが民間だろうがとにかくギャンブルはNGなのか、そのあたりのことはよくわからない。





僕はカジノの中へ入ると、とりあえずは様子見でスロットマシンでもやってみようかと思い、数多く立ち並ぶマシンを見比べる。マシンは外国でよく見かける、現金をそのまま投入できるタイプのものだった。そしてひとつのマシンを選び、着席して紙幣を投入したのだが、何故か紙幣はマシンから返却されてしまう。

最初は紙幣がシワになっていたり汚れていたりしていて、それでマシンが受け付けなかったのではないかと思い、別の紙幣に代えて再度投入したのだが、やっぱり紙幣は返却されてしまう。それでこれはおかしいなと思ってもう一度マシンを見直すと、僕はマシン上部の光るパネルに 『$U』 というマークがあるのに気が付き、そこでようやくどうして紙幣が返却されたのか、その原因を知ることが出来た。 『$U』 というのはウルグアイ・ペソのことだったのだ。

『$U』というマークの$の部分から、僕はてっきりアメリカ・ドルで遊ぶものと判断してしまったのだが、どうやら後ろのUがウルグアイ(URUGUAY)の頭文字を表しているようで、$とUの二文字でウルグアイ・ペソということになるようだった。全く紛らわしい。ドルとペソで綴りは全然違うのに、どうして同じマークにしなくちゃいけないのだろうか?

まあ、それでも原因はわかった。なので僕はカジノ内の換金所のような場所へ行き、そこでドルをペソに両替してもらうことにした。コロニアでそんなにお金を使うつもりではなかったから、ウルグアイ・ペソは小額しか持っていなかったのだ。けれどもそんな僕の思惑は、簡単に砕かれててしまう。カジノ従業員から

 「このカジノでは外貨は使えません。そしてここでは両替業務を行っていないのです。」

 と、言われてしまったのである。外貨が使えないのはまだしも、まさか観光地にあるカジノなのに両替すらできないとは思わなかった。それで僕は「この近くに外貨を両替できるところはありますか?ペソはほとんど所持していないのです。」と、伝えたところ

 「幾つかありますが、もう夜も遅いので営業はしていません。明日なら営業しているでしょう。」

 と、言われてしまったのである。それに対して

「でも、夜も遅いのでって言ったって、昼間営業してなかったのだから夜に来るしかないじゃないか。だいたい選挙ぐらいで営業を自粛しないでくれ。日本だったら選挙ぐらいでパチンコ屋が営業を自粛したりはしないぞ!」

 − などと、身勝手なクレーマーのようなことは僕はもちろん言わなかった。むしろ日本のパチンコ屋もたまには営業自粛したほうが良いのではないかとも思ったくらいだし。いずれにしても、どうやっても今夜僕がカジノで遊ぶのは無理だった。悔しいけれど、僕はすごすごと宿へ帰った。



翌朝、雨は既に止んでいた。まだ曇り空で、晴れてはいなかったけれど、雨は降っていなかった。そしてそんな空を確認した僕は「さて、どうしようか。」と、考える。昨夜、僕はカジノから宿へ戻り、悶々とした気分でベッドに入った。誤解の無いように説明するけど、それはもちろん性欲とかではなくて、「カジノで遊びたかったけれど、叶わなかった。」という欲求の消化不良が引き起こした思いである。

それはともかく、今日の行動予定だ。コロニアでの街歩きは既に終えており、そして雨は止んでいる。もうアルゼンチンに向かっていいはずだ。なのに僕はすぐにはその行動に移ることが出来なかった。コロニアに対する後ろ髪引かれる気持ちがあったからだ。もっと詳しく言うならば、「まだカジノで遊んでいないじゃないか」という、心残りがあったからだ。

カジノで遊ぶのなんて、もともとコロニアでの予定にはなかったことだ。たまたま雨が降っていたから、暇つぶしに行こうと思っただけだ。それにカジノなんてこれから向かう他の国にもあると思うし、どうしてもウルグアイで遊ばなきゃいけないということでもない。

でも、僕にはそう簡単に割り切ることが出来なかった。もしカジノがずっと営業していなくて遊べなかったというのなら素直にあきらめるけど、昨夜スロットマシンの前に着席するところまでいっておきながら遊べずにスゴスゴと引き返してきたというのがあまりにも中途半端で、何だか「戦ってもいないのに負けてしまった。」ような気がしてならないのだ。

そして僕のアタマの中では二人の僕がせめぎあっている。一人の僕は天使のような姿で、それに対してもう一人の僕は悪魔のような姿をしている。彼等はそれぞれ僕に向かって話しかけてくる。僕が彼等の言葉に耳を傾けると、天使は言う。

 「 ギャンブルなんておよしなさい。日本で一生懸命働いて貯めた旅の資金が消えてしまうかもしれないのですよ? そもそもあなたは賭け事をするために旅に出たわけではないでしょう? 日本を旅立ったときの、あの純粋な気持ちを思い出してください。」

そのとおりだ。僕はギャンブルがしたくて旅に出たわけじゃない。サラリーマンをしていてはできない長い旅をするために僕は日本を離れたのだ。もしカジノで負けてしまったら、旅の資金がなくなり、せっかくの長旅が短くなってしまうかもしれない。そんなことは許されない。

 僕がそう考えていると、ずかさず悪魔が反論する。

 「 おいおい、本当やらないのか? このままじゃ不戦敗だぞ? 勝負してもいないのに負け犬に成り下がるつもりなのか? なに、カネのことなら心配いらねえ。要は勝てばいいのよ。勝って 『南米のパリ』 で優雅な滞在を満喫しようじゃねえか。」

悪魔が言うことにも一理あった。僕はここまで来て逃げ出すのか? それは日本男児が廃るのではないだろうか? カジノで勝って、南米のパリで豪遊できたらさぞ楽しい旅になるだろう。僕はバックパッカーだけど、苦行の旅をしているわけじゃない。旅は楽しいほうがいい。

そんなふうにして僕は天使と悪魔の間で揺れ動いていたが、最後に悪魔が何気なく言う。「 『南米のパリ』と呼ばれるからには、南米のパリジェンヌと出会うことがあるかもしれないな。そんなときに自由にカネを使えたら、さぞ楽しい滞在になるだろうな。」

僕はカジノに行くことにした。もちろん悪魔の誘惑に負けたわけじゃない。パリジェンヌのためじゃない。日本を離れて旅をしている以上、僕は日本人を代表しているのも同じだ。それなのに戦ってもいないのに負けることは許されない。チャレンジして勝利し、日本人の意気を示すのだ。

そう決めた僕は宿泊を更にもう1日延長し、それから両替所へ行ってウルグアイ・ペソを手に入れ、カジノへと突撃した。そしてその結末がどのようになったのかというと、最終的に僕はおよそ50ドルくらい負けることになった。また予定外に宿泊を二日も延長した費用も含めれば、このコロニアで合計100ドルくらいのお金をドブに捨てたことになる。おかげで「南米のパリ」での優雅な滞在が夢と消えたのはもちろん、逆にこれまで以上の倹約生活をブエノスアイレスで強いられる様子が目に浮かんでくる。

おかしい。どうしてこんなことになったのだろう?僕の何がいけなかったのだろう? いや、そうじゃない。悪かったのは僕じゃない。すぐに自分を責めてしまうのは良くないことだ。悪かったのは僕ではなくて、むしろ僕をギャンブルへと導いたものである。

そう、あの雨だ。雨さえ降らなければ僕はさっさとアルゼンゼンチン行きのフェリーに乗っていたはずだし、カジノで暇を潰そうなんて考えなかっただろうし、結果として100ドルものお金を失うなんてことにはならなかったに違いない。

あと、僕に囁いた悪魔も悪いと思ったが、でもあの悪魔は自分自身じゃなかったか?という考えが浮かんだため、そこはさっぱり忘れることにして、やはり僕は全てを雨のせいにすることにした。それからすぐそばでは天使が愚か者を糾弾するような表情で僕のことを見ていたが、こちらについても無視することにした。



[ BACK ] [ INDEX ] [ NEXT ]