Round South America
 BuenosAires Argentina



アルゼンチンの首都ブエノスアイレスの中心を走る、「7月9日大通り」を歩いていたら、ファストフード店のバーガーキングを見つけた。バーガーキングといえば少し前に滞在していたブラジルでも数多く見かけたけれど、実際にそこで飲食したことは一度も無かった。何故かというと、とても高かったからである。なにしろ、ハンバーガー・フライドポテト・ジュースのコンボ(セット)が日本円に換算して1,200円もしたのだから。

その原因はブラジルの慢性的なインフレと最近の急激な円安にあったのだが、いずれにしてもバックパッカーがおいそれと利用できる価格ではないことは明らかだった。だからこのブエノスアイレスでバーガーキングを見かけたときも、どうせ高いのだろうと思って、そのまま素通りしようと思ったのだけれど、そのときふと、「思いついたこと」があったので、僕は気が変わって店の中に入ってみることにした。

店内は他の国々のバーガーキングと比べて、特別変わったところはなかった。そしてそれから僕がしたことはメニューのチェックである。もっと正確に言うならば、メニューに書かれている価格のチェックである。店奥でレジが並ぶカウンターの後部天井付近にはレジに並ぶ注文客からよく見えるようにメニューとその価格が記載された電光パネルが架けられてあったので、それを見てみると

 ハンバーガー・フライドポテト・ジュースのコンボが「83ペソ」

 と書いてあった。ペソはアルゼンチンの通貨単位で、現在の両替レートでは1米ドルが8.5ペソだったから、およそ10ドルということになる。そして1米ドルは約120円だから、このコンボの価格は日本円に換算すると、1,200円ということになる。そしてそのメニューのチェックを終えた僕は

「ハンバーガー・フライドポテト・ジュースのコンボが 『 850円 』 か。これならギリギリ許される値段かな。」

 と、呟いた。僕は別に計算を間違えたわけじゃない。今の僕にとって83アルゼンチン・ペソは1,200円ではなくて、本当に850円なのである。何故かというと、僕の旅の資金はアルゼンチンに入国したときに、だいたい1.5倍くらいに増えたからである。それも自動的に。そしてその原因はアルゼンチンの「デフォルト危機」のおかげだった。おかげという表現は現地に暮らす人達からすれば、不謹慎な表現なのかもしれないけれど。



今年(2014年)の夏に、アルゼンチンはデフォルト(債務不履行)危機に陥った。このことは世界中のメディアで報道されていたから、普段外国に興味の無い人でも知っている人は多いと思う。デフォルト危機の原因や経緯については長くなるので説明しないけれど、このことによってアルゼンチンという国家の信頼は大きく揺らぎ、それに伴ってアルゼンチン・ペソの価値は急激に下落した。

そしてその結果としてアルゼンチンで何が起きたのかというと、それはインフレーションである。デフォルト危機以降、もともとあまり信頼の無かったアルゼンチン・ペソの更なる価値低下により、これまたもともと安定しているとは言えなかったインフレ率は年率30%にも上昇したのだそうだ。これで給料も30%上がればまだしも、現実にはなかなかそうもいかない。

ただ、アルゼンチンは食料自給率がかなり高い国なので、例えば僕がかつて実際に目にした悪名高きジンバブエのハイパー・インフレーションが引き起こしたような国内の大混乱はない。アルゼンチン・ペソの価値低下によって輸入できなくなったものが多くなったようだが、まあ食べるものはあるわけだ。

それにアルゼンチンの国民自身も、個人レベルで各々が対策をとっている。例えば、現金をモノに変えてしまうことだ。お金持ちなら銀行から預金を引き出して土地を買う、そこまでお金持ちでないなら貴金属を買うとか、現物に変えてしまうのだ。

他の方法としては自分達が所持しているペソを外貨に換えてしまうことだった。ペソを所持していても時間の経過とともにその価値は目減りしていくだけなので、そうならない通貨に換える。ちなみに、南米で評価の高い外貨はドルやユーロのほかに、ブラジルのレアルである。残念ながら日本円の評価は他の大陸に比べてかなり低い。

ただこういう事をしていると、(当然のことながら)ただでさえ下落しているアルゼンチン・ペソの価値は自国民にさえ売られる事によって、その価値下落のスピードに拍車がかかる。これでは経済が回復しない。だからアルゼンチン政府は法律によって国民が自国のペソを外貨に換えることに制限をかけた。そしてこのことが、僕のような外国人旅行者に恩恵を与える原因となった。

どうなったのかというと、法律によって外貨への両替に制限がかけられた為、ブラックマーケットが活発になったのだ。政府が何を言おうが、アルゼンチンの国民に限らず誰だって自分のお金が減っていくのは嫌なものだ。だからアルゼンチンの国民は非合法にペソを外貨に換えるようになった。簡単な言葉で言うと、ようするに 『 闇両替 』 である。

ここ数年のアルゼンチン経済はずっと下降傾向であったから、この国の闇両替は今に始まったことではないのだが、デフォルト危機以降は急速に活発化したとのこと。そしてペソを外貨に両替したいという人間が多くなればなるほど、その逆、つまり外国人旅行者のように外貨からアルゼンチン・ペソへと両替する人間にとって両替レートが有利になるのは自然の理だ。

アルゼンチンで闇両替が普通に行われていることは僕はインターネットから得た情報で、今回の旅に出る前から知っていた。ただ、その両替レートがどのくらいのものなのかということについてまでは詳しく調べなかった。調べたところで実際にアルゼンチンに入国する頃にはペソの価値は更に下がっているだろうと思ったからだ。

だから僕はアルゼンチンに入国すると、観光などは後回しにして、まずは闇両替に関する情報を集めることにした。僕はウルグアイからアルゼンチンに入国したのだが、ウルグアイ出国の際に使い残していた少しばかりのウルグアイ・ペソをウルグアイ側の正規両替所でアルゼンチン・ペソに換えただけだったので、すぐにでも現金が必要な状況だったのだ。そしてその闇両替に関する情報だが、僕が知りたかったのは


  1、どこへ行けば闇両替できるのか?

  2、闇の両替レートは現在どのくらいなのか?


 という2点である。そしてまず1番目の点については何の問題もなく知ることができた。宿のオーナーに質問したら、ブエノスアイレスの繁華街、「フロリダ通り」で闇両替できるということである。そしてフロリダ通りは宿からスブテ(地下鉄)で行けるというので、早速行ってみることにした。










そして地下鉄のおかげでフロリダ通りには簡単に到着したのだが、僕はここで気が付いたというか、改めて実感したことがあった。それはインフレによる物価上昇のスピードの速さである。宿で他の旅行者から見せてもらったアルゼンチンのガイドブックによれば、そのガイドブックには

 「地下鉄に1回乗るのに2,5ペソ」

 という記載があったのだが、実際に窓口で支払った金額は5ペソ、2倍の金額である。そのガイドブックは「 2014 - 2015版 」というもので、現在は2014年だから、出版から1年経過しているかどうかというあたりのはずだが、地下鉄の料金だけを見ると、物価上昇率は100%になってしまう。

もちろんインフレとはいえ全ての物価が均一に値上がりするわけではないのは承知しているが、上昇率100%は行き過ぎだと思う。食べ物は不足していないとはいうけれど、地下鉄だって庶民には必要不可欠なものである。タクシーの料金が値上がりするのとは意味が違う。

まあ、インフレについてはともかくとして、これで 「闇両替が出来る場所」 についてはクリアできた。フロリダ通りは両脇をテナントが入ったビルに挟まれた長いストリートで、まさしく繁華街という感じで人通りがすごい。また、運が良ければここで「路上タンゴ」を見られたりすることもあるそうで、観光客らしき人達も大勢歩いている。そしてそういった観光客をターゲットにした客引きも多い。彼等はパンフレットを片手に路上に立ち、日帰りツアーやタンゴ・ショーを斡旋しようと、観光客風の通行人を狙って声をかけている。










このフロリダ通りを歩いていると、客引きにも2種類のパターンがいることがわかる。ひとつは前述したように特定のターゲット(例えば観光客)に対して声をかけている客引き。そしてもうひとつは特にターゲットを定めずに、道行く通行人に対してかたっぱしから声をかけている客引きである。そしてこの後者こそが闇のチェンジャーだった。彼等は通行人に

 「 カンビオ!! カンビオ!! 」

 という言葉をかたっぱかしから投げつけている。カンビオという言葉はスペイン語で、日本語にすると 『 両替 』 という意味だ。外国人に対して両替を持ちかける場合、どこの国でも「チェンジ・マネー」という言葉が使われるが、ここではそうではない。アルゼンチンでは明らかに外国人の風貌である僕も何度も声をかけられたが、チェンジマネーではなく、全てカンビオという言葉だった。ブラックマーケットが活発になり、闇両替があまりにも一般に浸透したために、別に外国人だけを狙う必要がないということなのだろうか?

いずれにしてもターゲットが定められていないので、本当にそこらじゅうから 「 カンビオ!!」という声が聞こえてくる。またチェンジャーは通りのあちらこちらに立っていて、競争も激しそうだ。おかげでチェンジャーを探す手間が省けて助かるが、ここまで目立つようにやっているとは予想外だった。

そういえば、闇両替は厳密に言えば違法だが、ここでは当局がそれを取り締まりしたりすることはないと、宿のオーナーも言っていた。闇両替するのがもはや当たり前の状況になって、今更取り締まることもできないのだろう。ちなみにどのくらい当たり前の状況なのかというと

 「闇の両替レートが新聞に掲載されている」

 くらいに当たり前の状況なのである。日本人の僕からすると、ちょっと普通では考えられない。よく政府から圧力がかからないものである。もっとも現在の経済状況で闇両替を取り締まったりしたら、きっと国民の反発はすごいものになるだろうと思うけど。

そしてその肝心の闇両替のレートなのだが、1ドル=13ペソというのが平均的な相場らしい。これに対して政府が発表している正規のレートは1ドル=8.5ペソと、およそ1.5倍の違いである。僕は旅の資金はカードと米ドル現金で所持しているが、レートに1.5倍もの開きがあると、カードなんて利用できない。ATMでカードを使用して現地通貨を引き出すと、後に公定レートで計算されて引き落とされてしまうからだ。



一度フロリダ通りを端から端まで往復した後、僕は実際に闇両替にトライすることにする。なるべく交渉し易いチェンジャーを相手にしたい。僕も最初は闇両替のレートが新聞に掲載されているくらいなら、どのチェンジャーと両替しても同じだろう、と思っていたのだが、実際はそうではなかったのだ。

闇両替をするにしても、まずいくら両替するのかによって、そのレートは更に変化した。50ドルよりも100ドル、100ドルよりも200ドル両替するほうが、レートが良くなる。また、同じ100ドルでも100ドル紙幣なのか、それとも50ドル紙幣2枚なのか、あるいは20ドル紙幣5枚なのかによってもレートが変わる(100ドル紙幣が一番有利になる)。

もっとも、こちらが有利な条件を揃えていても、それを活かすことができなければ意味がない。そのため、チェンジャーと交渉する必要が出てくる。両替レートを提示してくるチェンジャー対して、こちらがいかに有利な条件であるかを納得させる必要がある。僕は良いレートで両替したかったので、金額は200ドルで、もちろん100ドル紙幣だ。かなりこちらに有利な条件を揃えたつもりだ。

そんなことを考えながら、「カンビオ! カンビオ!」と連呼するチェンジャー達を横目に見ながら通りを歩いていると、他のチェンジャー達の大きな掛け声と比べて幾分控えめな感じで「カンビオ」と言いながら路上に立っているチェンジャーが僕の目に入った。

そのチェンジャーが僕の目に留まったのは、そのチェンジャーが小柄な若い女性だったからだ。フロリダ通りには数多くのチェンジャーが立っているが、女性のチェンジャーを見かけたのは初めてだった。珍しかったかったので僕が彼女の方を見ていたら、彼女も僕に気が付いて

「 Cambio?(カンビオ?) 」

 と、尋ねてきた。なので僕は

「 Si.Quiero cambio dolar. Cuanto cuesta cien dolares ?」
  (うん。ドルを両替したいんだ。100ドルはいくらになるの?)」

 と、彼女に答えた。なりゆきで交渉が始まってしまったが、見たところ優しそうな女性だったし、人を騙そうするタイプには見えないし、あと両替とは全然関係ないけど、けっこう可愛かった。なのでこの女性と両替するのは望むところだったのだが、彼女が僕に提示してきたレートは1ドル=12ペソだった。これは少しばかり安いと思う。

なので、ここからが交渉開始。僕は最初に100ドルと言ったが、これを200ドルに増額すること・紙幣が100ドル紙幣であること、を彼女に伝え、もっとレートを上げられないかと頼んでみた。上げてくれるなら、この後にそこらの店でカフェー(コーヒー)くらい奢ってもかまわない。

すると彼女は穿いていたジーンズのポケットからおもむろに携帯電話を出すと、その計算機機能で画面に 「12.5」という数字を出して僕に見せる。1ドル=12.5ペソということなのだろう。0.5ペソ上がったけど、もう一声欲しい。だから僕は彼女に

「 Trece Pesos(13ペソ)」

 と言うと、先程まで笑顔だった彼女は今度はとても悲しそうな表情を浮かべて「ノー」と言う。あれ、おかしいな?なんだか僕が意地悪しているような雰囲気になってきた。僕は両替をしたかっただけで、女性を悲しませたかった訳じゃない。うん、もういいや。12.5ペソで。

僕が12.5ペソでかまわないと言うと、彼女はまた笑顔に戻り、「私に付いて来て」と手招きする。彼女が笑顔になってよかった。0.5ペソ分の損くらいで彼女の笑顔が取り戻せたのなら、その方がずっと良い。この後のカフェーの会話きっと弾むことだろう。

ただ、「私に付いて来て」とはどういうことなのだろう? 僕は彼女の後を追いかけて歩いていくと、少し離れた雑居ビルの中に入っていく。なんだろう?大丈夫かな? この娘、まさか 『遣り手』 とかじゃないよな?そうのは全く必要ないんだけど。

雑居ビルの中に入ると、ビルの内部にはエレベーターがあり、彼女は僕にそのエレベーターに乗るように促すので、僕は言うとおりにする。二人でエレベーターの中に入ると、彼女はビルの上層階のボタンを押した。僕は少し不安になってきた。

いったい彼女は僕はどこへ連れていこうとしているのだろうか? もし路上で両替するのがよくなかったのだとしたら、ビルの1階に入ったところで両替すればいい。しかし実際にはそうではなく、彼女は僕をビルの上の方まで連れていこうとしている。彼女は何がしたいのだろうか?

彼女を見ると、彼女は僕の不安を感じ取ったのか、「心配しないで。大丈夫だから。」的な微笑みを僕に返してくる。そうそう、何も心配することはない。全て彼女にまかせておけばいい。カフェーの美味しい店も地元の彼女に連れていってもらえばいい。

それからエレベーターが目的の階に着き、彼女と二人でフロアに出る。彼女はフロアに面した幾つかのドアのうちのひとつをノックもせずに開けると、中に入ってしまったので、僕も後に続く。すると中には幾つかのデスクがあり、それぞれのデスクには中年の男性が着席していた。

ここまで来て僕はようやく理解できた。彼女はチェンジャーではなく、ただの客引きだったのだ。恐らくこの男達が闇両替の『 元締め 』なのだろう。彼女は男と二言三言話しをすると、男から幾ばくかの金を受け取っていた。恐らく僕を斡旋した見返りだろう。そして彼女はニコニコした表情で

「Chau!(バイバイ!)」

 と、僕に手を振って部屋を出ていってしまった。 えっ、もう行っちゃうの? これから僕とこの中年男の二人で闇両替のやり取りするの? あと、両替後のカフェーはどうなったの? いや、それはまだ約束していなかったんだっけか。



結局、僕はその元締めの男に闇両替してもらったのだが、レートは既に彼女が男に伝えていたこともあって、何の交渉もなく、1ドル=12.5ペソで僕は合計2,500ペソを手に入れた。しかし事前にあれだけ有利な条件を揃えていたというのに、たいして良いレートにならなかったのは何故だろうか?

雑居ビルを出た僕は念のため、もう一度最初に彼女が立っていた場所へと足を運んでみたが、そこに彼女の姿は無かった。でもまあ、とにかくこれでアルゼンチン最初のミッションは完了した。まだ時間もあるし、今度は有名な「7月9日大通り」にでも行くとしようかな。



[ BACK ] [ INDEX ] [ NEXT ]