Round South America
 Bogota Colombia



コロンビアの首都ボゴタでは旧市街に宿をとった。ボゴタの旧市街には歴史のある建築物や博物館といった見所が多く、またドミトリーだが料金は1泊10米ドル以下といった安宿あるいは安食堂が多く散在していて、「治安が良くない」という点さえ気にしなければ、バックパッカー・スタイルの旅行者にとっては至極便利なエリアである。

旧市街と呼ばれる地区があるのだから、もちろんボゴタには新市街もある。しかし新市街にあるものは旧市街とは大きく異なっている。各国の大使館や高級住宅街、ブランドショップを集めたショッピングモールに高級ホテルと、簡単に言えば「お金持ちエリア」であり、旧市街と比べると街の風景も全く対照的だ。

僕はバックパッカーだったから、ボゴタでの滞在中にそのようなエリアに足を運ぶ用事なんてあるはずがないと思っていたのだけれど、でもある日その予想に反して僕は同じ宿に滞在していたK祐クンという日本人旅行者と一緒に新市街に行くことになった。ちなみに、僕等が新市街に行く目的は

「メイドカフェ」

 だった。けれどもどうしてそんなところに行く気になったのか、自分でもよくわからない。メイドカフェなんて(日本にいたときも含めて)これまでの人生で一度も行ったことがなかったのに。でもまあ、何事も経験である。メイドカフェ初体験がコロンビアというのも、帰国後の土産話にはなるだろう。



僕とK祐クンが訪れたのは、「 Kurenai Maid Cafe 」 という名前のメイドカフェである。 Kurenai という店名が日本語の「くれない(紅)」という言葉からとられていることは入店してすぐにわかった。店舗内の装飾が赤を基調としたものだったからだ。また、そこからこの店舗が日本のメイド喫茶を模倣して作られたのだろうな、ということも自然に推測できた。

メイドカフェという形態の飲食店は日本がその発祥だというから、店舗名も日本語から取ったのだろうけど、しかしそれよりも気になったのは、僕等が店舗内に足を踏み入れたときに、ネコミミを付けた若いコロンビア美人の受付嬢が

「お帰りなさいませ、ご主人様!!」

 と、これまた日本語で出迎えてくれたことだった。









僕はそのネコミミ娘の日本語の挨拶を聞いたとき

「そうかそうか。僕は自分のことをバックパッカーだと思っていたけど、どうやら孤高の旅を続けている間にどうやらご主人様に昇格したみたいだな。」

 と、すぐに納得した・・・というのはもちろん冗談で、そのとき思ったのは「果たしてこのカフェに来る客のうちのどれだけがこの 『 お帰りなさいませ、ご主人様!!』という日本語の挨拶の意味を理解できるのだろうか?」

 ということだった。ここは日本ではなくコロンビアである。僕のような日本人が客として来店することもたまにはあるかもしれないが、そういうのはレア・ケースで、客の大部分は地元コロンビア人のはずである。日本語ではなく、スペイン語(コロンビアの公用語はスペイン語)に直した言葉で迎えてあげたほうが良いと思うのだけれど。

あと、店の女の子達が皆ネコミミを付けてのは何故なのだろう?メイドカフェの本場日本でも従業員は皆このようなネコミミを付けているのだろうか?行ったことが無いのでよくわからないけど、まあこれは無理に直さなくてもいいだろう。だって、可愛いから。日本には 『可愛いは正義 』 という言葉もあるみたいだし、やはりこれは直すべきではないだろう。



さて、座席に案内された僕等はここで何か注文しなければならないのであるが、初めて来店した僕等はどんな料理を注文できるのか全く知らない。そしてメイドさん達が話せる日本語は 『 お帰りなさいませ、ご主人様!!』 のようなメイドカフェ用語(?)だけであり、日本語で会話が出来るわけではない。

なので僕等はメニューを見せてもらうことにする。メニューはスペイン語で書かれているのだが、そこに記載されている料理は日本食なので、日本人であればスペイン語がわからなくても問題ない。むしろコロンビア人のほうが料理を想像するのが難しいのではないだろうか?

メニューに書かれている、例えば 「ONIGIRI(おにぎり)」 はスペイン語で説明文が添えられているが、この文章で実際のおにぎりをすんなり想像できるのだろうか? 説明文を読んでみると、「 deliciosa salsa dragon 」という言葉があるのだが、これは直訳すると「美味しいドラゴン調味料」となり、恐らくはドラゴン・ペッパー(唐辛子の一種)のことだと思うのだけれど、どうしておにぎりにそのような調味料を使うのだろうか? おにぎりに使う調味料なんて、僕には塩以外に思いつかないのだけれど。





あと、どの料理も 10,000〜15,000ペソ(日本円にして500〜750円)もするのには少々驚いた。安い定食屋なら 5,000ペソあれば食事ができるコロンビアの物価から考えると、これはけっこう良い値段である。海外で食べる日本食ということと、ここがメイド喫茶であることを考慮しなければならないのであろうが、バックパッカーには少々厳しい。流石は新市街の店である。

でもまあ、旅も長くなると正直日本食が恋しくなる。前回日本食を食べたのはペルーのクスコという都市だったから、およそ一ヶ月前のことである。値段が気にならないといったら嘘になるが、バックパッカーといえども月に1度くらいの贅沢は許されるべきだろう。



注文が済み、僕等は改めて店内の様子を観察することにする。まず、店内に流れているBGMは日本語の曲である。どうやら日本人アイドルの曲らしいのだが、残念ながら普段その分野にほとんど関心の無い僕とK祐クンは歌手が誰なのかさっぱりわからない。

グッズ・コーナーではこのカフェで働くコロンビア人従業員の似顔絵やブロマイド写真が貼られているが、彼女達の名前がヒトミとかエイコのように、全て日本人名なのが気になる。たぶん、このカフェ内だけで使用しているニックネームなのだろうが、ここまで日本に合わせるとは正直頭の下がる思いである。でも、このようなグッズを購入する人が本当にいるのだろうか?








ゲームコーナーにはかなり旧式な日本製のゲーム機がある。プレイできるゲームは『 キングオブファイターズ 』 という格闘モノで、1プレイ 200ペソ(約10円)なので安いことは安い。K祐クンは子供の頃にこのゲームで遊んだことがあったとのことで興味津々だったが、「あまりに昔のことでもう操作方法を覚えていない」と言って、結局プレイを断念した。



僕等が料理を待っている間にも、新たなお客さんがけっこう入店してくる。客層の男女比率は半々くらい。新規の客とリピーターの客がいるようで、新規の客はやはり 『 お帰りなさいませ、ご主人様!!』 という日本語の出迎えに戸惑っているみたいだ。

また、彼等は何を注文すればよいのか?というところでも案の定苦労しているようだった。きっと普段は日本食を注文する機会なんてほとんどないのだろう。コロンビアにはマクドナルドとかダンキンドーナツのような北米の飲食チェーンはかなり進出しているけれど、日本料理店はまだまだ珍しい存在なのだ。結局彼等はメニューがあるのにもかかわらず、ネコミミ娘にひとつひとつ料理の説明をしてもらっていた。やっぱりあの説明文だけで日本料理をイメージするのは難しかったみたいだ。

そしてそうこうしているうちに僕等の料理が運ばれてくる。ちなみに僕が注文したのはラーメンである。ちょっと待ってくれ、ラーメンは日本食なのか?中華料理ではないのか?という疑問もあるが、そんな疑問はこの際は無視することにする。食べたかったのだからしょうがない。

料理を運んできてくれたのは。受付にいた女性とはまた別のネコミミ娘だった。そこで僕はあのグッズ・コーナーの似顔絵のことを思い出したので

「 Que es su nombre ?(君の名前は?) 」

 と、尋ねたところ、そのネコミミ娘は

「ユイです!!」

 と、やはり日本人女性のような名前を答えたのである。僕は

「なるほど、ユイちゃんと答えたか。どうやらしっかりメイドカフェ教育が行き届いているみたいだな。」

 と、メイドカフェに初めて来たくせに、既に御主人様気取りで偉そうな評価を下し、そしてそれから料理に手をつけようとしたら、こともあろうにそこでユイちゃんが僕のことを制止したのである。これはいったいどういうことなのだろう?









何故ユイちゃんが食べ始めようとした僕のことを制止したのかわからず、それは御主人様に対して失礼ではないのか?と、思いながらも、でもきっと何か理由があるのだろうと、どういうことなのかとユイちゃんに説明を求めたところ、なんとユイちゃん料理に

「おまじない」

 をかけてくれるというではないか。おお、ひょっとしてあれか。「おいしくなーれ!」とかいうあの有名なやつか。日本にいた頃にテレビで見たことがある。そうかそうか御主人様としたことがすっかり忘れていた。僕はメイドカフェ発祥の国からやって来たというのに全く恥ずかしい限りである。なので僕はユイちゃんに謝り、そして改めてそのおまじないお願いすることにした。するとユイちゃんはゼスチャーを交えながら

「 ませませ 萌え萌え キュンキュン にゃーにゃー ヒュー !! 」

 ・・・ という、おまじないを日本語でかけてくれて、何だか想像していたおまじないとは全然違って、でも彼女は御主人様である僕のことを想ってやってくれているはずだし、その気持ちは本当に嬉しかったのだが、ただユイちゃんその後に
  
「 リピート・アフター・ミー!!」
  
 とか言い出したのには、正直まいった。ユイちゃんに悪いと思って一応小声でやってみたけど、もう恥ずかしくてしょうがない。あと、おまじないを口にするだけでも恥ずかしいのに、ユイちゃんはジェスチャーまで要求してくる。特に 「にゃーにゃー」 のところで両手を頭のところに持っていって、ネコの真似をしなければならないところなんて、とても知人には見せられない。いい年して僕はいったい何をやっているのだろう?ユイちゃんもそんなことを御主人様に要求してはいけません。



そしてそんなおまじないも何とか終わって、今度こそラーメンを食べようとしたところ、ここで再度ユイちゃんから注意が入る。何かというと、「いただきます」 を言ってください、ということだった。うん、これは完全にユイちゃんが正しい。

日本の飲食店に行っても、客が料理を口にする前に、「いただきます」という言葉を発しているの見るのも昔に比べたら減ったような気がする。僕も一人で外食するときなどは言わないことのほうが多い。まさか大人になってから(しかも南米コロンビアで)、そのことを指摘されるなんて思ってもみなかったけど、食事の前に感謝の言葉を口にするというのはやはり良い習慣だと思うので、今後は「いただきます」を忘れないようにしよう、と思いながら本当に今度こそお待ちかねのラーメンをすすってみたところ


   ・・・ まずい。


いや、まずいというか、そもそもこれラーメンじゃない。見た目は立派なラーメンなのだが、汁が完全に「うどん」のそれなのである。海外で日本料理の店に行くと、時々おかしな和食が出てきて驚くことがあるけれど、これはまさにその典型だった。ラーメンにうどんの汁は完全にミスマッチで、味が全く調和していない。

それでも、「とても食べられない」というほどでは無かったし、値段も決して安くはないので頑張って食べ続けたけど、それにしても残念な味である。ユイちゃんの(そして僕の)おまじないもほとんど効果が無かったみたいだし。やっぱり本家日本のおまじないのように、セリフが「おいしくなーれ!」じゃなかったのがいけなかったのだろうか?



そんな料理を何とか完食し、コロンビアの和風メイドカフェをすっかり堪能した僕等は店を出ることにする。なので支払いを済ませようと思ってユイちゃんを呼ぶと、彼女が 「最後にメイド達と一緒に記念写真を撮影できます」 と教えてくれたので、せっかくだからお願いすることにした。

それから僕等はネコミミメイド達と一緒に店内にある撮影コーナーに並ぶ。するとカメラを構えたまた別のネコミミ娘がポーズをとるように僕等に言う。ただ、メイドと一緒に記念撮影なんて、今までそんな経験したことないので、どのようなポーズをすればよいのか悩んでしまう。

すると隣に並んだネコミミメイドが見かねて、 「 御主人様、こういうポーズをなさればよろしいでしょう。」というようなかんじで、胸の前に両手でハートマークを作って見せる。大の男がネコミミ娘と一緒にそんなポーズをするなんて、普段ならとてもそんなマネ恥ずかしくてできないけれど、あの「おまじない」ですら実践した今となっては、もう怖いものも恥ずかしいものもない。だから僕等もハートマークを作ってニッコリ笑顔でネコミミ娘たちと一緒に写真に映ったのである。

そして撮影もつつがなく終了し、今度こそ店を出ようとしたとき、カメラマン役のメイドさんが、ニコニコした笑顔で僕等に声を掛けてきた。聞くと、僕等にお願いがあるという。それはどんなお願いなのかと尋ね返すと、彼女は

「今いっしょに撮影した写真を、このカフェのホームページに載せたいのです。」

 というのであった。いやいや、ちょっと待ってほしい。いくらなんでもそれはさすがにマズイ。ホームページなんて世界中の誰もが見られるメディアである。自分がハートマークのポーズでネコミミメイドと一緒に笑顔で映っている写真がインターネットにアップされるなんてとんでもない。今日はたまたまこのような店に来たけれど、本来の僕は孤高の旅を続けるバックパッカーだ。その写真に映っている僕はあくまで仮の姿なのである。けれども事情を知らない人がインターネットでその写真を見たら、僕のことを単なる「メイドカフェマニア」と勘違いしてしまうだろう。

だから僕等は毅然とした態度で、彼女のお願いを御主人さま権限で拒否しようとしたのだが、でもそのメイドさんの上目遣いでお願いする表情を見ていると、どうにも上手く断ることができなくて、結局は彼女の可愛いネコミミに免じて許可してしまった。やはり可愛いは正義である。にゃーにゃー ヒュー !!なのである。



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