Round South America
 From Paraguay To Bolivia



パラグアイから国境を接するボリビアへと抜ける最もポピュラーな移動手段は長距離バスを利用することである。そして僕の場合はパラグアイの首都アスンシオンからボリビア西部の主要都市サンタクルスへと移動することにしたのだが、このルートを走る長距離バスを運行しているバス会社はふたつあった。ひとつは「 トランス・ボリバル社 」で、もうひとつは「 ステル・ツーリズモ社 」である。

この2社のうち、トランスボリバルを利用する場合は特に大きな問題はない。トランスボリバルの特徴としてその運賃がステルツーリズモよりも大幅に安く、そしてバスはオンボロで、目的地までのおよそ20時間をそのバスの中で過ごすのはかなり大変だという評判である。こんなふうに説明すると、大きな問題はないどころか、問題だらけじゃないかと思われるかもしれないが、それは考え方次第だ。料金が安いのだから、バスがオンボロでも仕方がない - というのは一応納得できることである。

その一方で、ステルツーリズモを選ぶ場合には問題があった。ステルツーリズモの運賃はトランズボリバルに比べてかなり高く、アスンシオンからサンタクルスまで300,000グアラニーもする(普段はもっと安いのだが、あいにくとクリスマスの帰省シーズンにあたり、どのバス会社も通常より値段が上がっていた)。

もっとも、ステルツーリズモが問題なのはその料金が高いためではなかった。ステルツーリズモのバスはいわゆる「快適なバス」で、車体は新しく、シートは広く、エアコンも付いている。長時間の移動も苦にはならず、それならば料金が高いのは当然のことである。それではいったい何が問題なのかというと、実はステルツーリズモのバスチケットを購入することは、利用者にとって、「ギャンブル」なのである。

どういうことかというと、僕もアスンシオンで滞在していた宿のオーナーから聞いたハナシなのだが、ステルツーリズモを利用するにあたって、そのほとんどは問題なく「快適なバス」に乗れるのだが、実はごく稀(まれ)に運が悪いケースもあって、トランスボリバル同様の「オンボロバス」に乗せられてしまうことがあるのだそうだ。

詳しく説明すると、どうも航空会社でいうところの 『共同運航 』 のような事をしているらしく、ステルツーリズモのチケットを買ったのにもかかわらず、違うバス会社の車体に乗せられてしまうそうなのである。そしてたとえオンボロバスに当たってしまったとしても、それを理由に料金を割り引くとか、そういうアフターケアは全くないという。

これは怖い。高い料金を払ってそんなバスに乗せられたりしたら目も当てられない。そんな目に遭うくらいなら、最初から妥協して低料金でオンボロバスに乗った方がマシである。ボリビアまでの道中は苦しいかもしれないが、少なくとも金銭的な損はしない。

そんなハナシを聞いて、僕はステルツーリズモは利用を避けることに決めた - はずなのであるが、その一方で、まだ頭の片隅に「快適なバス」をあきらめきれない気持ちがあることも認めないわけにはいかなかった。それはこれまでの僕の南米でのバス乗車経験からくるものだった。

僕はこの旅をブラジルから始め、そしてウルグアイ・アルゼンチンと、「南米の先進3カ国」を移動してきたから、どの国でもバスは快適だった。南米には日本の観光バスよりも優れた車体を運行させているバス会社は幾つもあり、僕がアルゼンチンでブエノスアイレスからプエルトイグアスまでの移動に利用した、現地では「カマ(cama)」と呼ばれる上級クラスのバスなどは横3列シートで、しかもそのシートは180°までリクライニングすることが出来て、「飛行機のビジネスクラスよりも快適なのでは?」と、思うくらいであった。

まあ、カマについては値段もけっこう高いので、僕もその一度しか利用したことはないのだけれど、それ以外に乗車した低料金のバスも、そしてパラグアイに入ってから利用した長距離バスだって、特に不満に感じることは無かった。そしてそんなバス移動に慣れてしまった僕だったから、正直に言うとオンボロバスに乗るのが嫌で嫌でしょうがなかったのである。

なので、僕は少しだけ悩んだけれど、やはり自分の気持ちに正直になり、「賭けに出る」ことにした。ハナシに聞く運の悪いケースというのはあくまで「稀」なのだ。その稀なケースの割合が10パーセントなのか20パーセントなのかは流石に調べようも無いが、いずれにしても賭けに勝つ割合の方がずっと高いのはまず間違いの無いところである。そんな有利な条件が揃っているのに勝負を逃げるなんてバックパッカーがすたる、じゃなかった男が廃る。たとえ

「 300,000グアラニーのような大金を賭け事に使うなんておよしになってください!」

 と、自分の妻が泣きながらすがりついて反対したとしても、僕は星一徹のようにちゃぶ台をひっくり返して彼女を突き放し、グアラニー札を握り締めて部屋を出て行く - 最後にはそのくらい強い心持ちで賭けに出る気になっていた。まあ現実には僕は独身で、南米にちゃぶ台は無いのだけれど。

そんなわけでアスンシオンを出発する日、宿をチェックアウトした僕はテルミナール(バスターミナル)に行き、ステルツーリズモのオフィスでサンタクルス行きのチケットを購入した。窓口の係員によれば、所要時間はやはり20時間とのこと。

時間に余裕をもって宿を出たため、19:30の出発までまだ時間がある。そのため僕はテルミナーレの中を散策する。土産屋を覗いて購入するつもりもないテレレセットを物色したり、バスの中で食べるためにと「チパ(ドーナツのような形状をしたパラグアイのパン)」を買ったりして時間をつぶした。そして満を持して指定された乗り場へ行き、そこに存在したボリビア・サンタクルス行きバスの車体を見た僕は

「 そっか、賭けに負けたのか・・・。300,000グアラニーも払ったのに・・・。 」

 と、呟いた。



バスは見るからにオンボロだった。車体は傷だらけで、塗装の剥げ落ちている箇所が幾つもある。エアコンなんてもちろん付いていないし、シートはおせじにも清潔とは言いがたい。リクライニング機能はあるが、座席間の間隔が狭いために思うように倒せない。トイレにいたっては見るに耐えない汚さで、おまけに水洗機能が故障していて、使用したら車掌を呼んでバケツを使って手作業で水を流すという有様だった。







まさかこんなことになるとは全く考えていなかった。オンボロバスに当たってしまう確率は「稀」だったはずである。そんな僅かな可能性を引き当ててしまうなんて、自分の運の無さを呪いたくなってくる。バス見た瞬間、思わず誰かに愚痴りたい気分になったが、残念ながら僕は一人旅なので、それもできない。そして八つ当たりする為のちゃぶ台もない。

出発は予定時刻よりも遅れ、20:00だった。まずはアスンシオン市内を走るのであるが、出発してすぐにスーパーマーケットのようなところで停車する。いきなり何かと思って車掌の行動を見ていると、どうやらここで長時間移動に必要な品々)を補給するようで、ドライバーと一緒に車内に運び込んでいた。そんなこと出発前に済ませておけばいいのに。

作業が終わると再出発し、車内に運び込まれた品々(軽食と現地産コーラ)は乗客に配られる。それらを飲み食いしている間、バスはアスンシオン市内で大渋滞に巻き込まれていて、ノロノロ運転が続く。アスンシオンはこの国の首都なのだけれど、バイパス道路とか高速道路のようなものはほとんどなくて、道路が大渋滞するのは日常のことなのである。本当に20時間でサンタクルスに着くのか、先が思いやられる。

軽い食事の後、車内の乗客達は各々仲間内で雑談をしていたが、車内灯が消えると多少静かになった。僕はスペイン語会話の本を読んでいたのだが、それもできなくなり、夜間では外の景色を楽しむことも難しいので、さっさと就寝することにする。安眠できそうなシートではなかったけれど。



出発してからおよそ10時間後、つまり朝の6時頃、僕は車内が騒々しくなるのに気が付いて目が覚める。自分でも予想外だったが、バスのオンボロさにも負けず、すっかり熟睡していたようである。そして周りを見回すと、乗客は皆バスを降りようとしているので、僕もそれに続く。降りがけにバスのドライバーに

「 Frontera?(国境なの?)」

 と、尋ねたところ

「 No Frontera.Inmiguracion.(国境じゃない。イミグレーションだ。) 」

 という答えが返ってくる。意味がわからない。どうして国境でもないところにイミグレーション(出入国管理)があるのだろうか? - そんな疑問が浮かんだが、考えてもよくわからないので、あきらめてイミグレーション窓口の列に並んだ。







窓口でパスポートを提出してから戻ってくるまでに時間がかかる。その間、僕はトイレに行ったりタバコを吸ったりしていたが、それでも出国スタンプが押されたパスポートはなかなか返却されない。なので他の乗客達とスペイン語で会話しながら時間を潰したが、結局バスの乗客全員の出国手続きをするのに1時間以上もかかった。

出国手続きが終わると、バスは再出発する。夜中に寝ていた時はわからなかったが、車窓から見える風景は過密な都会からまるでアフリカのサバンナのような草原へと一気に変わっていた。四方八方を見回しても、建物というものが全く無い。首都から10時間も走ったとはいえ、かなりのカントリーサイドである。

道路は舗装されていなかった。これだけの辺境地域なのだから、まあ舗装されていないのは仕方ないにしても、路面がデコボコなのはいただけない。車体もかなり揺れている。ガイドブックによればここは「南米一の悪路」なのだそうだが、我ながら昨夜はよく寝ていられたものである。そしてそんな悪路を数時間走って、バスはようやく国境へと辿り着く。



国境はとても寂しいところだった。税関の建物があって、それ以外には何もなかった。そしてその税関なのだが、これはかなり真剣なチェックだった。手荷物だけでなくバックパックも開けさせられ、中に入っていたものを取り出してチェックされる。エックス線検査装置のような気の利いたものがないせいもあるだろうが、入国時ならまだしも出国時にこれだけ厳しくチェックするのは僕の数多くの国境越え経験の中でもかなり珍しい。







どうしてこんなに厳しくチェックするのだろう? と、僕が思っていたら、今度は麻薬探知犬やってきて、クンクンと荷物の匂いをかぎはじめる。なるほど、どうやら不法薬物を所持していないかどうかを重点的にチェックしているようだが、それにしてもこの犬達が紐につながれていなくて放し飼い状態なのがちょっと怖い。南米らしいおおらかさなのかもしれないけれど。

かなり時間をかけた国境での税関チェックが済むと、バスは再び北方へ向けて走りだした − のであるが、少し走ると今度はボリビア側の税関があった。ここでもパラグアイ側と同様に荷物をチェックされるのである。正直、「またかよ」と思ったけど、チェックの対象はパラグアイとボリビア当該国籍の乗客達だけで、第三国の旅行者である僕は全くチェックされることはなかった。

そんな両国での税関チェックを終えると、今度こそ再出発。車窓から見える風景は再びサバンナである。パラグアイ側と同様、国境付近にボリビアのイミグレーションはない。というか、人が住んでいるような形跡が(かつて人が住んでいたようも)全く無い。

そんな草原地帯を数時間も走ると、やがて昼になる。昼になるとどうなるのかというと、とにかく暑い。今は12月で南半球では真夏にあたる。エアコンがついていないので、座っているだけでもグッタリしてしまう。それもこれも自分が賭けに負けたせいである。僕はもう二度とこんな風に賭けるなんてしないと自分に誓う。

午後になり、ようやくボリビア側のイミグレーションに到着する。パラグアイ側のイミグレーションを出発してからここまで、途中で両国の税関を挟んで、なんだかんだと6時間ぐらいは経過していたと思う。そうなるとパラグアイでの出国手続きを終えてからのその6時間、僕等はいったいどこの国を走っていたことになるのだろうか? ひょっとしたら亜空間だったのかもかもしれない。



後で調べてわかったことだけど、パラグアイとボリビア、そしてアルゼンチンにもまたがるこの広大な土地は亜空間ではなく、「グラン・チャコ地方」と呼ばれていて、その面積は640,000平方kmにもなるのだそうだ。これは日本の国土のおよそ1.7倍である。

見る限りはただの草原で、水源となる河川もないから街づくりも難しく、おまけにパラグアイ・ボリビア双方の中心部からかなり離れているから土地の価値としてはかなり低いのだけれど、それでもかつてはこの地方をめぐってパラグアイ・ボリビア間で大きな戦争が起こったこともある。それは「チャコ戦争」と呼ばれているのだけれど、サザンオールスターズとは一切関係ない(あるわけがない。パラグアイにもボリビアにも海岸はない)。

史実によれば20世紀の前半、それまであまり重要視されていなかったこの地方に、「石油が埋蔵している」という学説が出て、その石油資源確保のために両国間で戦争が勃発。戦闘は苛烈を極め、3年間で両国あわせて約10万人の戦死者を出し、勝利したパラグアイがこの地方の領有権を得た。

ところでこの戦争には後日談があるのだが、戦争終結から70年以上経過した現在でも、このチャコ地方で石油は未だに見つかっていないというのである。これではもういったい何のために戦争までしたのかわからない。桑田佳祐もきっと驚いたことだと思う。

それはともかく、そんなチャコ地方のボリビア側で入国手続きなのだが、なんかもう建物が国境事務所というよりは「国境小屋」と呼んだほうがよいのではないかと思うくらいに簡素すぎて、パラグアイとの格差を感じる。パラグアイも決して裕福な国ではないけれど、ボリビアよりはマシだったみたいだ。







ちなみに僕はここでパラグアイで使い残したグアラニーをボリビアの通貨であるボリビアーノに両替した。国境小屋の前に両替屋のデスクが幾つか並んでいたからである。まあ、デスクと呼ぶにはかなりオンボロだったけど。それでそのデスクにはオバサンがいて、電卓で両替レートを示してくれたのだが、これが正規の両替商なのか、それとも闇両替なのか、今ひとつ判断が難しい。正規の両替商にしては店舗が(というかデスクが)チープだし、闇両替にしてはあっぴろげすぎる。

「闇両替は違法だが、たいていの場合当局(国境警備)がそれを見て見ぬ振りをしている。」

 という状況は幾つかの大陸の様々な国境の街で僕も数多く見てきたし、実際にその状況を利用してきたけれど、もしここまであっぴろげにやっていて闇両替だとすれば、これはもう「闇両替」というよりは「ただの両替」である。



ボリビア側での入国手続きを終え、再出発する。そして午後3時ごろに、久しぶり見るマトモな街らしい街に着く。出発してからちょうど所要時間の20時間が経っていたから、これでやっとオンボロバスでの移動も終わってくれたかと思っていたら、そこはサンタクルスではなくヴィジャモンテという街だった。スマートフォンの地図アプリで確認すると、サンタクルスまではまだ相当な距離がある。たぶん500kmはある。全行程の3分の2くらいしか走っていない。

バスはこのヴィジャモンテで再び車内に軽食を運び込むと、この移動で5回目の再出発。もう再出発の回数を数えるのも嫌になってくる。賭けに勝ち、快適なバスに乗車することが出来ていれば、こんなに遅れることはなかったのではないだろうか − そんな恨みがましいことばかり考えてしまう。

結局、バスはこのあと9時間も走り続けた。出発から合計29時間もかかったわけで、サンタクルスのバスターミナルに到着したのはちょうど深夜12時をまわった頃である。予定より9時間もオーバーするなんて、ちょっとひどすぎる。こんな時間に宿にチェックインして、半日滞在して1泊分の料金を支払うのが嫌だったので、バスターミナルのベンチで朝まで寝ようと思ったのだが、バスターミナルの建物はドアが施錠されていて、中に入ることができない。どうやらボリビアのバスターミナルは夜間は閉鎖してしまうようであった。

こうなるとやはり宿に泊まるしかないのだけれど、初めての国で初めての日の真夜中に一人で宿探しするなんて、流石に少々不安である。深夜には受付を閉めてしまう宿もあるし、うまく開いている宿があったとしても、満室という可能性だってある。夕方には到着すると思っていたから、全てが想定外だ。

バスターミナルの前には数台のタクシーが客待ちをしている。ドライバーに宿を紹介してもらうのは悪くない。でも深夜だから料金もきっと高いのだろう。あのオンボロバスに300,000グアラニーも支払っていなければ、ここでタクシーを使うことに躊躇することもなかったかもしれない。

僕は少しばかり悩んだ後に、タクシーは使わずに歩いて宿を探すためにバスターミナルの敷地を出る。泊まれる宿を自力で発見できる方に、もう一度だけ「賭け」てみることにしたのだ。今度こそ幸運を引き寄せて、必ず勝ってみせると思いながら。



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