「カーニバルに浮かれて」
〜 フランス ニース 〜

古くはローマ教皇庁が置かれていたことによって、そして現在ではローヌ川に架かっていた橋を題材にした童謡によって、その存在が世界に広く知られている南仏の都市アヴィニヨン。そのアヴィニヨンで僕は訳あって屋根裏部屋に宿泊することになった。

屋根裏部屋と聞くと、どことなく素敵な響きがしないでもないが、実際に宿泊してみると正直なところ快適とは言い難い。天井が低くて圧迫感があるし、またその天井が傾斜しているせいで目に見える広さの割りには直立していられるスペースは少ないし、おまけに丸太が室内にむき出しているしと、普通の部屋と比べて優れている点は少ない。そして特に誰かから追われているわけでもない僕にとって、こんな隠れ家のような部屋に宿泊する理由だって、もちろん無かった。

僕がこのような部屋に宿泊することになってしまったその原因は、手頃な料金の宿が見つけられなかったからである。僕はニースから列車でアヴィニヨンに到着してすぐに、街の中心部である旧市街にある何件かの宿を当たったのだが、その宿泊料金は(僕には)どこも高かった。ディスカウントを要求しても、それに応じてくれるところはひとつも無く、僕は憂鬱な気持ちで新市街に向かうことになった。

だが新市街でも状況は変わらなかった。どこの宿でも1泊30ユーロ以上の価格を提示され、ディスカウントの交渉も上手くいかない。もし僕の資金が潤沢であれば、30ユーロでも宿泊したと思うが、あいにくと僕はアヴィニヨンの前に滞在していたニースでお金を使いすぎていた。だからこのアヴィニヨンではどうしても節約したかった。

そんな宿探しの状況のなかで辿り着いたのが、この安ホテルだった。ただ安ホテルといっても、このホテルの部屋はシングルで1泊36ユーロ。もちろん僕には予算オーバーだったのだが、ただこれまでと同じように受付で宿の主人にディスカウントを要求したとき

「ディスカウントはできないけれど、実は36ユーロの部屋よりももっと安い部屋があることはあるんだよ。ただ、その部屋はシャワーもトイレも付いてなくて・・・」

 と、説明を始めてくれたので

「シャワーはいらないし、トイレは共同でかまいません。その安い部屋に決めます。」

 と、僕は彼の説明を遮り、安いというだけで部屋も見ないで宿泊を決めてチェックインしたのである。そして案内されたのが、この屋根裏部屋だったのだ。

部屋のカギを受け取り、主人が階下と出て行ってから、僕は改めて部屋を見回す。この部屋にはトイレもシャワーも付いていなかったが、代わりにビデが設置されていた。しかし男の僕にはもちろんそんなものは必要ない。僕はビデを見ながら

「やれやれ、こいつも海の青さのせいだっていうのか?」

 と、自分自身に問いかけていた。



ノーベル文学賞を受賞したフランスの作家アルベール・カミュの代表作に、「異邦人」という小説がある。この小説の主人公であるムルソーは地中海沿岸の街アルジェで殺人を犯し、その動機について尋ねられたとき

「それは太陽のせいだ。」

 と答えた。そして僕はといえば、イタリアのミラノ・セントラル駅でフランスはマルセイユまでの切符を買って列車に乗り込んだのだが、実際にはマルセイユまでは行かずに、やはり地中海沿岸の街であるニースで途中下車することになった。

残念ながらニースには(正確にはニースにもと言うべきなのだが)知人がいなっかたので、ムルソーの場合のように「何故そんなことになったのか?」と、僕に問う人間はいなかったのだが、仮にもしそう問われていたら僕はきっと

「それは海の青さのせいだ。」

 と、答えたと思う。そう、それは間違いなく『コート・ダジュール』のせいだったのだ。



フランス語で「紺碧の海岸」という意味を持つコート・ダジュールは、東はイタリアとの国境マントンから西はヴァール県のサントロペまでの地中海沿岸地域のことを指す。僕が下車したニース以外にも、F1レースで有名なモナコ、そして国際映画祭で知られるカンヌもこの地域に含まれ、高所得者の別荘や高級ホテルが立ち並ぶ・・・早い話がようするに高級リゾート地である。

そんなとてもバックパッカーにふさわしいとは言いがたい場所に僕が滞在することになってしまったのは、やっぱり「海の青さのせい」だと言うしかない。そもそも僕はイタリアのミラノからフランスのマルセイユへと長距離移動する目的でインターシティ(国際列車)に乗っていた。その列車の窓から見ることができたイタリアのリヴィエラ海岸も綺麗だったけれども

それから国境を越えてフランスに入りマントン、そしてモナコと列車が進むにつれて更に青く澄んでいく地中海を眺めているうちに

「こんな綺麗な場所を車窓から眺めるだけなんてもったいなさすぎる」

 と、思ってしまったのである。そしてそれからの僕の行動は本当に速かった。

モナコの次の停車駅、ニースで文字どおり「飛び降りる」ような勢いで列車から下車してしまったのである。

しかし勢いで列車を降りてみたものの、その後の宿探しにはかなり苦労させられた。もともとニースに立ち寄る予定は無かったものだから、僕はこの街について事前に何の情報も集めていなかった。だから僕はツーリストインフォメーションに行ってなるべく安い宿を幾つか紹介してもらったのだが、それらの宿のどこへ行ってもべらぼうに高い料金を提示されてしまったのである。なかには1泊50ユーロ(6500円)なんて言ってくる宿もあった。とても支払える金額ではない。

しかし、かといって野宿するのも嫌だったので、仕方なく僕は足を運んだなかで1泊35ユーロという最も安い料金を提示した宿に2泊だけ滞在することにした。もちろんそれでも僕はそこから更に値切れないかと受付でディスカウントを要求してみた。

「もうちょっと安くなりませんか?オフシーズンなんだし・・・」

 と、頼んでみたのである。すると応対してくれた男性は

「オフシーズンだって?冗談はよしてくれ。ニースは今、一年で一番込み合う季節さ。」

 と、答えたのだった。そして僕はその彼の答えを疑わしく思いながら聞いていた。何故ならいくらコート・ダジュールが有名な観光地であるにしても、今の季節は2月、つまり冬である。この辺りは確かにヨーロッパのなかでは温暖な地域なんだろうけど、そうはいっても冬に泳げるほど暖かくはない。青く澄んでいる海だって眺めることしかできないのだから、ハイシーズンはやっぱり夏だろう・・・そう思っていたからである。だから僕は

「本当に今が一年で一番込み合う時期なの?」

 と、もう一度確認してみた。すると男は

「ああ、もちろんさ。だって明日から待ちに待った『カーニバル』じゃないか。アンタ、まさかそれを知らずにニースにやって来たなんて言わないだろうな?」

 もちろん僕は恥ずかしくてそんなこと言えなかった。たとえそれが事実だったにしても。



カーニバルとは日本語に訳すと「謝肉祭」という意味なのだが、一説によればニースのカーニバルはブラジル・リオのカーニバルなどと並んで「世界三大カーニバル」のひとつとされているのだそうだ。これは毎年2月の下旬に2週間もかけて開催される壮大なお祭りで、世界中から観光客が押し寄せる。

つまり宿の受付の男性の発言は決してウソなんかではなく、今ニースは本当にハイシーズンなのである。この時期にニースへやって来た外国人旅行者のなかでそのことを知らなかったのは、恐らく僕ぐらいのものだろう。

実際、翌日にカーニバルが始まってみると、ニースのメインアヴェニューには確かにすごい数の観光客が繰り出してきた。特にパレードが始まる夜の8時30分くらいになると、アヴェニュー沿いの歩道はタダでパレードを見ようという観光客でいっぱいである。(メイン会場で見学しようとすると、入場料を払わなければならない。)

その人気のパレードはかなり大掛かりで、なおかつ最高に賑やかな催しだ。それもちょっと開いた口がふさがらないくらいに。ビルの3階くらいまで届くのではないかというような大きな、王様やネズミや赤ちゃんのハリボテの人形を載せた山車がアベニューを通り、派手な仮装衣装を身にまとった踊り子が沿道を埋める大勢の観光客に笑顔を振りまき、観光客はカメラのフラッシュで応えている。

あとパレードには付き物の、マーチング・バンドもなかなかのものである。演奏されるのは誰もが知っている曲ばかりで、例えばヴィレッジ・ピープルの「YMCA」。曲がサビのところまでくると、山車の踊り子だけでなく観光客のなかにも西城秀樹のように、「Y・M・C・A」のポーズをしながら踊りだす人が出てくる。こういうノリは、ちょっと日本人観光客には真似できない。

それからパレードを盛り上げている最大の要因は、なんと言ってもパーティ・ストリングスである。これに熱中しているのは主にティーンエイジャー達なのだが、カーニバル期間限定で道端で1本2ユーロで売られているパーティ・ストリングスを大量に買い込み、道行く人を目がけてやたらめったに発射するのだ。

そしてやられた方は別に怒ったりしない。「まあ、お祭りだから。」という感じで苦笑いするか、もしくは自分もパーティ・ストリングスを購入して(この期間中、本当にそこらじゅうで売っている。)反撃するかのどちらかである。雰囲気としてはインドのホーリーとかタイのソンクラーン(水かけ祭り)にそっくりである。ようするに完全な無礼講で、相手が知り合いだろうが遠い外国からやってきた旅行者だろうが全くお構いなしなのである。

僕の場合は特に集中的に攻撃された。東洋人をナメているのか、ただ単に珍しかったのかわからないけど(カーニバルに来る観光客は圧倒的に欧米人が多い)、前後左右からとにかくいつも、『俺達に明日はない』に出てくるウォーレン・ビーティーのラストシーンみたいに狙い撃ちされていた。隣にフェイ・ダナウェイはいなかったけど。

それで僕も反撃用にパーティ・ストリングスを購入することにした。でもあまりにしょっちゅう狙われるので、1本じゃ全然足りなくて最終的に5本も買うことになってしまった。カーニバルのせいとはいえ、合計10ユーロは僕にとってこれはかなり痛い出費であった。



パレードが終わってから、夕食のために僕は一軒のレストランに入った。高い宿に泊まっているので本当は外食なんてする余裕はないのだけれど、イタリアでパスタを食べたときと同じで、特別措置として自分を許すことにした。あるいはカーニバルのせいで気持ちが緩んでいたのかもしれないが、いずれにしてもフランス料理は一度は体験しようと以前から考えていたのである。

フランス料理は中華料理、トルコ料理と並んで「世界三大料理」のひとつとされている。そして僕は中国で中華料理を食べたし、トルコではトルコ料理を食べた。そうなると残された最後のフランス料理をどうしても味わってみたいという想いが、ヨーロッパに入ってから強くなっていたのだ。

店はブイヤベースを食べることができる店を選んだ。本当はフランス料理であれば何でもよかったのだが、「せっかく地中海沿岸に滞在しているのだから、どうせなら魚料理を食べよう。」ということでブイヤベースにした。

店に入って案内されたテーブルに着き、ウエイターが僕にメニューを手渡そうとしたのだが、僕はそれを断ってただ、「ブイヤベースをお願いします」とだけ言った。注文する料理は店に入る前からブイヤベースに決めていたし、下手にメニューを読んで誘惑に負けてしまい、いろいろ沢山注文したくなったりしても困ると思ったからだ。それからウエイターは僕の注文に頷くと、続けて

「お飲み物は何になさいますか?」

 と、訊いてきた。テーブルに案内されたときにグラスに入った水が運ばれてきたので、飲み物は特に注文する必要は無いと考えていたのだけれど、どうやらそうもいかないみたのなので

「何かオススメのビールを」

 と、僕は応えた。フランス料理店でメニューを見るのを断ったり、食前酒にビールを注文するのがフランス料理店での正しい振舞い方なのかどうか自分でも甚だ疑問ではあったが、なにしろ生まれてから今までフランス料理店というところに入ったことがなかったので、まあ今日のところは大目に見てもらいたい。

注文してから少しすると、『クローネンバーグ』というビールが運ばれてきた。そのビールを飲みながらいろいろとレストラン内を見回して気づいたのだが、一人で来ている客というのはどうやら僕だけのようだった。日本のファミリーレストランなんかだと一人客というのは決して珍しくないと思うけど、フランス人はあまりそういうことをしないのかもしれない。いや、ひょっとしたら全然しないのかもしれないけれど、こればっかりは一人で旅をしている以上は仕方のないことである。

そしてお待ちかねのブイヤベースが運ばれてきた。鍋には海産物がいっぱい入っていてかなり豪勢に見える。実際、味もゴージャスだった。フランス料理についての知識は全く持ち合わせていないし、たいていのモノは美味しく食べてしまうバックパッカーという身分の僕なので、何がどう美味しいのかと問われたら返答に窮すしかないのだが、とにかく美味しいことには違いなかった。

それからビールを飲み干し、ブイヤベースもキレイにたいらげて満足した僕は精算のために係りを呼んだ。係りから渡されたレシートを見るとブイヤベースが28.5ユーロ、ビールが3.5ユーロで合計32ユーロとなっている。安くないとは思っていたけれど、予想以上の金額だった。ビールなんて店で買えば2ユーロもしないのに。

僕は断腸の思いで20ユーロ札、10ユーロ札、5ユーロ札を出し、係りに渡す。レシートを見るとサーヴィス料が含まれていないことがわかったので、お釣りはチップにして店を出た。これで今日の出費は宿代35ユーロ、パーティ・ストリングス10ユーロ、夕食がチップ込み35ユーロで合計80ユーロ、日本円にして10,400円である。とてもバックパッカーの一日の費用とは思えないが、これは僕が悪いのではなくて

「海の青さのせい」

 であると、そう考えることにした。つまり、「ニースで列車を降りたのも『海の青さのせい』なのだから、この散財も『海の青さのせい』にすればいいや。」と、そう責任転嫁することにしたのである。この散財が元でアヴィニヨンで屋根裏部屋に宿泊するハメになるとわかっていれば、とてもそんなお気楽な気持ちでいることはできなかっただろうけど。


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