「旅の区切り」
〜 トルコ イスタンブール 〜

1923年にスルタンが廃止されオスマン帝国が消滅するまでトルコの都であったのが、イスタンブールという街である。そして共和国建国以降に全ての面においてトルコの中心であり続けたのもまた、このイスタンブールという街である。僕はそんなトルコの最大都市に到着してからずっと、「他人から見れば些細なことだけれども、自分にとっては極めて重要な」ひとつの問題について悩み続けている。ではそれはいったいどのような悩みなのかとというと、実は

「『国際学生証』を購入すべきか、せざるべきか。」

 ということについて、もう何日も決断を下すことができずにいるのである。

イスタンブールのとある場所にパスポートと写真を持参し、そしてしかるべき料金を支払えば、たとえ学生でなくても学生証を手に入れることができるというハナシを、僕はこれまでの旅の途中で何度か耳にした。そういうことができる場所は世界にいくつかあって、イスタンブールの他にはユーラシア大陸ならブダペストとかバンコク、アフリカ大陸ならカイロやナイロビ、アメリカ大陸ならメキシコシティーで可能なのだそうだ。

学生でもない人間が身分を偽って学生証を所持するという行為は、もちろんれっきとした違法行為(よくわからないけどおそらく『経歴詐称』とか)なのだが、実際のところ手に入れることができる学生証は本物と比べても見分けがつかず、それが偽物であると露見することはまずありえないということで、多くのバックパッカーがこのまがい物の学生証を手に入れている。

彼等がそんなことをするのはひとえに節約のためである。国際学生証があると観光スポットで入場チケットを買う際に割引価格で購入できるのだ。少しでも出費を抑えて旅を続けたいと考えているバックパッカーが、この学生証を欲しがる理由は僕にもなんとなく理解できる。

イスタンブールの宿で知り合った日本人女性は、僕が国際学生証について悩んでいるのを知ると、親切にもいろいろと説明してくれた。特に学生証に記載する学校名についての彼女のハナシはなかなか興味深いものだった。彼女によれば、作成する学生証には自分の好きな学校名を印刷することができるのだそうだ。

「もし国際学生証を作るのなら、学校名は芸術系の大学にしたほうがいいわよ。『○○美術大学』とか『××工芸大学』みたいな。」

「どうして?」

「美術館とかのチケット売場で学生証を見せたときにね、普通の学生証だと入場料が割引にしかならないんだけど、芸術系の大学名が入った学生証を持っていると割引じゃなくて『無料』になるところがあるのよ。これってすごくお得でしょ?」

「でも何故そういうことになるのかな?どっちも同じ学生なのに。」

「それはつまりこういうことよ。一般の学生が美術館に行くのは単にレジャーとか余暇の一環として来ているだけだと理解されて割引にしかならないんだけど、芸術を学んでいる学生が美術館に行くっていうのはまあ言ってみれば『勉強しに来ている』と、解釈されるのよね。だからそういう学生に対しては入場料をタダにしてくれるの。」

 彼女の説明に僕は思わず感心した。ただ彼女のその説明を聞いたあとでも、僕はすぐにも国際学生証を手に入れようと思ったりはしなかった。何故なら僕には自分が美術館を見学している風景を上手く想像できなかったのだ。

それというのも僕が普段から古典芸術にほとんど関心を示さない人間だからある。印象派絵画や浪漫主義文学に傾倒した事もなければ、バロック音楽やロココ式建築に興味を持ったこともない。そういう人間が海外で国際学生証を手にしたからといって、今後どれだけ美術館や博物館を見学することになるのか、自分でも甚だ疑問である。

そのことを彼女に言うと彼女は僕に、国際学生証の利用は何も観光スポットだけに限らないのよ、と答えた。彼女によれば国際学生証には外国人でもバスや列車の切符を割引価格で購入できるという利点もあるのだそうだ。だから国際学生証は、僕のようにあまり積極的に観光地を周らない旅行者にとっても有益なのだと、彼女は言った。

しかしながら、彼女にそう言われてもまだ僕には踏ん切りがつかなかった。なぜなら国際学生証を買うという行為は、僕にとってもっと大きな意味を持っていたからだった。



ちょうどトルコに入国した頃からだろうか。僕はイスタンブールへ進む途中でしばしば、「旅の終わりはどこになるのだろうか?」ということについて考えるようになった。僕がそんなことを考えるようになったのは、おそらく自分が今までに出会ってきた旅行者に影響されたことよるのではないかと思う。彼等のなかにはアジアの東端 ― 上海や香港、あるいはシンガポールから旅を始め、そしてイスタンブールで旅を終わりにするというバックパッカーが幾人かいた。そして彼等の口から僕が時々耳にしたのは「アジア横断」という言葉だった。

人々から『アジアとヨーロッパの境目』と形容されるイスタンブールは、確かにアジアの西端と言ってさしつかえない場所だと思う。そしてアジアの東端から旅を始めたバックパッカー達が西端であるイスタンブールで「アジア横断」を完成させ、そしてそのまま旅を終わらせようとするのも、ごく自然なことのように見える。

だから僕も彼等と同じようイスタンブールで旅を終えてもいいんじゃないかと、思うようになった。僕は終わりの無い旅をしているわけではない。僕は確かに予定も目的も無い旅を続けているが、その一点だけはハッキリとした事実だった。いつかは自分の意思で旅を止めるのだ。そしてアジアを西進してきた旅行者が旅を終える場所として、イスタンブール以上にふさわしい場所はそんなに多くはない。

しかし自分がそう考える一方で、心のなかには「まだ旅を続けたい」と思う気持ちがあるのもまた事実であった。アジア以外の他の国々も見てみたい ― そういう想いも確かに僕の中にはあった。ようするに僕は相反する二つの考えを抱え、そして結局どちらを選ぶこともできないままに、イスタンブールに到着してしまったのである。

そしてイスタンブールで出会った旅行者からハナシを聞き、国際学生証が旅をする上で非常に役立つことはよくわかった。しかしそれが今後の僕に必要なものかどうかは、自分の旅をどうするのかに左右される。ようするに

「旅を続けるならば国際学生証を買えばいいし、旅を終わりにするならその必要はない。」

 ということになる。逆の言い方をすれば、イスタンブールが旅の中継地点になるのか終着点になってしまうのかは、国際学生証を購入するか否かにかかっているのだった。少しばかり大げさな表現かもしれないけれど。

そういうわけで僕はイスタンブールに到着してから数日の間、見に行く場所はブルー・モスクやグランド・バザールといった、「もともと無料で入れる場所」だけにとどめておき、あとは宿で過ごしていた。なぜなら入場料が必要なところを高い金を払って観光してしまい、後でもし学生証を購入することになったら、割引価格との差額分を損することになるからだ。

でもそれはそれで悪くなかった。イスタンブールの旧市街なんて街全体が世界遺産に指定されているくらいだから、散歩するだけでも充分に観光している気分になれたし、宿では多くの旅行者と知り合うこともできた。部屋で彼等と酒を飲みながらハナシをするだけでも僕には充分に楽しいことだった。

僕が滞在している宿は日本人宿だったから、客のほとんどは日本人旅行者だ。こんなに多くの日本人を見かけたのはインド以来のことである。しかしその顔ぶれはインドに滞在していたときと違って実に様々だ。インドの宿で知り合った旅行者は主にアジアを中心に旅している者がほとんどだったが、ここの滞在客はいろんな地域から集まってきた日本人旅行者で構成されている。アフリカから北上してきた者がいれば、ヨーロッパを南下してきた者がいた。僕のようにアジアを西進してきた者も含まれていたし、ごくまれではあるが日本から直接飛行機でやってきた者もいた。

僕はそんな旅行者達と実に沢山のハナシをした。なかでも僕が特に関心を持ったのは、「僕がまだ行ったことがない国々」を歩いてきた旅行者達のハナシだった。僕は彼等の話す内容に、注意深く耳を傾けた。

ヨーロッパを南下していきた旅行者は、東欧諸国の女性達はみんな美人で素晴らしいボディ持っていると力説し、それらの国々のストリップ・バーへ行くことを僕に執拗にすすめた。またアフリカから北上してきたバックパッカーは、エジプトで旅行者をカモにしようとする地元の男達がいかに救いがたい連中であるかを僕に説明してくれた。

僕も彼等のために自分が今までに通過してきた国々の情報を提供したり、自分の身に起こった出来事などを話したけれど、自分が話すよりも彼等のハナシを聞いているほうがずっと楽しかった。そしてそんなふうにして僕は自分の本心に気がついた。

「僕はまだまだ旅を続けていたいんだ。」

 世界にはまだまだ自分の知らない国が数多くあり、それらの場所が僕を惹きつける。僕は自分の足でそこを歩き、自分の目でそこを見てみたい。そして今の自分はまだそうする事が可能な立場に身を置いているのだ。

そうなればハナシは早かった。僕は宿に置いてあった情報ノートで国際学生証について調べ、そのとある場所へ出向き、25ドルという僕にとっては少しばかり高額な料金を支払い、それを手に入れた。その瞬間に僕の旅が続行されることが決定したのだ。しかしそれと同時に新たな問題も浮かび上がってきた。

「いったいこれからどこへ向かって僕は旅していくのか?」

 という問題である。



もちろん僕はクリストファー・コロンブスのようにインドに到達するために航海に出るとか、ロアルド・アムンゼンのように南極点を目指して氷の世界へ足を踏み入れるとか、そんな大それた旅の目的(あるいは目的地)を必要としているわけではない。しかしながら少なくとも「次に向かう国」ぐらいの最低限の行き先は、やはり必要だった。

でもこの場合その最低限の行き先というやつが、僕のこれからの旅の大枠を定めてしまうのだということを、僕はよく理解していた。地図を見ればトルコという国が大陸の十字路と呼ばれる場所に位置していることがよくわかる。もっと詳しく言えば、トルコから陸路で旅を続けることを前提にするならば、僕が選択できるのはふたつのルートしかない。ヨーロッパを北上していくか、アフリカを目指して中東を南下するかのふたつにひとつ。そしてそのどちらかを選択した後に、気が変わってルートを変更するのは非常に難しい。

僕はどちらのルートにするか、宿にいる旅行者にいろいろと相談したりもした。ある旅行者は「冬のヨーロッパは本当に寒いよ。特に内陸部は日本の冬とは比べ物にならないくらいの寒さだよ。」と言って、僕に南下を勧めた。またある旅行者は「アフリカを目指すと言ったって、当分の間は中東のイスラム諸国だよ。君は既にイスラム圏を旅してきてるし、そろそろ他の文化圏を廻ってもいいんじゃないかな?」と言って、北上を勧めた。

しかしそのようなアドバイスは(とてもありがたがったけれど)、僕にとって決定的な要因にはならなかった。結局時間をかけて悩んだ後、最終的に僕にルートを決断させたのは、このイスタンブールという街の特徴だった。

イスタンブールが、「アジアとヨーロッパの境目」と言われるのは、この街が黒海とマルマラ海をつなぐボスポラス海峡によって二つの地域に分断されている地形的な理由のためである。分断された東側がアジアで、西側がヨーロッパだ。そして僕が現在滞在している宿は、イスタンブールのヨーロッパ側にあった。僕はガラタの塔からボスポラス海峡の出口である金角湾を眺めながら思っていた。

「そうだな。僕はもう既にヨーロッパに片足を踏み入れているんだ。だったらこの際ヨーロッパの最後まで行ってみるのも悪くないかもしれないな・・・。」

こうして次の目的地は定まった。そしてその場所が旅の終わりになるならそれでよし、もし終わりにならなかったら・・・、それはまたそのときに考えればいいさ。そう心に決めて僕はイスタンブールを後にすることにしたのだった。


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