「おらが街の・・・」
〜 トルコ サムスン 〜

サムスンは黒海沿岸で最も大きな都市である。しかしながら工業都市としては有名なこの街も、こと観光地としてのサムスンとなるとガイドブックでの扱いはそれほど良くはない。実際、僕の持っているガイドブックにしてもサムスンについての記述は全く無くて、巻頭の地図にその都市名が記載されているだけの寂しい扱いだ。

でもまあ実際にこの街を歩いてみると、「それも仕方の無いことだな」と、確かに思う。サムスンには観光スポットというものがほとんど無いからだ。一応モスクとか市民公園らしきものはあるにはあるが、そういうのはトルコの大抵の街にはあるので、どうしてもサムソンで観たいと思うほどのものではない。これではガイドブックも旅行者に対してこの街をオススメするのは難しいだろう。しかしながらそんな街にもかかわらず、僕の場合はサムスンにやって来てしまった。でも、もちろん僕は観光のためにサムスンへ来たわけじゃない。そこには別の理由がある。ではいったいどんな理由かと言うと、

 それは『煙草』に関係しているのである。

僕は常習的に煙草を吸う人間なのだが、旅の間の喫煙に関してはいかにもバックパッカーらしいポリシーをひとつ持っている。それはどのようなポリシーかというと、あまり大声で自慢できることでもないのだが

「その国で一番安い煙草を吸う」

 というのがそれである。旅に出て以来、僕はずっとこのポリシーを守っている。タバコ屋で安い煙草が品切れしている場合には、ヒマにまかせてタバコ屋を何軒も歩き回ることさえある。そうする理由はむろん節約のためなのだが、残念ながらこの品質よりも価格を優先するポリシーのために僕は今までに何度も何度もマズイ煙草に巡り合うことになった。でもそんな安タバコを吸い続ける日々のなかで、「安くて美味い煙草」が見つかることも、たまにはある。そして僕の場合はそれが『サムスン』だったのである。

トルコで一番安い煙草の銘柄、それはサムスンという名前だった。ちなみにそのサムスンの値段は、1パケット(20本入)で950,000リラ。日本円にして約70円だから、日本人の感覚からするとかなり安いと思う。それでいて味も悪くないのだから、僕にとってこれほどうってつけの煙草はない。だから僕はトルコ最初の街ドウバヤズットからここに至るまで、ずっとこのサムスンを吸い続けてきた。

そしてその名称から、サムスンという都市でこのタバコが製造されているという事実を連想することは、僕のような外国人旅行者にとってもさして難しいことではなかった。サムスンは確かに観光客全般に対して自信を持ってお勧めできる場所ではないかもしれない。そこには思わず目を見張るような美しい景色もなければ、取り立てて貴重な文化遺産があるわけでもない。でも

「これだけ安くて美味しい煙草を造る街なのだから、つまらない街であるはずがない。」

 僕には何故かそう思えた。僕がいつしかサムスンに行ってみたいと思うようになったのは、そういう理由からなのである。



僕はサムスンに到着すると、まずは今夜の寝床を確保することにした。全く情報を持っていない街で安宿を探すのは骨の折れる作業ではあったが、なんとかその仕事をクリアすると、僕はすぐに買い物に出た。もちろん目当ては煙草である。せっかくサムスンに来たのだから、とりあえずサムスンの煙草を買わないと始まらない。僕はチェック・インした宿の近所にあるキオスクへと足を運んだ。

「サムスンを1パケットください」

 キオスクに着くやいなや僕がそう言うと、店番をしていた若い男はいかにもビックリしたという表情で、僕のことをジロジロと眺めた。たぶん、外国人の客なんてほとんど来ない店なのだろう。僕がもう一度サムスンをくださいと言うと

「どこから来たんだい?」

 と、彼は言った。僕の注文なんてまるで聞いていないようだった。でもまあ時間もあるし

「日本から来ました。トルコを旅行中なんですが、サムスンには今日着いたたばかりです。良さそうな街ですね。」
 
 なんてわりと丁寧に答えたら、僕がハナシ好きだと思ったのか、年はいくつだ?親はどんな仕事をしているんだ?兄弟はいるのか?というふうに次々質問されて会話がやたらと長くなってしまった。それでこのままだといつまでたっても煙草が買えないと判断した僕は頃合を見つけてもう一度「サムスンを買いたい」と、その店番の男性に伝えると、彼は笑いながら

「サムスンはノー・グッドだからマルボロを買いなよ。」

 と、僕に言った。言われた僕は開いた口がふさがらなかった。

そのあと僕は「サムスンが好きだからサムスンを買うよ」と言って、それを買うことはできたのだが、彼は買った後にも「君は外国人なんだから、もっと良い煙草を吸えばいいのに。」というようなことを言っていた。いったいこれはどういうことなのだろう?

味の好みというのは人それぞれに違うというのは、僕にもわかる。僕はサムスンが好きだけれど、ひょっとしたら彼はそうじゃないのかもしれない。だけど仮に彼がサムスンを好きじゃなくて、それを僕に勧めたくなかったとしても、だからといって代わりにマルボロを勧めることはないんじゃないの?と、僕は思ってしまう。他のトルコ製の煙草を勧めるのならまだしも、よりにもよってどうしてマルボロのような西洋からの輸入煙草なんだろう?

だって例えばアイルランド人ならウイスキーは『アイリッシュ・ウイスキー』が一番美味しいと考えるし、日本人なら米は『日本米』が一番美味しいと感じるものだ。もっとローカルなケースでもかまわない。ナポリの住人は『ナポリ風ピザ』がイタリアで一番美味しいと言い張るし、香川県の住民なら『讃岐うどん』が日本で一番美味しいと信じるのが普通だろう・・・

・・・と、僕が言ったところで、何がどうなるわけでもないのだが、とにかくサムスンではサムスン煙草はあまり良い評価を与えられていないようである。なんだか郷土に対する愛情が希薄すぎて、ちょっと悲しいけれど。



翌日は何をすればよいのか、自分でも全然わからなかった。とりあえず昨日は煙草を買い、夜にはビール片手にその買ったばかりのサムスンを思う存分に吸ってみた。自分でも馬鹿なことをしているとは思ったが、どうしても

「サムスンをサムスンで吸ったらいったいどんな気分になるのだろうか?」

 というのを確かめたかったのだ。それは食通な観光客が中国の北京で『北京ダック』を食べたり、酒好きなツーリストがフランスのシャンパーニュで『シャンパン』を飲むのと、根本的には同じ行為だと思う。しかし残念ながら僕の場合は現地で「北京ダック」や「シャンパン」を味わった時に(どちらも経験した事は無いが)得られる感動のようなものは全く無かった。それが煙草だからなのか、それとも昨日店で「サムスンはノー・グッドだ」なんて言われたのが影響しているからなのかはわからない。しかしいずれにしても昨日その行為をしてしまったことで、サムスンへ来た目的の半分以上は既に達成してしまったような気がする。あとやることがあるとすれば、いつものようにふらっと街を歩くことぐらいだ。

そういうわけで僕はとりあえず街へ出て、初めに「メルケジ・ジャミイ」と呼ばれるモスクへと向かった。けれどもそれは見た瞬間にガッカリさせられる典型のような場所だった。いかにも街のランドマークらしい大きな建築物であることに違いはないのだが、何故か建物の1階部分がショッピングセンターで、2階部分がモスクという奇妙な造り方なのである。鉄道駅とショッピングセンターの複合施設とか、映画館とショッピングセンターの複合施設というのなら日本に限らずよその国でもよく見かけるが、どうしてわざわざモスクとショッピングセンターを組み合わせなければならないのか僕には全くわからない。おかげで情緒というものが完全に欠如している。僕はその場所に5分もいなかったと思う。

それから次に、僕は港に面した「ファル公園」へと足を運んだ。そこはトルコのどの街でも見かけるような市民公園であり、自分でも予想していたことではあるが、案の定僕が楽しめそうなところは何も無かった。なのでモスクと同様にすぐここを後にしてもよかったのだが、よく考えてみれば他に行きたい所もまた無かったので、あきらめて僕はケマル・アタチュルクの銅像や黒海を眺めたりしながら公園内を歩いていた。すると僕はふとしたときに公園の敷地内に平屋の建物を見つけることになった。

その建物がある場所へ行くと、建物には昔の駅によくあったような有人改札の入口と、やけに大きな看板があった。見てみるとトルコ語で「入場料150,000リラ」と、書いてあるようである。僕は改札にいた係員に

「公園なのに入場料がいるんですか?」
 と、尋ねてみた。すると係員は

「どこから来たの?」

 と、僕に向かって言った。もちろん僕の質問には答えずに。昨日のキオスクと全く同じ状況である。それから僕は彼と適当に言葉を交わしながら、もう一度入場料について訊いてみた。すると中に入るにはやはり入場料を払わなければならないのだが、僕の場合は特別に見逃してくれると言い、ゲートを開けてくれた。ありがたいことである。まあ150,000リラなんて日本円にして10円にも満たない金額なんだけど。

「それで中には何があるんですか?」
 中に入る前に僕は訊いてみた。係員は

「ここはロシアン・マーケットだよ。」
 と、僕に答えた。



ロシアン・マーケット。文字どうりロシア人がロシアから持ち込んだ品物などを並べて売っている市場のことである。この前まで滞在していたトラブゾンにもロシアン・マーケットはあったから、ひょっとしたらトルコの黒海沿岸の都市にはけっこうあるのかもしれない。

とりあえず内部へ入ってみると、そこには沢山の露店があった。日用雑貨に衣料品から携帯電話まで、食料品を除くありとあらゆるものが売られている。初めて来た人ならきっといい暇つぶしができる場所だとは思うのだが、ただ僕の場合は既にトラブゾンで一度経験してるので、目新しさを感じることができず、すぐに飽きてくる。それで

「トラブゾンのマーケットと何も変わらないなあ・・・」

 なんて思いながら歩いていたのだけれど、そのあと僕はすぐに前言撤回することになった。マーケット内にチャイハネを見つけたのである。トラブゾンのマーケットには確かチャイハネは無かったはずだ。

チャイハネではオジサン二人がバックギャモンらしきゲームをして遊んでいた。そしてその周りを、これまたオジサン達が囲んでいる。みんな煙草を吸ったり、チャイを飲んだりしながら二人のゲームの行方を眺めている。いい大人達が昼間から何もやっているんだろうと思いつつも、僕もその輪に加えてもらった。自慢じゃないがどれほど暇かということだったら、僕だって簡単に負けないくらい暇なのだ。

それからゲームを見学していると、オジサン達の一人が

「チャイ飲むか?」

 というので、ありがたくご馳走になったりもした。入場料といいチャイといい、今日はなんだかおごってもらってばかりだ。非常にありがたいことではあるけれど。

チャイハネの後も僕はマーケットを歩いて回った。そしてただ歩くのではなく、注意深く観察しながら歩いていると、けっこうトラブゾンのマーケットとは違う点があることに気づいてくる。例えばここのマーケットには露店の他にチャイハネだけでなく、ロカンタや有料トイレまであった。モスクもそうだったけど、どうやらサムスンの住民は何かをひとまとめにしてしまうのがよほど好きなのだろう。まあ確かに便利には違いないが。



ところでこのロシアン・マーケットには実に沢山の店があるのだが、そのなかでも僕が一番面白かったと思えたのは、何と言ってもスポーツ用品を扱っている露店だった。そこで僕はサッカー用品をチェックしていたのだが、これが実に楽しい。この店はサッカーチームのユニフォームをメインに扱っているところなのだが、トルコのクラブチームだけでなく代表チームのユニフォームなんかも販売している。それもトルコ代表だけでなく、あのカナリア色のブラジル代表のユニフォームとか、例のブルーのイタリア代表のユニフォームまで、各国のユニフォームを売っていた。残念ながら日本代表のユニフォームは無かったけれど。

ちなみに店の人にそれらのユニフォームの値段について尋ねてみると、どれもだいたい「2千万リラ」だという。日本円に換算するとだいたい1500円くらいだから、かなり安いというか、ハッキリ言って安すぎる。それで僕はこのユニフォームがオフィシャルのものではないということにすぐ気がついた。だってオフィシャル・ユニフォームは「1億リラ」(冗談みたいな値段だ)くらいすると、以前に人から聞いていたから。

でも例えオフィシャルユニフォームじゃなかったとしても、「2千万リラ」という破格の値段を聞いてしまうと、さすがの僕も心が動いてしまう。「1億リラ」は無理だけども、「2千万リラ」なら絶対に払えないという金額ではないからだ。

それで僕の気持ちはだんだんとユニフォーム購入へと傾いていく。

「ひょっとしたらイスタンブールでこの旅も終わるかもしれないし、自分への土産に何かひとつくらい買っちゃってもいいんじゃないだろうか?」

旅の間、基本的に僕は旅に必要なモノ以外は購入しないようにしている。けれどもそのときは何故か買いたい気持ちを抑えるのが難しかった。それで僕は「もしディスイカウントしてもらえたら、買ってしまおう。」と、腹を決めた。ちなみに狙いはトルコでナンバーワンのチーム、ガラタサライのユニフォームだ。

「もし安くなるなら、今すぐに買いたいんですけど。」
 
 僕は正直に店の人に頼んでみた。すると店の人は「千八百万リラで」と、言ってくる。けっこうすんなり値引きしてくれた。それで僕は調子に乗って、「千五百万リラになりませんか?」と、言ってみたのだが、さすがにこれ以上は値引きできないと言われてしまう。それで僕がいかにも「残念だなあ。千五百万だったら買ったのに・・・」という気持ちを言葉ではなくて表情にしたところ

「これ以上値引きはできないが、その代わりにストッキングもつける。もちろんガラタサライの。」

 と、言ってくれた。本当はそのままの値段でも買うつもりだんたんだけど、頑張ったおかげでサーヴィスしてもらえた。まずまずの買い物ができたと言っていいと思う。ユニフォームはパンツとセットだから、これにストッキングを合わせるとフル装備だ。機会さえあればいつでもガラタサライの選手としてプレーできる。まあそんな機会なんて、もちろん有り得ないんだけど。



買い物を終えた僕がマーケットを出ると、出入口には例の係員がいた。彼は僕の姿を見つけると、すぐに声をかけてきた。

「どうだったい?サムスンのロシアン・マーケットは。」

「うん。面白かったよ。買い物もできたし。」

「へえ、何を買ったんだい?」

「ガラタサライのユニフォーム。」
 僕はユニフォームの入った買い物袋を見せた。すると

「ガラタサライ?ガラタサライのユニフォーム?」
 彼はそう言った。それもまるで恋人から浮気を告白されたかのように驚いた表情で。

「そうだけど・・・何か問題でも?」
 僕は彼の様子を疑問に思いながらも、そう答えた。

「あるさ!ここはサムスンだぞ!どうしてサムスンのユニフォームを買わなかったんだ!」

「・・・・・」

 そういうわけで僕はそのあとも彼から延々と説教された。せっかく入場料タダにしてやったのに、くだらないモノ買って・・・と、までは言われなかったけれども、その代わりに「何もそこまで怒らなくてもいいだろう」と思うくらいに怒られた。そのあと僕はなんとか開放されて宿へ帰ることはできたけれども、「それにしても僕は勉強不足だな・・・」と、つくづく思う。自分達の作る煙草はけなすくせに、自分達のサッカークラブにはこれ以上ないくらいに情熱を注ぐ。そんな理不尽にも思える郷土に対する愛着というものを、どうやら僕はまだまだわかっていなかったようである。


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