「旅は道連れ・・・」
〜 チベット シガツェ 〜

「明日、ラサを出てシガツェに行くことに決めたよ。」
 僕が宿のドミトリーでそう言うとY樹クンは、
「もう少し観光したいから、まだラサに居るよ。」
 と言い、F原クンは
「ビザの期限が迫っているから、ここから直接ネパールに行く。」
 と言った。

F原クンは仲間を集め、ラサからネパール国境までランドクルーザーをチャーターするという。Y樹クンもラサでの滞在が終わったら、そうするつもりのようだ。それが一般的な陸路でのネパールへの抜け方だというのは僕も知っていたが、どうしてもその方法を使いたくなかった。何故なら僕はラサでの滞在に好印象を持てなかったので、このままチベットを去るのではなく、できれば他のチベットの街も見てみたかったのだ。だから僕はとりあえずチベット第二の都市であるシガツェに行くことにしたのだ。

翌朝早起きした僕とリーは、Y樹クンとF原クンに(彼等はほとんど眠っていたが)挨拶を済ませて宿を出た。僕達はラサのバスターミナルで何人かの客引きと交渉し、値引きに応じてくれた男のシガツェ行きのバスに乗り込んだ。男はバスが満員になるまで客待ちを続け、「もう、これ以上は乗れない。」というところまで客を詰め込んだ後、シガツェへ向けて出発した。

ラサ ― シガツェ間の道は舗装されていて、まずまずの移動だった。バスは一度、休憩のために一軒の食堂で停車したのだが、そこで出している食事は何故かどれもラサの5割増しくらいの値段だった。僕とリーは節約のために1個5元の「野菜炒め弁当」をひとつ買い、それを二人で分けて食べたのだが、「何故こんなに高いんだ!」と文句を言う中国人がいないのが不思議でならなかった。

リーと一緒にシガツェに行くことなったのは、全くの偶然だった。どちらかが誘ったということもなく、たまたま僕が「明日シガツェに行く」と言ったら、彼が「僕も明日シガツェに行くんだよ。」と言うので、「それなら、シガツェまで一緒に行こう。」ということになったのだ。リーが何故シガツェに行こうとしているのか、その理由はわからなったが。

ラサから6時間ほどバスで揺られた後、僕達はシガツェのバスターミナルに到着した。バスターミナルを出るとサイクルリキシャーに声をかけられたので、それに乗ってリーが持っていたガイドブックに掲載されていた宿へ行き、4人部屋のドミトリーにチェックインした。

時間はまだ夕方だったので、二人でシガツェの街を歩いてみようということになった。とりあえず、宿の目の前にあるシガツェ故城へ登ることにした。リーのハナシだと、どうやら入場料もかからないらしい。

シガツェ故城は岩山の頂にある城塞跡だ。かつてはこの地方を治めていた領主の居城だったようだが、ここも例によって1959年の中国軍の侵攻で破壊されたとのこと。僕等は岩山の周りをグルグルと歩いてみたのだが、どうしても登山道を見つけられなかった。それで、通りかかったチベタンを捉まえ、岩山の頂上を指差してはジェスチャーで「山に登りたい」と伝えてみた。そのチベタンによると山道というものは整備さていないようで、自力で斜面を登るしか方法がないらしい。なるほど入場料がかからないはずだ。それでも「せっかくだからチャレンジしてみよう。」ということになり、 岩山を登り始めたのだが、山の中腹まで登ったところで

「KOG、ペースが速いよ。もう疲れた。」
 リーが情けない表情で言い始めた。
「この前まで、軍隊で鍛えていたんじゃないのか?」
 僕がそう言うと、
「体力には自信がないんだ。」
 と、自信たっぷりに答えた。

僕等はペースこそ落としたものの、あきらめることなく岩山を登り続け、何とか頂上まで辿り着いた。二人ともかなり息を弾ませていた。

山の頂上を歩いてみると、残念ながらそこには僕達が期待していたようなものは何も無かった。僅かに残された石の防壁が、かつてはそこが城塞であったと証明する唯一の人工物だった。僕等は少しガッカリしたが、ただ、そこからはシガツェの街が一望できたので、僕等は故城の麓に密集するチベタン居住区を眺めながら休憩することにした。汗をかいた肌に吹きつける風が心地よい。

転がっている岩に腰を下ろしたリーがタバコをくれというので、僕等は一服することにした。僕はタバコをリーに渡しながら、昨夜から気になっていた事を思い切ってリーに訊いてみた。

「リーはどうして直接ネパールに行かずにシガツェに来たの?」
「ネパールの前に、エヴェレストに行きたいんだよ。世界で一番高い山を見たいんだ。」
「でも、エヴェレストに行くバスなんて無いだろう? どうやって行くつもりだい?」
「ヒッチハイクでも何でもやるよ。」
 リーはタバコのケムリを吐きながら言った。

僕は「ふうん、そういう旅もあるんだ。」と、素直に感心した。「世界一の山を見る。」なるほど、立派な目的だ。僕の場合、具体的な旅の目的というものは無く、敢えて言うならば「旅をする」のが目的だった。旅の目的なんて人それぞれだから、比較する事自体おかしいのだが、なんだかリーの旅の方がずっと説得力があるように思えた。まあとりあえず僕はエヴェレストには関心が無かったので、どうやらリーともこのシガツェで別れることになりそうだ。



翌日の朝一番、手持ちの現地通貨が乏しくなっていた僕は繁華街にある銀行へ行き、100ドル分のトラベラーズチェックを両替した。それから宿へ帰るついでにシガツェの街を午前中いっぱいかけてブラブラ歩いていたのだが、残念ながら僕の興味を引くようなモノは何一つなかった。シガツェはチベット第二の都市だけあって規模は大きかったが、ラサのように多くのツーリストや巡礼者を見かけるということはないので、活気や賑わいというものが感じられなかった。地方都市という表現がピッタリの街だ。

宿に帰ってもヒマだったので、リーから英語版のチベット・ガイドブックを借りて読んでみた。シガツェについて書かれているページを開いてみると、見所についての記述は昨日登ったシガツェ故城と、タシルンポ寺というゴンパの二つだけだった。僕はリーに

「タシルンポ寺って、もう行ったかい?」
 と訊くと、

「NO MORE ゴンパ!(もう寺はいらないよ!)」
 と言い返してきた。きっとラサで嫌と言うほどチベット寺を見学したのだろう。そういう僕もさして見学したいとは思わなかったけど。

やることもなくドミトリーのベッドに寝そべって、窓の外に見えるシガツェ故城を眺めているうちに、僕はいつの間にか眠ってしまったいたようだった。どのくらいの間眠っていたのかはよくわからないが、僕が再び目を覚ましたのは、リーの声によってだった。

「おいKOG、起きるんだ! 君の友達がこの宿に入ってきたよ!」

ベッドから起きてドミトリーの外に出ると、そこにはY介クンとS織チャンの二人が立っていた。ゴルムドからラサまで、一緒のワゴンに乗った二人だ。僕達はラサに到着したときに別れたのだが、こんなところでまた会えるなんて思ってもみなかった。僕達は驚きながらも再会は喜び合って、いろんなハナシをした。それらのハナシのなかにはパーミッションについての内容もあった。

外国人がチベットへ入域するには「入域許可証」の取得が必要なのだが(僕達は取得していなかったけれど)、それを取得しても行動が許されるのはラサやシガツェなど、一部の対外開放地区だけなのだ。それ以外の場所は「非解放地区」と呼ばれ、外国人が許可なしに訪れることは出来ない。「非解放地区」に行くためには、「外国人旅行許可書」という特別なパーミッションを取得しなければならないのだ。僕はチベットに詳しいガイドブックを持っていなかったので知らなかったのだが(二人には無謀だと言われた)、二人のハナシによればシガツェ以西のほとんどの地域は「非解放地区」であるため、パーミッションなしに旅を続けるのは危険だというのだ。(公安に見つかったら、逮捕される可能性があるので。)

二人はすぐにパーミッションを申請しに行くというので、僕達はリーも誘って公安局の外事弁公室へ行くことにした。リーを誘ったのは、彼もいずれはシガツェを出て非解放地区に行く事を僕が知っていたからだ。それで4人で歩いて公安局へ行き、入口の警備の人間に「外国人旅行許可証を申請に来ました。」と言ったのだが、

「ここでは出来ない。」
 と、あっけなく断られてしまった。とはいえ、それではこちらも困るので
「僕達は外国人なので、非解放地区へ行くのに必要なんです。」
 と重ねて言うと、
「とにかく、ここでは申請できないからCITS(中国国際旅行社)に行きなさい。」
 と追い出されてしまった。

なんでも個人でパーミッションが取得できるかどうかは、そのときの情勢によって流動的に変化するらしく、今は旅行代理店を通さないとパーミッションは取得できないように規制がかかっているようだった。仕方なく僕達はCITSへ行くことにした。

CITSは宿からかなり離れていたので、僕達は2台のリキシャーに分乗して行くことにした。そしてCITSに着き、そこで勤務していた男性職員にパーミッションについて尋ねると、あっさりと

「ダメダメ、ここではできないよ。」
 と言われてしまう。思わずズッコケてしまいそうになった。
「でも公安局でココ(CITS)に行くように言われたんです。」
 気を取り直して僕達はそう言ってみた。
「違うよ。パーミッションはFIT(西蔵地区旅行社)で取得するんだよ。」
 なんだかもう、わけがわからない。
「まだ営業しているかどうか、今電話で訊いてあげるから待ちなさい。」
 その男性がFITに電話をかけると繋がったようで、受話器を渡してきた。その受話器をリーが受け取り、FITと何やら英語で話している。

「FITまだ開いてるって。どうする?」
 リーが僕達に尋ねる。
「今すぐ行くから閉めないでって伝えて。」

僕達はCITSを出ると今度はタクシーを捉まえて、FITへ急行した。僕達がFITに到着したときには既に日も暮れかかっていたが、なんとかFITは営業していてくれた。中に入ると、恐らく先程リーと電話で話したと思われる女性の職員がいた。

「パーミッションを取得したいんです!」
 僕達は今日何度も口にしたその言葉を彼女にぶつけた。
「今日はもう無理です。」
「・・・・・・。」
 一瞬、僕達は言葉を失った。もうアタマがおかしくなりそうだ。でもここまできてあきらめるわけにはいかない。 
「お願いします。公安局に行ったらCITSに行けって言われて、CITSに行ったらFITに行けって言われてやっとここまで来たんです。」
 僕達は同情を引いてもらえるようにそう言った。
「私達の問題じゃないんですよ。パーミッションの取得には公安局の手続きが必要なのです。でも、公安局は6:30で業務を終了してしまいますから今日の取得は不可能なんです。」
 まるで責任の所在のバケツリレーを見ているようだった。

結局今日僕達はリキシャー・タクシーと交通費を無駄遣いしただけで、パーミッションを申請することはできなかった。僕達は何度も中国の悪口を言いながら、トボトボと宿へ帰った。疲れただけで実りの無い1日だった。



翌日の午前中、僕達4人は今度こそパーミッションを取得するために再びFITを訪ねた。昨日応対してくれた女性の服務員に「今日、パーミッションを取得できるでしょうか?」と尋ねると、「可能ですが、出来上がるまでに30分くらいかかります。」という。昨日から散々たらい回しにされて苦労したが、どうやらここで本当に取得できるようだ。30分待つくらい、全然かまわない。僕達はパスポートを預けて取得代金を前払いし、パーミッションが出来上がるまで近くの食堂で少し早めの昼食を取ることにした。

約30分後に食事を終えた僕達が再びFITに行くと、約束どうりパーミッションはできあがっていた。僕達は先程応対してくれた女性から1枚のパーミッションを受け取った。でも、どうして1枚しかないのだろう?

「あと3枚は?」
 リーが女性の服務員に尋ねた。
「その1枚で4人分のパーミッションです。そこにはあなた方全員の記載があります。」
 女性の服務員はそう答えた。

リーが受け取ったパーミッションを確認してみると、確かに彼女が言うように僕達4人分のパスポートナンバーが記入してあった。どうやら彼女は僕達のことをグループの旅行者だと勘違いしたようだ。いや、ひょっとしたら僕達の言葉が足りなかったのかもしれない。困った事になった。作り直してもらわないといけない。

「僕達はグループじゃないんです。ここからは別々に行動するので、それぞれパーミッションが必要なんです。だから作り直してほしいんですが。」
「今更そんなことできないわ。」
「そこを何とかお願いします。」
「できないものはできないの。」

その後も僕達は時間をかけて女性の服務員と交渉したが、彼女は決して首を縦に振らなかった。既に代金も払った後だったし、もうどうにもならなかった。結局、僕達はあきらてFITを後にした。途方に暮れながらの宿への帰り道、僕はリーに

「リー、どうやら僕達は国境まで一緒に行動するしかないようだよ。」
 と言ってみた。すると、
「OK、仕方ないよ。」
 と、彼は笑いながら答えた。

こうして、僕達4人はネパールまで一緒に旅をすること決まった。まったく「旅は道連れ」とはまさにこういうことを言うのだろう。


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