「五体投地」
〜 チベット ラサ 〜

バルコルから見えるチャクポ・リ(中国名:薬王山)は、見事なくらいにラサの景観を損ねていた。チベット動乱が起こる1959年まで、チャクポ・リにはダライ・ラマ5世の医学院があったというが、そんな由緒ある山も今となっては中国政府が建ててしまったというテレビ塔が、「西部大開発のシンボルです。」と、自らをアピールする為のステージに成り下がっているように思えた。

少なくとも僕はバルコルに立ってチャクポ・リを眺めながら、そう感じていた。

中国政府は「西部大開発」の名のもとに、チベットのインフラ整備を続けている。観光開発もその一環で、多くの観光客を呼び寄せるための試みがなされている。1996年以降は大規模なチベタンの反乱も起きていないことから、その試みは成功に繋がっているようだ。近年では外国人の観光も可能になり、ラサの観光名所では多くの外国人旅行者を見かけるようになった。

チベットの都ラサには観光名所が沢山あるが、その中でも「ポタラ宮」と「ノルブ・リンカ」が特に有名だ。ツアーにも組み込まれているし、多くの個人旅行者も見学する観光スポットだ。でも、僕は天空の城と呼ばれる「ポタラ宮」にも、ダライ・ラマの夏の離宮と呼ばれる「ノルブ・リンカ」にも入らなかった。「ノルブ・リンカ」はともかくとしても、「ポタラ宮」に関しては見学するのをずっと楽しみにしていて、実際に入口まで足も運んだのだが、チケットを買う前に宮殿の正面にかけられてある中国語の赤い大きな横断幕を見てしまったら、自分でも何故だかわからないけど急に気持ちがしぼんでしまい、結局そのまま立ち去ってしまった。ラサまで来ておきながら「ポタラ宮」を見学しないような外国人旅行者がどれだけいるのかわからないが、少なくとも僕はそのうちの一人だった。たぶん、僕はガッカリしていたのだと思う。

そういうわけでロクに観光もせずに、ただ街を歩くのが僕のラサでの日課になった。

しかしながら、僕は歩けば歩くほど、
「自分が想像していたチベットの都」
 とは程遠いラサの街並みを見ることになった。この街にはナイトクラブもあればインターネット・カフェもあるし、レンタルビデオショップがあればトヨタのショールームさえ存在する。僕は看板に踊るアルファベットや日本語の文字が自分の目に入る度に、「中国化・観光地化」していくラサを再認識した。

だから僕は街を見るのではなくて、チベタンを観ることにラサ滞在の目的を変更した。そしてそれにもっとも適した場所が、ジョカン寺の門前にある広場と、バルコルだった。ジョカン寺は「もっとも聖なる寺院」とされていて、チベット各地からやって来る多くのチベタン巡礼者でいつも賑わっている。特にその門前では多くのチベタン巡礼者が五体投地礼を繰り返している光景を観ることができ、広場からは(もし、その気があればということだが)チャクポ・リのテレビ塔を見ることもできた。

全身を使って祈る巡礼者の写真を撮り続けながら、僕は何時間も広場に立ち続けた。一心不乱に祈る彼等の姿は被写体として申し分なかった。あまりにも長く観察していたので、僕は五体投地礼の手順を覚えてしまったくらいだ。

まず最初に、立った状態で胸の前で合掌する。そして合掌したまま、その手を頭上に持っていく。それからその手を再び胸の前に下ろした後、両膝をついて両手を開き、全身を前方の地面に投げ出す。もちろん、しっかり顔も地面につける。最後にうつ伏せの状態のまま、もう一度頭の上で合掌し、その後起き上がる。チベタンの巡礼者達はこの手順を延々と繰り返すのだ。

写真を撮るのに飽きると、僕はバルコルを歩いた。

バルコル(中国名:八廊街)はジョカン寺を囲む環状の道路で、ここでも多くのチベタンを見ることができる。というのも、バルコルには道路の両側を埋め尽くすように沢山の露店が立ち並んでいるからだ。露店ではラサに住むチベタンのための生活用品や、ラサを訪れたチベタン巡礼者のための仏具が売られていて、それらの品を買い求めるチベタンでいつも賑わっている。

バルコルでは「右回り」に歩くのが決まりになっていて、実際に歩いてみるとわかるのだが、まるで「流れるプール」のように誰もが一定方向に歩いていく。時々、西洋人観光客が「逆方向」に歩いているのも見かけたが、そういうのも強引に流れに逆らって泳ごうとする小学生のようで、本当に「流れるプール」にそっくりだった。

僕も流れにまかせて「右回り」に歩きながら、いろんなチベタンを観察した。僕がもっとも興味をひかれたのは、バルコルをコルラするチベタンの巡礼者たちだった。なんと彼等は五体投地をしながらバルコルを廻るのだ。全身を地面に投げ出してバルコルを進む彼等を見るたびに僕はいつも「うーん、すごいなあ。」とか、「やっぱりチベタンの信仰は本物だ」とか勝手に思っていた。

あるとき、僕は少し特別な雰囲気を持つ巡礼者を見かけた。それは小さな女の子の巡礼者だった。僕が今までに見た五体投地をするチベタンの巡礼者は、ジョカン寺の門前でもバルコルでも、皆大人達ばかりだった。そのときまで五体投地をする子供は見たことがなかったのだ。だから自然と僕はその子に興味を引かれることになり、歩くペースを落として彼女のコルラを見続けていた。

僕がずっと見続けていたせいかもしれないが、やがて彼女は僕の視線に気付いた。

それから僕と目が合った彼女は地面からスッと立ち上がり、僕に近づき声をかけてきた。間近に彼女の素顔を見ると、きっと五体投地をしながら何周もバルコルを巡礼しているためだろう、彼女の額がひどく汚れているのがわかった。僕は最初、彼女の口にする言葉の意味を理解できずに、彼女の目を見つめることしかできなかった。すると彼女は僕に対して、「右手を差し出す」という行動で自分の意思を示した。差し出された彼女の右手には沢山の紙幣が見えたので、彼女が「喜捨」を求めていることが僕にもわかった。僕はジーンズのポケットを探ると5角札が1枚あったので、それを彼女に渡した。彼女はそれを受け取ると僕に対して1度合掌し、再び五体投地をしながらバルコルを進んでいった。

そんな彼女の後ろ姿を見ながら僕は

「もう、ラサを出よう。」

 と、思った。

中国政府は2008年に開催される北京オリンピックに間に合うようにと、ゴルムド ― ラサ間の鉄道建設を急ピッチで進めている。言うまでも無いことだが、完成すればラサの中国化・観光地化は更に加速するだろう。世界の多くの観光地がそうであったように、開発というのは一度始まったら、後には戻らないのだ。


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