「ビザの難易度」
〜 パキスタン ラホール 〜

僕がパキスタン入国前に持っていた、言葉に対する心配は杞憂に終わった。パキスタンの言語は「ウルドゥー語」なのだが、街ではアルファベットが使われているのを結構見かけたし、実際に英語が話せる人も意外に多かったからだ。僕がつい先日まで滞在していたインドでは英語が公用語のひとつだったけど、そのインドよりもむしろ通用度が高いのではないか?と、思ってしまうぐらいだった。

いやインドだけじゃなく、僕が過去に旅してきたどこの国と比べても、パキスタンは「英語が通じる」国だった。これはパキスタンが昔イギリスの植民地だったことが影響しているからなのか、それともひょっとしたらパキスタンが英語教育に熱心だからなのか、その答えについては僕の持ち合わせている知識の中には無かったのだが、どちらにしても「英語が通じる」というのは、現地の人と会話を成立させる上では大変助かることだった。何故ならパキスタンでは(本当に)しょっちゅう、現地の人達から話しかけられたからである。

僕の経験から言って、「見ず知らずの人からよく話しかけられる国」というのは、インドとパキスタンの二つの国がナンバーワンの座を争っている。インドでもよく現地の人達から声をかけられた。でも同じ「話しかけられる」と言っても、インドとパキスタンでは事情が違う。インドで僕に声をかけてきたのは客引きだったり、あるいは物乞いだったりと、「何か目的があって」話しかけてくる人達が多かった。でもパキスタンでは、そうではない。パキスタンでは特に用も無いのに、実に多くの人達が僕に声をかけてくるのである。だから僕はこの国で現地の人達と、自分でも覚えていられないくらいの回数の「世間話」をこなすことになった。もし、

「特に用も無いのに、見ず知らずの人から声をかけられる国。」

という限定したランキングだったら、パキスタンがインドを十馬身ほど引き離して、断トツのトップだった。少なくとも僕のなかでは。



僕に話しかけたきたパキスタン人は、その全てが男性だった。これは当然かもしれない。なにしろ街を歩いていても、見かけるのは男性ばかりだったから。イスラム教の因習から、パキスタンでは女性が家の外に出るのを良しとしない風潮がある。だから女性が外で働くというようなことも無ければ、バザールなどで見かけるということもあまり無い。(買物なんかは男性がするという家庭も多い。)ようするに彼女達は家事をしながら毎日を過ごしているわけなのだが、そうすると僕のような旅行者が女性を見かける機会というのは、今までの国と比べるとぐっと減ってしまうのである。僕も男性だったから、街に女性の姿が無いのは非常に残念なことだった。

また運良く女性の姿を見かけたとしても、彼女達は黒いチャドルを頭からすっぽりかぶっている為、その顔や髪を見ることは難しい。なんでもイスラム教では、自分の夫以外の人間に顔や髪を見せるのも好ましくないとされているそうなのだ。日本にも、「家の外では決して素顔を見せない」と言って、外出前に鏡と長時間向き合う女性がいるけれど、それとは少し意味が違うようである。

それはともかく、とにかく男達からはよく声をかけられた。これは僕が人気者だからではもちろんなくて、たぶん外国人が珍しいか、あるいはパキスタン人が好奇心旺盛であるかのどちらかだと思う。おまけに僕は肩からカメラを提げて歩いていたから、よく「写真を撮れ。」とも言われた。それも街中でである。とくに観光スポットとも思えない場所で、何でそんなことを言うのかと思って

「何を撮るのか?」
 そう僕が訊き返すと彼等は、
「俺を撮れ」
 とか、言うのである。

確かパキスタンに旅行に来ているのは彼等ではなく僕のはずで、記念写真ならまず僕が写るべきだと思うのだが、彼等はそんな僕の考えもお構いなしに、そう言うのだった。別に写真を撮るのは嫌じゃないから、最初は彼等に言われる度に撮影していたのだが、さすがにむさいヒゲ面の男ばかり(何故かパキスタンの男性はヒゲ面の割合が非常に高い。)何人も撮り続けていると、いい加減ウンザリしてくるというものである。

しかしウンザリする反面、良かったと思うことも(少しは)あった。なにしろハナシをする相手には困らなかったから、道に迷ってしまったときなどは彼等の存在に助けられた。彼等は道を教えてくれるだけでなく、その場所まで連れて行ってくれたりもした。イスラム教には「旅人には施しを与えるべし」という教えもあってか、基本的にパキスタン人は僕等バックパッカーには親切なのである。ある意味その親切すぎるところが煩わしく感じることもあるのだが、それは「世間話」程度でハナシを切り上げておけば特に問題にはならないはずである。しかしもしこれが「世間話」で終わらずに、深く突っ込んだハナシをするようになると、思わぬことに直面することもある。例えば、こんなふうに。



それは僕がラホールのGPO ― 中央郵便局から宿へ帰ろうと、街を歩いていたときのことである。ちなみにGPOへ行ったのは、何か郵便物を送ったり受け取ったりするわけではなく、インターネットをするためだった。ラホールのGPOには安価な料金で(1時間=30円)インターネットに接続できる端末があり、それは外国人でも利用可能だったのだ。

そのとき僕は「マールロード」という大通りを歩いていたのだが、そうしていると例によって通りがかりの男性が声をかけてきた。彼の最初の言葉は「ツーリストか?」で、それはもちろん英語だった。僕は正直「またか」と思ったのだが、それを表情には出さずに、「そうだよ」と答えた。

それからは彼の質問攻めである。

「何人なんだ?」
 (日本人だよ。)
「どこから来たのか?」
 (インドから。)
「この後はどこへ行くのか?」
 (たぶん、イランへ行く。)

僕はここ数日何度も繰り返してきた、当たり障りの無い返答を彼に対してもしたのだった。もういちいち考えるのが面倒だったし、それに決して嘘を言っているわけじゃなかったからだ。そして彼がそんな僕の機械的な応対に気付くはずもなかった。

その後も彼との会話は続いた。会話といっても彼が質問して、僕がそれに答えるというパターンだったが。

「日本からインドに来たのか?」
 (いや、インドの前はネパールにいた。)
「ネパールの前は?」
 (チベットにいた。)
「その前は?」
 (中国だ)
「その前は?」
 (日本だ)

僕の答えに、彼は半分あきれていた。が、それと同時に僕のことを羨ましいとも言った。そして、

「俺は日本に行きたい。行きたいがビザが取れない。」
 と、彼は言ったのだった。

日本のビザを取得するのが難しいというのは、良く言われることである。ネパールでもインドでも、そんなハナシを聞いたことがあった。いろんな国で同じようなハナシを耳にするところからして、恐らく事実なのだろう。それにしても国境まで一緒だったイスラエル人はパキスタンのビザが取れないと言って嘆いていたし、当のパキスタンでは日本のビザが取れないと言っている。なかなか複雑な世の中だ・・・なんて僕が考えていると彼は続いて、

「君達日本人は簡単にパキスタンに来れるし、イランにも行ける。でも俺達は日本に行けない。アンフェアだ。」
 と、僕に不平を言うのだった。

確かに日本のビザを取得するのが難しいというのは事実かもしれない。それに対して僕等日本人は大抵の国に行くことができる。これもまた事実だ。でも反論するわけじゃないけど、僕は彼が言うように、決して「簡単に」ビザを取得してきたわけではない。僕だってそれなりに苦労してきたのだ。少なくともイランに関しては。だから僕は(よせばいいのに)それについて彼に説明することにしたのだ。後から考えると、そんなことをせずに「世間話」でお茶を濁しておけば良かったのだが・・・。



僕はパキスタンの後は更に西へ、つまりイランへと進もうと考えていたため、インドにいるうちにイラン・ビザを取得しておいた。インドの首都デリーにはイラン大使館があったからだ。でも、「イラン・ビザを取得しておいた」と、言ってしまうとあっけないのだが、これが実際にはけっこう大変な仕事だったのである。

まず最初にイラン大使館のビザ・セクションに出向いて「ビザを申請したい」旨を伝えると、

「君は日本大使館発行の『レター』を持ってないので、ビザを発給できない。」

 と、言われてしまった。

海外旅行をする日本人は年々増え続けているが、そんな旅行者のなかでも『レター』というものの存在について詳しく知っている旅行者は、それほど多くないんじゃないかと思う。なぜなら日本人が普通に海外旅行をする上では、特に必要の無いものだからだ。

『レター』とは自分の国の大使館(僕の場合は日本大使館)が発行する身元保証書のようなもので、一部の国ではビザの申請の際にその提出を義務づけている。そしてイランはその一部の国のひとつであり、イラン大使館では僕はパスポートを持っているにもかかわらず、それだけでは自分の身分を証明できないのである。

もちろん日本でビザを取得してからイランへ行こうというのならば、『レター』なんて必要無い。そもそも日本には「日本大使館」なんて存在しないし、日本人が日本で自分の身分を証明するのは難しいことではないからだ。

でも、そのときの僕がいた場所はインドだった。日本でもなければ、イランでもない。イランに対して日本人である僕がインドという「第三国」で自分の身分を証明するには、『レター』が必要なのだった。全く面倒なことではあるが。

翌日、仕方なく僕は日本大使館へ行き、受付にいたインド人女性に「レターが欲しいんですが」と伝えると、レターの申請用紙と『誓約書』を渡され、それに記入して提出するように指示された。申請書はともかく、誓約書って何だろう?と、思って渡された用紙を見ると、そこには

「イランは外務省が危険地域に指定している場所がいくつかありますが、それを承知の上、外務省の勧告を受けてもなお、自己の責任においてイランへ入国します。」

 という文章があり、その下には自分のサインを記入する欄があった。ようするに、「イランであなたの身に何が起こったとしても、その責任を日本政府に対して求めないでくれ。」ということなのだが、本当にくだらない内容だ。僕はこの旅でいろんな種類のトラブルに見舞われてきたが、その責任を他人に押し付けようとしたことなど一度も無い。イランで自分がどこへ行き、どんな目に遭うのか(また、遭わないのか)は全然わからないけど、たとえ何かあったとしてもそれを日本政府のせいにしようなんて思わない。だいたいそんなことを考える人間が、バックパッカーになるはずがないではないか。

僕は悩むことなく誓約書にサインし、申請用紙と併せて提出した。

数十分後、何の問題も無く僕はレターを受け取ることができた。渡されたレターを見ると、いかにもそれはレター(手紙)らしく、宛先はイラン大使館となっていた。そしてその内容はというと、

「This is to inform you that Mr.(僕の名前),a Japanese nathinal,holding a Japanese Passport No.(僕のパスポートナンバー) wishes to travel to your country for sightseeing purposes.」

というものだった。これを僕なりに和訳するとすれば、

「これは、日本国籍で日本のパスポートを所持している日本人が、観光目的であなたの国への訪問を希望していることをお知らせするものです。」

 となる。つまり僕が「本物の日本人である」ことを証明しているのだ。まったく、ありがたいことである。僕が日本人じゃなかったら、いったい何人だというのだろうか? まあそれはともかく、レターは手に入った。僕はレターにパスポート、あと写真とお金も準備した。あとは再びイラン大使館へと出向くだけである。

三日目、必要なものを全て揃えてイラン大使館へ行くと、今度は「取得費用」を払うように係員から言われた。もともと無料で取得できるとは思っていなかったので、僕は「もちろん、払います。」と言ってマネーベルトからお金を出そうとすると、係員はそれを制止し、

「費用は『銀行振込』で払ってくれ」

 と、言うのだった。

今まで幾つかの国のビザを取得してここまで旅を続けてきたが、どこの国でもビザの費用は「現金払い」だった。僕は「いつもニコニコ」しながら(というのは嘘だけど)、それがあたりまえのことだと思い、現金でビザの費用を支払ってきた。だから今回もてっきりそうだと思い、その場で金を払おうとしたのだけれど、係員は僕に振り込み用紙を差し出し、「費用を銀行で振込みして、そのレシートを再びイラン大使館に提出して、そこで初めてビザを申請できるのだ。」と、言った。

それから係員は銀行の場所をメモ用紙に書いて、僕に渡してくれた。銀行といってもどこの銀行でもよいわけではなく、「United Bank Of India」の支店じゃないとだめなのだそうだ。面倒この上ないが、しょうがない。僕にはイランのビザがどうしても必要なのだ。大使館を出たその足でそのまま僕は指定された銀行へと行くことにした。

「United Bank Of India」の支店はそれほど混雑していなかった。僕は窓口へ行って振込用紙とUSドル紙幣を併せて出すと、窓口にいた行員は

「ルピーで払ってください。」
 と、振込み用紙の金額欄を指差しながら僕に言った。確かにそこには「2425ルピー」と記載されてあった。
「そうですか。じゃあ先にこのUSドルをルピーに両替してください。」
 僕はそう言った。普段ならレートとか手数料などについてよく調べてから両替する僕だけど、今日はもう時間がない。遅くなると大使館が閉まってしまうから、多少レートが悪くても両替してしまおうと思ったのだ。でもそれなのに
「ミスター、それはできません。」
 と、行員が答える。
「どうしてですか?」
「この支店は外貨を扱っていないんですよ。」

もう、いい加減にしてほしい。いったいイラン大使館は何を考えているのだろう。日本の大手の銀行だって外貨を扱ってない支店は沢山あるから、「United Bank Of India」を責めるつもりは全然ない。頭にくるのはイラン大使館のほうである。海外での業務を中心とする大使館ともあろうものが、どうして取引銀行の支店に「外貨を扱っていない」ところを指定しているのだろうか。常識を疑ってしまう。

結局その日は振込みすることはできなかった。2425ルピーというのは外貨で換算すると50ドル(6000円)以上の金額になり、僕のインドでの半月分の滞在費に相当する。そんな金額のルピーを僕は持っていなかった。だから僕はいったんメイン・バザールまで戻って両替屋でルピーの現金を作ったのだが、そのときにはもう既にイラン大使館の業務が終了している時間になってしまっていたからだった。

そして四日目、僕は早起きして午前中に銀行に行ってルピーで取得費用を振り込んだ。そしてレシートを受け取り、午後には三度目となるイラン大使館へと足を運んだ。そこでレシートを見せて僕はやっとビザの申請に辿り着くことができた。そして手続きを済ませると係員は

「明後日に受け取りに来なさい。」
 と、言った。
「明日じゃないんですか?」
 僕は尋ね返した。既にここでイラン・ビザを取得した他の旅行者から、「翌日発給」という情報を聞いて知っていたからだった。すると係員は
「明日はイスラムの休日だ。だから大使館も休日なんだ。」
 と、答えた。

「もう何でもいいや、取得できさえすれば・・・。」

 なんとか交渉して即日で発給してもらえるようにする、という方法もあったのかもしれないが、それをするには僕はすっかり疲れ果てていたのだった。



・・・というハナシを僕は時間をかけて、そのパキスタン人男性に説明した。それによって僕がイスラム諸国のビザを取得するのにどれだけ苦労したのか、わかったもらえるだろうと思ったからである。しかしその男性は

「そんなの全然大変なことじゃないよ。日本のビザを取得するのはもっと大変なんだ。たぶん日本は世界で一番ビザを取得するのが難しい国だ。」

 と言って、納得しなかった。おまけに「日本のビザが世界で一番ムズカシイ」なんて、これじゃあまるで日本が『鎖国』しているような言い方である。確かに外国人に対して寛容とは言えないし、開かれた国でないことは認めるが、「世界で一番」というのは言いすぎだと思う。それで少しカチンときた僕は

「日本のビザが世界で一番難しい国のはずがない。一番難しいのはアメリカだろう。」

 そう僕は言い返した。合衆国政府がアメリカへ入国しようとする多くの外国人に対してアメリカ・ビザの取得を義務付けていて、なおかつそのビザの取得は容易ではないというハナシをどこかで聞いたことがあったからだ。同時多発テロの後は更に厳しくなったらしく、ビザを申請する人間の国籍によっては不可能に近い場合もある、とまで聞いたこともあった。安全保障条約を結んでいるはずの日本のツーリストでさえ(観光目的だというのに)、ビザこそ必要ないが「帰りの航空券が必要」とか、「入国審査が異常に厳しくなった」とか、バックパッカーを泣かせるような内容のハナシを耳にする。しかしながら彼は

「アメリカだって?君は何を言っているんだ。アメリカのビザなんて簡単に取れるぞ。」

 と、言うのだった。にわかには信じがたい、彼の言い分である。確かアメリカ政府はムシャラフ大統領のクーデターや、パキスタンの核政策を痛烈に批判していたはずだ。そのような国に住んでいる人間がアメリカ・ビザを簡単に取得できるとは到底思えない。この男性は僕に負けまいと出鱈目を言っているんじゃないだろうか?

「アメリカ・ビザが簡単に取得できるわけがない。」
 僕は言った。
「いや、取れるね。」
 彼も負けじと言い張る。

その後も僕達は言い合いを続け、しまいには口喧嘩に発展しそうないきおいにまでなってしまった。彼が自分の意見を曲げることをしなかったので、僕はバカらしくなって最後には彼を無視して宿に帰ることにした。パキスタン人というのは、なかなか強情な性格を持っているようである。



翌日、僕は用事があって街へ出た。用事というのはT/C(トラヴェラーズ・チェック)を両替することだった。僕が持っているパキスタン・ルピーは国境で余ったインド・ルピーから交換した分だけで、残りがあと僅かだったからだ。ラホールは大都市だけあって、ガイドブックを見ると『シティ・バンク』の支店や『アメリカン・エクスプレス』のオフィスがあることになっている。僕が持っていたT/Cはちょうどアメックスだったので、そのオフィスへと行くことにした。銀行で両替すると手数料を取られるが、オフィスならノー・コミッションで両替できるからだ。

同じドミトリーの旅行者がそのオフィスを利用したことがあり、道案内をしてくれるというので、ありがたくお願いすることにした。場所は僕等が滞在している宿から歩いて行ける距離だった。オフィスは雑居ビルの地下にあり、外国人である僕等が中に入る際にはパスポートの提示を求められた。なかなか厳重な警戒態勢である。

そして中に入って、僕はまず驚いた。何故かというと、すごく混雑しているのである。混雑の原因は両替するために外国人旅行者が押しかけてきているから、ではなかった。客のほとんどは地元のパキスタン人男性だった。でも何故こんなに多くの人が、いったい何しにアメックスに来ているのだろう?彼等はパキスタン人だから両替する必要なんて無いはずだし、かといってT/Cを作りに来ているようにも見えない。人を外見で判断するのはイケナイことだが、少なくとも海外旅行をする程、生活に余裕があるようには思えない。

「ずいぶんと混んでるね。」
 僕はここまで案内してくれた同宿の旅行者に言った。
「うん。このオフィスはいつ来ても混んでるよ。ここのアメックスはT/Cの業務以外にアメリカ・ビザの発給とかもやってて、ビザが欲しいパキスタン人が大勢来るんだ。」
 彼は何気なく答えた。

「・・・何の発給だって?」
 僕は訊き返した。気のせいだろうか、アメリカ・ビザと聞こえたような気がしたのだ。すると彼は
「アメリカ・ビザだよ。」
 彼はそう答えた。どうやら気のせいではないらしい。彼は、「アメックスがアメリカ・ビザの発給をしている」と、言っているのだ。そんなことあるのだろうか?

「ウソだろう?」
 僕は彼に言った。もちろん嘘をつかれるのは好きではないけれど、できれば今回は嘘であってほしい。しかし、
「いや、それが取れるんだよ。」
 彼はそう、キッパリと言い切った。

「でもどうして、アメックスがアメリカ・ビザを発行するんだい?」
 僕は彼に訊いた。
「アメリカの会社だからでしょ。」
「違うよ。そうじゃなくて、何故いち民間企業がビザを発行するのかってことだよ。ビザってのは大使館とか領事館が発行するものだろう?」
 僕は同調を求めるように彼に尋ねた。
「ああ・・そういえばそうだよね。なんでアメックスがビザを発行するんだろうね・・・。」
 彼は僕の言葉に同意したのだが、ただそれだけだった。彼も何故アメックスがビザを発行しているのか、その理由までは知らなかったのだ。

いずれにしても、パキスタンでは大使館や領事館なんかに行かなくてもアメリカのビザが取れるようだった。それに対してパキスタンに進出している日本企業が「ジャパン・ビザ」を発行しているというハナシは聞いたことが無い。

昨夜口論したパキスタン人は、きっと

「日本人旅行者は嘘つきだ」

と、思っているだろう。ココロが痛む・・・。


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