「ルピー・ルピー」
〜 ネパール バイラワ 〜

韓国寺を出た僕はバックパックを背負って野原の中の一本道を歩き始めた。30分くらい歩いた頃だろうか、辺りの静けさをかき消すように騒々しいクラクションの音が背中の方から聞こえてきた。僕が後方を振り返ると、1台のバスがこちらに走行してくるのが見える。僕は歩くのを止め、「ダメで元々、やるだけやってやってみよう。」と思いながら、走って来るバスに向かって両手を振ってみた。

近づいてきたバスは、まるで僕の存在に全く気が付かなかったというようなスピードで、僕の僅か1メートル横をすり抜けていった。そしてバスが巻き上げた砂埃にまみれながら、僕が「やっぱりダメだったか・・・。」と思ってバスが走り去っていった方向に目をやったそのとき、バスは突然に停車した。

急停車したバスまでは30メートルぐらいだっただろうか? その距離を僕はバックパックを背負って「ハア、ハア」と息を弾ませながらも全速力で走りきった。そして勢い良くバスの昇降口に足をかけ、

「このバス、バイラワに行く?」(Does this bus go to Bhairawa ?)

 と、英語を使って問いかけた。バスに乗っていた客達はポカンとした表情で僕をみつめているだけで、返答はない。僕は今度はバスの進行方向を指差すジェスチャーを交えて大きな声でもう一度、

「バイラワ?」

 とだけ言うと、一人の若いネパールの男が

「バイラワ!バイラワ!」

 と、僕に向かって答えてくれた。その男は僕の腕を掴んで僕を混雑したバスの中に引っ張り込むと、それから窓から手を出して「バン、バン」と車体を叩いた。そしてその音を聞いたドライバーは再びバスを発進させた。

バスが走り出すと、僕を車内に引き入れた男はニッコリ笑い、

「バイラワ、15ルピー。」

と、これ以上ないくらい簡潔な言葉で僕に言った。僕にバスの行き先を教えてくれたり、混み合った車内に乗り込むのを手伝ってくれたりして、僕はこの男の事を「親切な人だな。」と思っていたのだが、なんてことは無い、この男は単にこのバスの乗務員だったのだ。停留所でもないところでバスを止めたのも、この男の指示だったのだろう。日本のバスと違って『運賃箱』が備え付けられているわけではないので、このような役割の男が必要なのだ。

運賃を払った僕は背負っていたバックパックを下ろし、ついでに自分自身も床に直に腰を下ろした。車内は混雑していて、途中から乗り込んできた僕に座る席なんてなかったのだ。見れば僕以外にも床に座っている乗客は結構いる。麻袋からドラム缶まで、床には様々な荷物が積み上げられていたが、まるでそういった荷物の中のひとつであるかのように彼等は押し黙ったまま座り込んでいた。



言うまでも無いことだけど、僕は日本では停留所じゃないところでバスを止めたり、バスの中で床に座り込んだりしたことなんて無かった。でも日本を離れてから、もうすぐ2ヶ月。中国・チベットそしてネパールと旅を続けるうちに、僕はだんだんと『アジアのやり方』のようなものを身に付けていった。何もそれはバスに限ったことではない。ヒッチハイクをしたり、巡礼宿に泊まったり、あるいはいろんな種類の商売人との交渉などを経験して、「旅慣れてきた」と言ってもよかった。少なくとも自分では、そう考えていた。

バスは1時間くらいで終点であるバイラワの街に到着した。僕はこれから国境の街であるスノウリまで行くのだが、そのまえにバイラワで朝食兼昼食を取っておくことにした。

バスを下車したところには食堂が数軒あったので、僕はそのうちの1軒に入り、店にいた女の子に料理について尋ね、そして注文した。

何を注文するかについては、全く悩む必要がなかった。何故なら、この店で食べることのできる料理はダルバードだけだったからだ。まあ、僕にしたって看板も出していないような店にそれほど多くの期待を持って入ったわけじゃない。

料理はすぐに出てきた(多分、作り置きしているのだろう)。僕はカレーと米を右手でこねくりまわし、それから口に運ぶ。しかし右手が口に届く前にボロボロとこぼれてしまい、うまく口の中に入れることができない。ダルバードはカトマンズではほとんど食べなかったが、ポカラでは何度か挑戦した。しかし何度試しても僕はこの料理を上手に食べることができなかった。理由はカレーが水っぽく、米に粘り気がないからだ。でも、(あたりまえのことなのだが)ネパール人はこの料理を本当に手際良く食べる。彼等と僕の差は指の使い方にあるのだが、僕がその技術を習得するには相当な回数の食事を取らなければなさそうだった。

「おかわりは?」
 店の女の子が鍋を持って僕のテーブルに来た。
「ありがとう、でも遠慮しておくよ。」
 一皿食べるのにもかなり苦労しているのに、おかわりなんてしていたら日が暮れてしまう。

「それよりこれからスノウリに行きたいんだけど、歩いて行けるかな?」
 彼女が屋外の厨房に戻る前に僕は尋ねた。
「その荷物じゃ歩くのはムリね。リクシャーで行くといいわ。」
 彼女は僕のバックパックを見ながら言った。
「バスはないの?」
 僕は歩けないならバスを勧められると思っていたので、それについて訊いてみた。
「スノウリ行きのバスなんて聞いたことないわね。」
 彼女は「残念ながら」というような表情で僕に答えた。

バスが無いならしょうがない。僕はリクシャーで行くことにした。

リクシャーを見つけるのは容易い作業だった。しかし問題はその料金だ。僕が食堂の女の子にバスについて尋ねたのも、同じ距離ならリクシャーよりもバスの方が運賃が安いことを過去の経験から知っていたからだった。

二人旅だったら料金を折半できるのでリクシャーの方が安く上がることもあるが、残念ながら僕は一人なのだ。

僕は1台のリクシャーを捉まえて、その運転手にスノウリまでの料金について尋ねてみた。

「スノウリまでいくら?」
「30ルピー。」
「時間は?」
「1時間。」

料金は自分が考えていたよりも安かった。30ルピーは日本の通貨に換算すると50円に過ぎない。1時間リクシャーに乗って50円なら決して高くない。僕は値引き交渉などせず、このリクシャーに乗ることを即決した。



運転手が言ったとうり、スノウリには1時間後に到着。僕はジーンズのポケットを探ると、ちょうど10ルピー札と20ルピー札が1枚ずつあったので、それを運転手に渡し、国境へ向けて歩き出した。すると、僕が3歩も進まないうちに運転手が「待ちなよ!」と大きな声で僕に呼びかける。何事かと思って僕は振り向いた。

「これはネパール・ルピーじゃないか。」
「そうだよ。それがどうかしたのかい?」
「ああ、俺が言った30ルピーっていうのは、30インド・ルピーってことさ。」
 
ひとくちにルピーと言っても、通貨単位にルピーを採用している国はネパールだけじゃない。南アジアではインド、パキスタン、そしてスリランカなどが自国の通貨にルピーという単位を採用している。ただ同じルピーといっても、その価値までは同じじゃない。通貨の価値はその国の経済力によって決まる。僕はまだインドには行ったことはないが、カトマンズでのカジノでの経験で、ネパール・ルピーがインド・ルピーに比べて価値が低いことは知っていた。

スノウリまでの料金が30ルピーだと言われたとき、僕は安いと思った。しかし今にして思えばインド・ルピーで計算した30ルピーの方が、確かに妥当な金額かもしれなかった。何しろこの運転手は人間と荷物を載せた自転車のペダルを1時間もこいだのだから。それにバイラワはネパールの街ではあるけれども、国境からの距離を考えるとインドの通貨が流通していても不思議ではない。

とは言うものの、僕はインド・ルピーというものを持っていなかった。だから

「僕はこれからインドへ行くんだ。インド・ルピーなんて持ってないよ。」
 と正直に言った。すると、
「ドルでもかまわないよ。」
 運転手は言い返してきた。

冗談じゃない。30インド・ルピーがドルに換算するといくらになるのかよく知らないが、どう考えても1ドルもしないはずだ。1ドルなんて払いたくないし、それ以上に細かいドルなんて持ってない。僕は少し考えて、攻め方を変更することにした。

「君はインド人なのか?」
「いや、ネパール人さ。」
「だったらネパール・ルピーでいいじゃないか。インド・ルピーとかドルなんて言うなよ。自分の国の通貨を持つのが一番だぜ。」

僕はそう言って笑顔で運転手の肩を軽く叩き、「OK?」と訊いた。運転手はブツブツと文句を言いながらも最後には「もう仕方ないな・・・」という表情でしぶしぶ承諾した。

僕は現金とトラベラーズ・チェックを使って旅をしていたが、日本人のくせにそのどちらもがアメリカ・ドルだった。だから僕にはリクシャーの運転手に対して「自国の通貨が一番」なんて言う資格は全然無いのだが、旅を続けるうちに手に入れた「ズルさ」が自然と僕にそんなセリフを言わせたのだ。

僕はリクシャーとの交渉の結果に満足し、自分が「旅慣れた」ことに対する確信を更に深めていった。



スノウリの街でネパールのイミグレーションを目指して歩いていると、ひとりの男が僕に声をかけてきた。

「デリーへ行くのか?」
 と訊かれたので、
「いや、バラナシへ行く。」
 と答えると、更に
「バスのチケットは持っているのか?」
 と訊いてくる。
「インドに入国してから探すつもりだ。」
 と言うと、

「探す必要なんてないさ。こちら側の旅行代理店でもバスのチケットが買える。俺はそこで働いているんだ。すぐ近くだよ。ウチの店でチケットを買っていかないか?ネパール・ルピーが余っているなら両替もしてやるぜ。もちろん、ノーコミッションさ。」
 と誘ってきた。

「ここでチケットを買ったって、インドに行ってからそのチケットで乗れるバスを探さなきゃいけないんだろう?同じことだよ。」
 僕は言った。

「いや、そんな面倒なことはないよ。国境を越えたところに『ババ・ホテル』っていう宿がある。バラナシ行きのバスは5時半だ。その時間になったらバスの人間がアンタを迎えに行く。アンタはチケットを見せるだけでいい。」

ハナシを訊いて僕は「それなら確かに便利だな。」と、思った。また旅行代理店なら『闇両替』と違ってトラブルも無いだろうとも思った。彼が指摘したとうり、僕はネパール・ルピーをインド・ルピーに替える必要があったのだ。僕はこの男の店を利用することにした。

僕は彼の店で両替を済ませた後、もう一度バスについての説明を受けた。それによるとバラナシ行きのバスは何種類かあった。バラナシまでは夜行で、所要時間は10時間。僕は奮発してツーリスト・バスのチケットの購入を選んだ。値段は175インド・ルピー。ローカル・バスに比べて高かったが、「やっぱり夜は快適に眠りたい」という欲求が強かったのだ。

旅行代理店を出てからネパール側のイミグレーションで出国手続きを済ませ、インドとの国境へ向かう。国境には『鉄条網』も『緩衝地帯』も無かった。鉄道の踏切にあるような遮断機だけが、かろうじてそこが国境であることを示していた。

僕は今度はインド側のイミグレーションで入国手続きをする。イミグレーションの役人は横柄な男性だった。僕が書類にパスポートを添えて提出すると、面倒くさそうに入国スタンプを押し、パスポートを放り投げて返してきた。

僕は昔から役人に対して偏見を持っているのだが、その偏見が更に強くなるのに十分な対応だった。

それから商店街をブラブラとひやかしたりして時間を潰した後、チケットを買った旅行代理店で指定された『ババ・ホテル』へ行く。そこのスタッフにバラナシ行きチケットを見せると、「出発時間になったらバスの人間が迎えに来るから、それまで宿のレストランで待っていればいい。」と教えてくれた。僕は言われたとうりレストランで待つことにした。昼にダルバードを食べたので、まだお腹が減っていなかった僕はチャイだけを注文し、それをすすりながら読書することにした。

夕方の5時半になり、約束どうりバス会社の人間と思われる肌の黒い髭面のインド人男性が僕を迎えに来た。歳は20代に見えるが、こっちの人間は日本人と比べると老けて見えるので、ひょっとしたらまだ10代かもしれない。僕は彼に連れられてレストランを出た。

男に案内されてバスのところまで歩く。そこで僕が見たものは、とんでもないオンボロ・バスだった。車体はボコボコにへこみ、窓ガラスは無いか、もしくはあっても割れていた。中を覗くとシートの汚れ具合もかなりひどかった。リクライニングとかエアコンとか言う前に、ちゃんと走行できるのかも怪しい。ハッキリ言って僕にはとてもこれがツーリスト・バスには見えなかった。だから僕は案内の男に、「これはツーリスト・バスなのか?」と、率直に尋ねた。

「これはローカル・バスさ。ツーリスト・バスは来ない。」
「来ない?何故来ないんだ?」
 驚いて僕は尋ねた。

「さあ、俺も理由までは知らないな。それよりアンタのチケットを出しなよ。このバスのチケットと交換してやるから。」
「交換?」
「ああそうだよ。これはローカル・バスだからな。アンタの持っているツーリスト・バスのチケットじゃコイツには乗れないのさ。」
 男の、やけに説明的なセリフだった。

「それで差額は返してくれんだろうな?」
「差額?差額ってどういうことだ?」
「決まってるじゃないか。僕は高い金を払ってツーリスト・バスのチケットを買ったんだ。それがこんなオンボロのローカル・バスに乗ることになってしまったんだから、料金を払い戻すのは当然だろう。」
 僕は主張した。

「そんなの俺の知った事じゃない。差額なんて払わないぜ。」
「冗談じゃない!僕は175ルピー(455円)払ってツーリスト・バスのチケットを買ったんだ。ネパール・ルピーじゃないぞ、インド・ルピーで175ルピー払ったんだ!」
「そのチケット、どこで買ったんだよ?」
 男は僕がまくしたてるのを軽く聞き流し、そして逆に質問してきた。
 
「ネパールの旅行代理店さ。」
「なら、ネパールに戻って文句を言うんだな。」
 男はニヤリと笑いながら人を馬鹿にするような口調で言った。

もちろん、それが可能なら僕だってそうしたかった。でも僕は既にネパールの出国手続きを終えて国境を越え、インドに入国してしまっていた。またネパールに戻ることもできないわけではないが、そのためには再びネパール側のイミグレーションで30ドル払ってビザを取得する必要がある。455円を取り戻すために、30ドル(3600円)払うことがいかにバカバカしいことかは、子供にだってわかる。

この時点で僕は、自分がサギにひっかかってしまった事を悟っていた。おそらくネパール側の旅行代理店と、インド側のバス会社がグルになっているのだ。455円という金額は日本人にとって決して大金ではないが、自分が『騙された』ことを認めてしまうのは、屈辱とまでは言わないまでも、やはり悔しいことに変わりはなかった。

僕は騙されたまま泣き寝入りなんてしたくなかった。だから何とかして彼等にやり返したかったが、僕が怒りを向けるべき矛先は、いみじくもバス会社のインド人が言うように、「国境の向こう側」にいるのだ。目の前の男にいくら文句を言ったところでどうにもならない。巧妙な手口だった。

「これは今日最後のバスだけど・・・、乗る乗らないはアンタの好きにするがいいさ。」
 インド人は勝ち誇ったように言った。

結局このバスに乗る以外、他に選択肢は無かった。僕は自分のチケットを男に渡し、それと引き換えにローカル・バスのチケットを受け取った。渡されたチケットを見ると紙の材質にしても、印刷の精度にしても、その出来映えはツーリスト・バスのものと比べると雲泥の差があった。

僕はバスに乗り込み、埃だらけのシートに寝そべった。車内にツーリストらしい乗客はいない。ツーリスト・バスじゃないのだから当然だ。バラナシまではおよそ10時間。夜行バスだが、気分が高ぶっているせいで、うまく眠れるような気が全くしなかった。僕は固いシートにもたれながら目をつむり、「『旅慣れた』人間がこんな目に遭うはずないよな・・・。」と頭の中で自嘲気味に呟いた。

この一件があってから、僕は決して自分の事を「旅慣れた人間」だとは考えないようにした。


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