「物々交換」
〜 ネパール ポカラ 〜

ポカラは過ごしやすい街である。カトマンズと違って人口も建物も多すぎず、クルマもそれほど走っていないので、空気もキレイだ。ネパールは既に乾季に入っていたから、空が雨雲に隠される事はなかった。けれどもカトマンズでは雨雲の代役を務めるかのように、スモッグが空を覆うことも珍しくなかったので、ポカラで過ごした数日間は僕にとって本当に気持ちの良い滞在になった。

僕が宿泊していたゲストハウスはポカラの「ダムサイド」にある。同じペワ湖畔でも「レイクサイド」と違い、静かでのんびりした雰囲気がこの地域のウリだ。ゲストハウスの目の前にあるペワ湖の湖岸に出て、地元の子供達がカニを捕ったり、オジサンが釣り糸をたらしている光景を見ていると、とても落ち着いた気分になれたし、ゲストハウスの屋上から美しいサランコットの山々や、アンナプルナ連峰を眺めているだけでも自然を楽しむことができた。

ポカラの街に滞在するツーリストの中には、そういった自然に直接触れるのを目的としたトレッキング・ツアーに参加する者も多かった。実際に僕も数日前にポカラのバスターミナルに到着した時には、ゲストハウスの客引き達から「ウチはトレッキング・ツアーの斡旋もやっているから。」なんて誘われたりもした。10月下旬のネパールはトレッキングのベスト・シーズンだから、客引き達がそんなふうに僕に声をかけるのも当然理解できることだった。

けれども僕がそういったツアーを申し込むことは、とうとう無かった。理由はその費用が惜しかったというよりは、「山を見るのはいいけど、登るのはもうたくさんだ。」という気持ちが強かったからだ。僕の中にはチベットでエヴェレスト・ベースキャンプに行ったときのキツイ体験が、まだ強く残っていた。ポカラのツアーではヒッチハイクや重度の高山病を心配する必要はなさそうだったが、ハッキリ言って「トレッキングに関してはお腹いっぱい」だったのだ。

そういうわけで僕はトレッキングは敬遠したのだけれど、ポカラ自体についてはかなり気に入っていた。だから僕は宿泊しているゲストハウスから自転車を借り、サイクリングしながら街を見て廻ることにした。料金は1日40ルピー(約60円)だから、それほど高くない。もちろん、トレッキング・ツアーに参加するよりもはるかに安い。

だいたい僕はカトマンズ滞在中に、観光のためにほとんどお金を使っていなかったのだから、これぐらいの費用は許されるはずだ。それになにより僕は一人旅に戻っていたから、タクシーやリクシャーを使うよりも自転車の方が身軽にあちこち移動できて便利だろうとも思ったのだ。

自転車を貸してくれた宿の従業員に、「ポカラでおすすめの場所を教えてほしい。レイクサイド以外で。」と尋ねると、

「それならオールド・バザールに行くと良いよ。」

 と、教えてくれた。何がどのように良いかまでは聞かなかったが、『古い市場』というのを見るのも悪くなさそうだと思ったので、とりあえずそこへ行ってみることにした。

地図を見ると、ダムサイドからオールド・バザールまでの距離はおよそ5キロメートル。両者のちょうど中間あたりに位置する新市街までの緩やかな上りの坂道を、僕は快調なペースで自転車のペダルをこいだ。天気は快晴で、サイクリングには申し分なかった。

自転車のペダルをこぐのは久しぶりの感触だった。僕は日本にいたとき、自転車に乗る機会なんてほとんど無かったから、どのくらいぶりなのか正確に思い出せなかったほどだ。そのせいか、風を切って走る自転車から、自分の横を流れていく街の風景を見ていると、ポカラの街がとても新鮮に見えた。同じ景色でも、バスからの眺めと自転車からの眺めでは、微妙に違うのではないだろうか、そんな気さえした。

新市街を過ぎてしまうと、次第に坂道の勾配が急になっていった。道路沿いの風景はオールド・バザールに近づいてきたせいなのか、新市街の味気ない街並みから、古いレンガ造りの家並みへと変化していった。急な坂道を駆け上るのに少し疲れた僕はサドルから降り、自転車を押しながら市場を探すことにした。

自転車を押しながら歩き始めてから数十分、街のメイン・ストリートを歩いても、路地裏を覗いても、市場はなかなか見つからなかった。道路脇に共同の井戸を見つけた僕は自転車を停め、井戸から冷たい水を掬って顔を洗った。僕の隣では若い女性達が井戸水を使って洗濯をしている最中だった。僕は洗濯する女たちの姿を見ながら休憩することにした。

僕は背負っていたザックからペットボトルのミネラルウォーターを出し、乾いた喉を潤した。(さすがに井戸水を飲む気持ちにはならなかった。)それからタバコに火を点け、女性達が洗濯する様子を見続けていた。彼女達の姿は19世紀のフランスでルノワールが描いた「洗濯する女たち」ほど美しくはなかったが、彼女達の手揉み洗いの手際の良さは、少なくとも僕を感心させるには十分だった。いつの間にか僕はザックからカメラを取り出し、ファインダーから彼女達を見るようになっていた。

「日本の方ですか?」

突然の声に、僕はビックリして後ろを振り向いた。そこには一人の若いネパーリー(ネパール人)の男性が立っていた。僕は女性達の写真を撮るのに夢中になっていて、彼がそこにいることに全く気付いていなかった。

「はじめまして、ここで何をしているんですか?」
 彼は丁寧な英語で話し始めた。
「サイクリングしていたんだけど、疲れたから休憩しているんだ。」
 質問に対して僕は素直に答えた。
「なるほど。それで自転車で何処へ行くつもりなのですか?」
「オールド・バザールに行こうと思っているんだけど、迷ってしまったみたいなんだ。」
「ここがオールド・バザールですよ。」
「ここが?」
「ええ、そうです。」
「でも市場らしきものが見当たらないんだけど。」
「特別なマーケットがあるわけじゃないんですよ。この辺り一帯の古い街全体のことをオールド・バザールと呼ぶんです。」

どうりで、いくら探しても見つからないはずだ。僕は「バザール」という単語から、てっきり「市場」のことだと想像していたのだが、それは大きな間違いだったのだ。僕は思わず自分で自分に笑ってしまった。

その後、彼は自分の自己紹介をした。身分は大学生だと言った。ポカラのような田舎町にも大学あるのか、それともカトマンズの大学に在籍しているのかは、残念ながら聞きそびれてしまった。

「それにしてもよく僕が日本人ってわかったね。」
 今度は僕のほうから質問してみた。
「ポカラは日本人の旅行者が多いですからね。もっとも、西洋人の旅行者はそれ以上に多いすけど。」
 やはり、丁寧な英語で彼は答える。
「大学では何を専攻しているの?」
「英語です。」

なるほど、なんとなくハナシが見えてきた。アジアを旅行していると、客引きではない地元の学生に声をかけられることがある。彼等は自分の英語力を試すために外国人観光客に声をかけるのだ。どうやら僕は、彼の勉強の『練習台』に選ばれたようだった。それにしても、僕のような半端な英語しか話せないツーリストに声をかけるなんて、彼の人を見る目はあんまり良くないようだった。

彼とはあまり長話をせずに別れた。彼も無理に僕を引き止めようなことはしなかった。古い街並みも見たし市場も無いとなれば、これ以上オールド・バザールにいる理由はなかった。僕は自転車に乗り、ペワ湖方面へ帰るために、今度は下りに変わった坂道を引き返した。



僕はペワ湖畔のレイクサイドを目指して自転車を走らせていた。レイクサイドは外国人ツーリスト向けの地域で、カトマンズの「タメル地区」をそのまま縮小して移設したような地域だと聞いていた。僕はそういった場所があんまり好きじゃなかったから、今日も自転車をレンタルするときに、「ポカラでおすすめの場所を教えてほしい。レイクサイド以外で。」と尋ねたのだ。けれども既にチベット村もオールド・バザールも見学していた僕には、他に行くところも無かった。地図を見ると、レイクサイドにはヒンドゥー教寺院が幾つかあるのがわかったたので、僕はそこだけ見学してこようと思ったのだ。

ところがレイクサイドに行ってみると、湖岸沿いにヒンドゥー寺院はあるにはあったが、ちょっとガッカリものだった。カトマンズのダルバール広場と比べてはかわいそうかもしれなかったが、ハッキリ言ってチンケな寺院だった。僕は寺院を詳しく見学するのは止めて、代わりに寺院から見える、ペワ湖の水面が夕日に染まる風景を写真に撮りながら時間を潰すことにした。

何枚か写真を撮っていたら、近くにいた地元の女性が声をかけてきた。40代くらいだろうか?中年のチベタンのオバサンだった。僕はネパール人とインド人の区別はつかないが、さすがにネパーリーとチベタンの違いはわかる。彼女の格好は長袖シャツにジーンズという服装だったが、顔立ちは明らかにチベタンだった。彼女は僕に挨拶したのに続いて、

「ブチュブチュコウカン」
 と言ってきた。僕があっけに取られていると、
「ブチュブチュコウカン」
 彼女はもう一度同じ言葉を発した。
「ブチュブチュコウカン?」
 2度言われても何のことかわからず、僕は訊き返す。
「あなたの不要な持ち物と、アタシの品物とトレードするの。」
 彼女は英語で言い直した。

なんだ、『物々交換』のことか、妙な日本語で喋るからサッパリわからなかった。彼女とハナシをすると、どうやら彼女は旅行者に声をかけて、物々交換で生活用品を入手する商売をしているチベタンだということがわかった。(彼女はかなりブロークンだけれど、しっかりと意味は通じる英語を話すことができた。)僕は彼女のハナシを聞いて、「面白そうだから、やってみようかな。」と思った。しかしよく考えてみたら、今背負っているザックのなかに不要なモノなんて何も入っていなかった。

「今日は何も持っていないんだ。でも、明日だったら宿から何か持って来れると思うけど。」
 僕が言うと、
「明日でもいいわよ。」
 と彼女は答えた。

僕等は明日の夕方に、再びこの場所で会う約束をして別れた。別れるときには、『指きり』までさせられて、「明日は、あなたの友達も連れてきてね。」と言って彼女は立ち去っていった。『指きり』はアジア共通の風習なのか、それとも日本人旅行者が彼女に教えたものなのか、よくわからなかったけれど。

翌日、約束した5時に再びレイクサイドのヒンドゥー寺院へと自転車を走らせた。到着すると、そこでは3人のチベタンの中年女性が僕のことを待っていた。

「来てくれて良かった。約束しても、守ってくれない人が多いから。」

 と、昨日約束をしたオバサンが僕に切り出した。

「指きりしたからには、約束は守るよ。それより、今日は3人なんだね。」
 僕は言った。
「そうよ、アタシの友達なの。でもあなたは一人で来たみたいね。」
 彼女は僕を見て言った。

僕は一人で来ていた。残念ながら僕はポカラに「友達」と呼べるほど親しい知り合いを持っていなかったからだ。昨日、「友達を連れてきて」と言われたことは覚えていたが、いないものは仕方がない。とりあえず、「合コン」をするわけではないのだから、僕一人でも成立するだろうと思ったのだ。もっとも彼女達とするのが「物々交換」ではなくて「合コン」だったら、僕は針千本飲んでいた可能性が高かったけど。

彼女達は背負っていた荷物を地面に広げ始めた。見ると、それらの商品は全て土産物だった。そのほとんどがネックレス、ブレスレット、リングといった、女性向けのアクセサリーだ。彼女達には悪いけど、僕が身に付けたくなるようなモノは何一つなかった。僕はひょっとしたら、この物々交換で何か長旅に役立つモノが手に入るのではないかと考えていたのだが、彼女達はそういった品物は持っていないようだった。だから僕は正直にそのことを彼女達に伝えた。すると彼女達は、

「あなたじゃなくて、奥サンへのプレゼント。」
 と言ってくる。
「独身だから、奥サンはいないんだ。」
 僕が一人身であることを言うと、
「だったら、カノジョにプレゼントしなさい。」

 と、更に突っ込んでくる。彼女達は、あきらめる気配を見せない。仕方ない。こうなったら、本来ならあまり他人には話さないというか、できれば話さずにおきたいというか、とにかく重大な僕の秘密(?)を喋ってしまおうと思った。

「実は、カノジョもいないんだよ。」
「・・・・・。」

僕の言葉にさすがの彼女達も口ごもってしまった。でも自慢じゃないが(確かに自慢にはならないな。)、本当に僕は彼女がいないのだ。こんなところでウソを言ってもしょうがない。でも本当の事を言ったのに、何故だか自分が彼女達に悪い事をしているような気になってしまう。どちらかというと、僕のほうが痛いのだが・・・。

「あなたはまだ若いからね!」

少しの沈黙の後、彼女達のうちの一人が僕に言った。本人は慰めているつもりなのかもしれないが、ハッキリ言って逆効果だ。これ以上、その話題に触れないで欲しい。でも彼女は構わず質問を続ける。

「ガールフレンドは?女の友達ならいるでしょ?」
 彼女は、僕の事をフォローするかのように尋ねた。

うん。そういえば女友達だったら日本に何人かいたような気がする。ただ彼女達は日本で僕が、「しばらくの間、日本を離れることにした。」と言ったときに、「お願いだから、行かないで!」と僕を引き止める事は決してしなかったけれど、立派な女友達だと言っていいはずだ。

「そうだね、ガールフレンドに何か御土産をプレゼントをするのもいいかもしれないね。」

僕はすっかり術中にハマリ、ひとつくらいアクセサリーをもらってもいいかなと思った。小さい物だから荷物にもならないだろう。それで僕は昨日から言われていた「不要なモノ」をザックから取り出した。

それは1枚のTシャツだった。実は僕はこのTシャツの処分に困っていたのだ。このTシャツは僕が買ったモノではなくて、日本の大阪港から中国の上海港まで利用した「蘇州号」というフェリーでもらったものだった。蘇州号では乗客全員にTシャツ1枚を無料でサービスしていたのだが、そのデザインがあまりにもひどかったので、僕はそれを着るのを躊躇していたのだ。僕は透明のビニールにパッケージされたままのTシャツをチベタンの女性に渡した。彼女達はTシャツが新品だったことに満足していたようだった。

今度は僕が土産物を選ぶ番だ。しかしアクセサリーというのはもともと興味のない商品のせいか、何をもらえばいいのか全く見当がつかない。かなり時間をかけてそれらの品を手にとってみたが、なかなか決断できなかった。それでもチベタンのオバサンは焦らせることなく、僕が商品を選ぶのを待っていてくれた。彼女達はとても親切だった。決して「あなたは女性にプレゼントするのに慣れていないわね。」などと口に出して言うことは無かった。

やがて僕の目に、ひとつの指輪が留った。その指輪はどちらかというと不恰好で、アクセサリーにしてはあまり可愛いくもなかったし、美しくもなかった。でも何故か僕はこの指輪に心を引かれてしまった。指輪にはとても神聖そうな文字が刻まれていて、実に味のある雰囲気を醸し出していたのだ。僕はこの指輪をもらうことに決めた。うん、ガールフレンドに指輪をプレゼントするなんて素敵だ。素敵すぎて婚約指輪と勘違いされたらどうしよう。

無事に交換が成立した後、僕は試しに自分の指にはめて、そこに刻まれている文字を見ていた。どこかで見たことがあるような文字にも思えたが、上手く思い出せない。あと、ついでに意味もわからなかった。すると、そんな僕の様子を見たチベタンのオバサンが

「これはチベット語よ。オン・マニ・ペメ・フム・・・って読むの。」

 と、教えてくれた。なるほど素敵な指輪だ。これをはめていたら、チベットの男性にモテルかもしれないぞ。日本にいる僕のガールフレンドにプレゼントしたら、きっと喜んでくれることだろう。


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