「クマリの聖女」
〜 ネパール カトマンズ 〜

隣のビルの屋上には、いつも男の子がいた。僕はその男の子の名前を知らない。血液型を知らなければ、誕生日も知らない。僕が知っているのは彼がいつも「裸足」だったことと、彼がとても「働き者」であるということだけだ。

彼はいつもひとりで仕事をこなしていた。仕事の内容は掃除だったり、あるいは洗濯だったりと日によって違ったが、いずれにしてもそれが雑用であることに変わりはなかった。

熱帯の日差しを背に受けながら、黙々と仕事を続ける彼の姿を見るのが僕の日課になっていた。

カトマンズ滞在中、僕は多くの時間をゲストハウスの屋上で過ごした。理由はタバコを吸うためだ。僕が宿泊している「タメルゲストハウス」は禁煙というわけではなかったが、同じドミトリーで生活する男女のなかに、僕以外にはタバコを吸う人間はいなかった。彼等は「窓を開けて吸ってくれれば構わないよ」と言ってくれたが、やはり遠慮して部屋では吸わないことにした。タメルゲストハウスにはカトマンズの街が一望できる屋上があり、そこにはぼんやりと日中を過ごすのにはうってつけのテーブルセットもあった。だから僕はいつもそこでタバコを吸ったり、日記を書いたりしながら時間をつぶしていた。

そんなことをしながら何気なく隣のビルの屋上を見ると、大抵の場合、彼の姿を見つけることができた。僕はじっと彼の仕事振りを見ていた。彼のほうは僕に見られていることに全く気が付いていない。彼が自分の仕事に集中していたのと、僕があえて彼に声をかけなかったからだ。隣のビルだったから、大声を出せばあるいはそれも可能だったかもしれないが、実際に声をかけてみることはしなかった。

でも一度だけ、彼が僕のほうを見たことがある。彼が仕事を終えて、屋上から階段で降りようとしたときだ。たまたま僕の目と彼の目が合ったのだ。そのとき僕は彼に向かって手を振ってみた。すると、彼は笑いながら僕に向かって手を振り、そして階段を降りていった。

タメル地区から1Kmほど歩いたところにダルバールという名の広場があり、その広場の一角に「クマリの館」は存在する。館の中では、あるときからクマリと呼ばれるようになったひとりのネパールの少女が生活している。彼女は「生き女神」とされていて、民衆の望みが叶うようにと祈りながら日々を過ごしているという。それというのも、クマリがネパールの守護神である「タレジュ女神」の化身とされているからである。

クマリに選ばれた少女は3〜5歳の頃に親元を離れ、ダルバール広場にある「クマリの館」での暮らしを始める。年に数度の祭りのとき以外、彼女が館の外に出ることはない。もちろん、学校にも行かない。そして初潮を迎えて、その身体に宿る聖性が失われ、次のクマリと交代するまでその生活を続けることになる。

僕は何度かダルバール広場に足を運んだことがあったが、クマリの館の前には、いつも人だかりが出来ていた。そこには地元ネパールの人間もいれば、外国人観光客もいた。何故ならネパールには、

「クマリの聖女を見ると、幸せになれる。」
 という、言い伝えがあるからだ。

聖女は館の外には出れないが、館の窓から時折顔を出すという。みんな彼女が姿を現すのを待っているのだ。運良く、僕は彼女の姿を見る機会があった。彼女はいかにも「女神の化身」らしい服装をしていたが、それ以外は普通の女の子と変わらないように思えた。

カトマンズの街を歩いているときに、学校の前を通りがかったことがあった。そのとき僕は、

「外国の学校って、どんな感じなのだろう?」

 という好奇心にかられてしまい、校門からちょっと中を覗いてみることにした。見ると、敷地はそれほど広くなく、こじんまりとした木造二階建ての校舎と、小さなグラウンドがあるのがわかった。

グラウンドには下校中の生徒や、ボール遊びをしている子供達が大勢いた。外見から想像するに、おそらく小学生だろう。みんな揃いのベージュ色の制服を着用していた。

5分もしないうちに、僕は子供達に見つかってしまった。こっそり覗いているつもりだったのだけど、自分でも知らないうちに身を乗り出していたようだ。子供達が「あそこに変なガイジンがいる!」と言っていたのかどうかはわからないが、とにかく大騒ぎする彼等に僕はグラウンドに引きずり込まれてしまったのだ。

カトマンズはツーリストが多く滞在している街だから、彼等にとって外国人は珍しい存在ではないと思う。外国人なんてタメルを歩いていれば、いくらでも目にすることができる。しかし、僕を見つけただけでこれだけ大騒ぎする子供達を見ていると、実際に両者が接する機会というのはそれほど多くないんだな、と僕は思った。

僕は彼等と遊びながら、ひとりの女の子をカメラで撮影した。そこで止めておけばよかったのだが、僕はその写真をデジタルカメラの液晶モニターで本人に見せてみた。それが騒ぎを更に大きくするなんて、思ってもみなかった。

「ねえ、見て!アタシが写ってるの!」
 たぶん、被写体の女の子はこんなカンジの意味の言葉を周りの子に喋ったのだと思う。するとグラウンド中の子供達が集まってきてしまった。僕のカメラは彼等に奪われ、彼等のオモチャになった。彼等はカメラのモニターを覗き込んで驚いたり、何やら言い合ったりと、ひとしきり騒いだ後、

「ねえ、あたしも撮ってよ!」
「僕も撮ってよ!」
 と僕にねだってきた。

子供達の写真を撮るのはかまわないのだが、これだけ多くてはひとりづつ撮ってあげるのはさすがに無理だ。僕は集合写真を何枚か撮影し、それでお茶を濁してもらうことにした。それでも、子供達はとても楽しそうだった。

僕は子供達の写真を撮りながら、
「おそらくここにいる子供達の家庭は裕福なのだろう」
 と、思った。ネパールでは全ての国民が義務教育を受けられるほど、その環境は整っていない。お揃いの制服を着て、勉強道具を詰めたリュックを背負い、小学校に通って勉強する。他の国の子供達にとっては「あたりまえ」のことも、この国ではそうではないからだ。

働く男の子、クマリの聖女、小学校の子供達、カトマンズには実にいろんな子供達がいる。彼等は年齢こそ共通しているが、その境遇は様々だ。それはいろんな境遇の大人達がいるのと同じように、この国ではとても自然なことだった。


| 戻る | | 目次 | | 次へ |