「あなたもそう思いますか?」
〜 イラン マークー 〜

バーザールガーン国境からおよそ10数キロのところに、マークーという名の街がある。街を覆うように切り立った断崖絶壁以外には、取り立てて特筆すべきところも無い田舎の街である。街の規模も小さく、数時間あれば街の全てを歩いて見て廻ることができるくらいだから、あえてこの街に滞在しようとする物好きな旅行者は、当然のことながらそれほど多くはない。バーザールガーンから国境を越えてトルコへ入国しようというルートは陸路でアジアを横断しようとする旅行者にとっては定番のルートだが、テヘランやタブリーズといった大都市を出発してトルコへ向かう国際バスの中には、この街を素通りしてしまうものも多く、そういったバスを利用した場合には滞在どころかこの地を踏む事なくトルコへ入ってしまうことになる。

ではそういった国際バスを利用しないバックパッカー達の場合は、このマークーにある程度は滞在していくのかというと決してそういうことはなく、やっぱり素通りしてしまうというケースが多いらしい。「乗り継ぎのための滞在で十分、宿泊までする必要はない。」 ― このあたりが一般的なバックパッカーの、この街に対する見方なのだ。その事を僕に教えてくれたのは、この街で出会ったベフナム君という青年だった。そしてそのベフナム君との出会いによって、僕はこの街に2泊3日も滞在することになってしまったのだった。

最初は僕も他の旅行者同様に半日くらいの滞在が妥当だろうと考えていた。ところが僕が乗っていたオトブースがマークーに到着したのが夜だったために、仕方なく1泊することになってしまった。そして翌日、せっかく1泊したのだから、(たいした見所もないのだろうけど)宿のチェックアウトの時間まで一応街を歩いてみようと宿を出たところ、道で彼に声をかけられたのである。彼は僕に対して、「街を案内しますから、せめてもう1泊しませんか?」と誘ってきた。最初はこんなちっぽけな街を案内されてもなあ・・・なんて思ってしまい断ろうかと思ったのだが、ベフナム君の誘い方が少し哀れだったので、僕は予定を変更して彼の誘いに乗ってみることにしたのである。

「僕はガイドじゃないって説明するんですけど、なかなかみんなに信じてもらえないんです。」

 この誘い方が、なんとなく僕には哀れに感じられたのだった。



ベフナム君はこの街で外国人のバックパッカーを見かけると、必ず声をかけるようにしているのだそうだ。今は冬だからそういう機会はあんまり多くないのだが、ここは「イラン・トルコ国境越え」の定番ルートだから、夏にはそこそこ外国人を見かけるとのこと。彼がそういった外国人に声をかけているのは、英語の勉強になるからだと、彼は言った。都市部ならまだしも、イランの田舎で英語を勉強している人は、僕が思うにかなり珍しい。

しかしながらそういった外国人達に声をかけた結果どうなるのかというと、ほとんどの場合があっけなく断られるのだそうだ。断られ方は、「ガイドはいらないよ」と、言われてしまうらしい。なんでもベフナム君が言うには外国人旅行者達の多くは彼が、「街を案内するかわりに旅行者達から金銭を頂戴しようとしている」と、勘違いして彼の誘いを敬遠するのだそうだ。ベフナム君当人は、「自分はガイドじゃありませんから、お金はいりません。」と、否定するそうなのだが、あんまり信用してもらえないと、彼は言う。

僕は個人的には、旅行者達は別にベフナム君の事を毛嫌いしたわけではないと思う。一部の人間は確かにベフナム君の言うとおりかもしれないが、大部分の旅行者はただ単にマークーの街に1泊してまで街を案内してもらう必要なんてないと、そう思って断っただけじゃないのだろうか?マークーはハッキリ言って観光地ではないし、ここから1時間もあればトルコへ行くことも可能だから、あえて宿泊する価値のある街とは思えない。それになによりもマークーには外国人が利用できる銀行がひとつも無かったから、手持ちの現地通貨が少なければ、たとえ宿泊したくてもできないし、そうなるとやはり彼の誘いを断って一気に国境まで行ってしまったほうがいい。国境であれば、闇両替ができるのだから。

まあ他のバックパッカー達の考えはともかくとして、僕の場合はビザの失効までまだ数日間の余裕があったし、イラン・リヤールも残っていた。ベフナム君の誘いは僕にとって特に魅力的とは思えなかったけれど、頑なに拒否する理由もまた無かったので、僕は宿泊を延長することに決め、今日1日はベフナム君と街を観光することにしたのである。



最初にベフナム君が案内してくれたところは、彼が通っていたという学校だった。ベフナム君のハナシだと今日は授業はやっていないらしい。それじゃあ行ってもしょうがないだろうと思いながらも行ってみると、何故か先生だけは学校にいた。ベフナム君は先生を僕に紹介してくれた。さすがに先生だけあって、英語での会話をすることができる。最初に先生は僕に「どこに泊まっているんだ?」と、訊いてきたので、僕が自分の宿の名前を答えると

「それはいい。良い宿に泊まっているね。」

 と、言う。僕は自分の宿がそれほど優れているとは思っていなかったので、そうなんですか?と、訊き返すと

「うん、そこはこの街で一番安い宿なんだよ。ハッハッハッ!」

 と、先生は笑った。悪気はないのかもしれないが、僕は少し、いやかなり気分が悪くなった。

次にベフナム君が案内してくれたところは『基地』だった。基地というのはもちろん軍が駐留している基地のことである。マークーは国境から目と鼻の先に位置する街だから、軍の施設があっても不思議ではないが、それにしてもそんな場所へ外国人が入っていいのだろうか?そのことをベフナム君に言うと

「全く問題ありません。写真を撮ったって大丈夫ですよ。」

 なんて言う。地元の人間が言うのだから、きっと大丈夫なのだろう。僕達は二人で中に入り、僕は持っていたカメラで基地内の写真をバシバシ撮影しはじめた。するとすぐに基地内の建物から軍服を着た軍人(←あたりまえだ)が、ものすごい形相をしながら飛び出してきた。僕は一瞬、

「撃たれる!」
 
 と、思った。けれども横にベフナム君がいたおかげでなんとか撃たれずにすんだのだが、「フィルムを出せ!」というようなことを命令されてしまう。しかし僕のカメラはデジタルなので、当然フィルムなんて無い。そこでそのことをベフナム君に通訳してもらい、今日撮影した写真のデータをその軍人の目の前で全て消去することで何とか許してもらった。でも許してもらったけれど、そのあと僕達二人はその軍人からメチャクチャ怒られた。軍人の話す言葉はペルシャ語なので僕にはちっとも理解できないのだが、表情を見れば自分が怒られているのは十分にわかった。僕は少し、いやかなり落ち込んだ。



・・・ベフナム君、頼むからもっとフツーの見所に案内してくれないだろうか?なんだかさっきから全然楽しくないぞ。学校とか基地とかそんなところじゃなくて、モスクとか博物館のようなもっと「観光に適した」場所に連れて行ってくれ。僕は本来ツーリスティックに過ぎる場所は敬遠するのだが、この際バカにされたり怒られたりするよりはよっぽどマシだ。金を払ってないとはいえ、一応君を観光ガイドとして雇ったつもりなんだから。しかしそう言う僕に対しベフナム君は

「マークーは小さい街だから、観光用の見所は無いんですよ。」

 と、答えただけった。そんなんでよく「街を案内するから」なんて声をかけてきたものである。マークーを訪れたバックパッカー達がことごとくベフナム君の誘いを断ったのは、彼等にとって案外正しい判断だったようにも僕には思えてきた。しかし僕の場合は今日1日付き合うと約束した以上、そのささやかな義務を果たさなければならない。それで

「それじゃあ、バザールとかは?」
 モスクはなくてもバザールくらいならあるだろうと思って尋ねてみた。

「今は冬だから、バザールはやってないんです。でもイランの商売に関心があるんでしたら、そういう場所を案内しますよ。」

 そう言ってベフナム君は歩き出した。本音を言うと、僕は特にイランの商売に関心があるわけではない。しかしまあ、基地を見学するよりはいいだろう。少なくとも店を覗いていてスパイと間違われることはないだろうから。

それからベフナム君が案内してくれたところは、何故か街のパン屋(というか「製ナン所」と言ったほうがいい)だった。ベフナム君が商売と言っていたので、最初は土産物屋なんかに連れて行ってくれるのかとも思ったけど、考えてみれば観光地じゃないところに土産物屋なんてあるはずがない。しかし、それにしても商売という言葉から「製ナン所」を思いつくベフナム君の連想はすごいと思う。

だってこのパン屋はナンを製造しているだけで、客に食べさせたりはしていないからである。どちらかと言うと商売よりは製造業だと思うのだが。でもまあ、ココは退屈しなかった。パキスタン・イランとずっと世話になってきたナンの作り方もわかったし、写真を撮ってあげたら従業員がチャイをご馳走してくれたし。雪降るイランで飲む熱いチャイは格別なのだ。僕がそのことをベフナム君な言うと、

「チャイが好きなんですか?じゃあチャイハネに行きましょうよ。」

 と、僕に言った。なんだチャイハネがあるなら、先にそこを案内してくれればよかったのに。製ナン所よりはチャイハネのほうがよっぽど商売に近いと思うんだけど・・・。



マークーのチャイハネは他の街のそれと同様に、チャイから立ち昇る湯気、タバコの煙、そして男臭さが入り混じった独特の空気が充満していた。店に入った僕等も早速チャイを注文する。そしてチャイがテーブルに運ばれてきてカネを支払おうとするとベフナム君がそれを押し留め、そしてこう言った。

「あなたは僕のゲストです。お金を払う必要はありません。」

イランに来てから、こういうことは何度かあった。僕はこれまではその言葉に甘えてチャイをご馳走になってきたのだが、今日は一応タダで街を案内してもらっていることだし、そのうえチャイまで奢ってもらってはベフナム君に悪いような気がしたので自分が払うと主張したのだが、結局ベフナム君は僕に払わせてくれなかった。ベフナム君は

「ゲストに払わせるわけにはいきません。たとえゲストが僕よりずっとリッチであっても、自分よりずっと年齢が上の人だったとしてもです。」
 そう僕に言った。

年齢がずっと上?そういえば僕はまだベフナム君の歳を聞いていない。でも僕は彼よりもそんなに年上なんだろうか?僕が見る限りベフナム君は20代前半くらいに見えるけど、中東の人達は東洋人に比べると年齢よりも老けて見えるから、ベフナム君はけっこう若いのかもしれない。

「ねえベフナム君、君は今何歳なんだい?」
 僕は訊いてみた。
「今、18歳です。」
 うっ、そんなに若かったのか。しまった僕は18歳に奢ってもらったことになるじゃないか。
「ということは高校生なのかい?」
 それでも僕は気を取り直して質問を続ける。
「いえ、高校はもう卒業なんですよ。」
「そう・・・それで卒業してからどうするかは、もう決まっているのかい?」
「ええ、もう決まってます。」
「進学するのかい?それとも働きに出るのかな?」
 僕はハナシの流れでそう尋ねた。

「・・・そのどちらでもありません。僕は軍隊に行くんです。これは男の義務なんです。」

 ベフナム君は少し間を置いてから、そう僕の質問に答えた。そして僕等の間には気まずい空気が漂うことになった。



この旅で僕が今までに滞在してきた国々で、徴兵制度が存在する国は無かった。しかしだからといって徴兵制度が現存する国々があるという事について知らないわけじゃなかったし、チベットでは実際に兵役を経験した韓国人とも一緒に旅をしていた。他にもやはり兵役を経験したことのあるイスラエル人と会ったことがあり、彼とは一度それについて話し合って、中東ではイスラエルやシリア、そしてイランに徴兵制度が現存することを教えてもらったりもした。

だけどイランの徴兵制度が10代のうちに経験しなければならないモノだったなんて、そこまで詳しい知識は僕は持っていなかった。だから僕はベフナム君に、「高校を卒業したらどうするんだい?」なんていう、どうしようもない質問をしてしまったのだ。卒業したらどうするのも何も、イランの男の子達は軍隊に行くしかないのだ。

「ワイロを払えば兵役に行かなくてすむって、聞いたこともあるけど・・・。」

 僕は気まずい雰囲気を解消しようとして、そう言ってみた。それは僕自身が調べたことではなくて、他人の受け売りだった。イランのどこかの宿に置いてあった情報ノートに書いてあった内容だったのだ。そしてそれが僕等の間の沈黙を破るのに適したセリフだったのかは自分でも疑わしかったのだが、他に何と言えばよかったのかわからなかったので、僕はそう言ってみたのだった。むろん、そんなことはイラン人であるベフナム君なら当然知っていることなのだが。

「そんなことをよく知ってますね。確かに数年前まではそういうことも可能でした。でも今はお金を積んでも、徴兵を逃れることはムリなんです。以前とは状況が変わってしまったんですよ。」
 沈黙を破った僕に対し、ベフナム君は説明する。

「状況が変わった?」

「ええ、KOGさんだって知っているでしょう?アメリカが僕達の国の事を何と呼んでいるか。」

「それは、ひょっとして・・・」

「ええ、『悪』(evil)」)ですよ。アメリカはイランを『悪』だと言っているんです。」
 ベフナム君は苦々しい表情で言った。

今年(2002年)の1月、アメリカのブッシュ大統領は議会の一般教書演説で、北朝鮮・イラク、そして今僕が滞在しているイランを『悪の枢軸』(axis of evil)だと発言した。ベフナム君はそのことを言っているのだ。

政治の手段として情報統制が行われているというイランで、しかもマークーのような田舎町に住む人間がアメリカ大統領の発言について知っているとは、僕には意外なことに思えた。しかしよく考えてみれば、むしろ国境に近い田舎の街だからこそ案外そういう情報が入り易いのかもしれない。隣のトルコは同じイスラムの国ではあるけれども、情報統制などは行われてはずだから。そして僕がそんなことを考えていると、

「あなたもそう思いますか?」
 ベフナム君が続けざまに質問してきた。

「僕がどう思うかって?」
 僕は訊き返す。

「はい。KOGさんはイランを東の国境からマークーまで旅してきたんでしょう?ブッシュと違って、実際に僕たちの国を端から端まで見てきたわけです。僕は外国人のアナタがイランを見てどんなふうに思ったのかが知りたい。アメリカが言うように、やっぱり『悪の国』に見えますか?」

 ベフナム君は真顔で僕に質問した。それは今日初めて会ったばかりの人間に質問するには少々シビアな内容ではないかとも思えたが、彼の真剣な表情を見ていると、「これは『お茶を濁す』ような答え方は、彼に対して失礼だな。」と、僕は感じた。だから僕は真面目に答えることにした。

「僕はイランが『悪』だとは思わないよ。あんなのは彼等の勝手な言いがかりさ。だいたい実際のイランについて知っているアメリカ人がどれだけいるっていうんだい?」
 そう僕は答えた。

僕は確かにベフナム君が言うようにイランの東から西までの横断を終えようとしている。でも、それでもイランの全ての地域を見たわけじゃない。それに僕はただ旅をしていただけだから、出会う相手は一般的なイラン人に限られたし、ましてや政府の人間なんかとは何の関わりも持たなかった。だから僕は特別自分がイランの国策などに詳しくなったとは思えないのだが、ただそれでも少なくともイランが『悪』だとは思えなかった。だから僕は自分の気持ち正直に答えたつもりだ。

ベフナム君は僕の答えを聞くと、嬉しそうに微笑んだ。それは18歳の青年の笑顔としてはごく普通の表情だったが、もうすぐ銃を手にしなければならない男の表情にしては、僕には少々頼りなくも思えたものだった。

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