「花束の季節」
〜 クロアチア ザグレブ 〜

クロアチアへやって来てすぐに気がついた事は、なんといっても旅行者の多さである。セルビア・モンテネグロ・、ボスニアヘルツェゴビナに続いて旧ユーゴ圏の国はこれで3カ国目になるが、過去のふたつの国では旅行者なんてほとんど見かけることはなかった。しかし現在滞在している首都のザグレブでは(これといった見所も無いというのに)、街のあちこちで沢山の旅行者を見つけることができる。

おそらくこれらの旅行者は世界遺産で有名なドブロブニクを持つアドリア海沿岸へ向かう観光客か、もしくはそこでの観光を済ませてきた人達なんだろうけど、それにしてもそういった多くの観光客を受け入れる態勢ができている国というのは、実にギリシャ以来のことである。

例えば僕は今ユースホステルに滞在しているが、セルビア・モンテネグロやボスニア・ヘルツェゴビナにはそんなものは存在しなかった。(少なくとも僕が探した限りでは、みつけることはできなかった。)また、英語の通用度もベオグラードやサラエボに比べて段違いに高い。

それからクロアチアはユーゴスラビアから独立する際に内戦に陥り、首都ザグレブもセルビア軍の攻撃を受けたらしいのだが、ザグレブの街並みを見ていても、「かつてこの国で戦争があったんだ」と感じさせるようなモノは全く無い。そのあたりも空爆や包囲攻撃で破壊された建物がいまだに残されているベオグラードやサラエボとは大きく異なっている。

そう考えてみると今のクロアチアは旧ユーゴ圏というよりも、むしろ西ヨーロッパ諸国に非常に近い気がする。まだ西ヨーロッパに足を踏み入れたことのない僕が言うのも説得力に欠けるが、活気のある街並みからは旧共産圏独特の立ち遅れた暗い雰囲気は全然感じられないし、「年中無休・24時間営業の郵便局」などを見かけたりすると、特定の分野においては日本よりもはるかに先を行っているような感じがして、「本当にここは社会主義国家だったのだろうか?」と、思わず疑ってしまう。



そしてそういう活気のある街は歩いていても楽しかった。このところ歩けば歩くほど心重くなるような街が続いていたので、その反動があったのかもしれないけれど、僕はザグレブの街をかなり積極的に歩きまわった。昼間は大聖堂へ行ってはマリア像を眺め、マーケットへ行っては露店をひやかした。夜は12時を過ぎてもまだ営業しているショッピングセンターへ行ったり、インターネットカフェへ行ったりした。深夜でもトラム(路面電車)は走っているし、治安も全く問題なかった。

ザグレブの街を歩いて一番目に付いたのは、なんといっても「花屋」である。とにかく花屋が多い。きちんと店舗を構えている花屋だけなら、その数は他の街とそれほど大差ないと思うのだが、この街では何故か市場から路上まで至る所に花屋があふれている。そしてそういった花屋の共通しているのが

「主にチューリップを販売している」

 ということだった。どこの店でも何故かチューリップばかり売っていた。ひょっとしたらチューリップはクロアチアの名産なのだろうか?それはザグレブに何故これほどの花屋があるのかという疑問と同じように僕を悩ませたが、その答えは少しすると意外に簡単に見つかった。とある花屋の看板に

「聖ヴァレンタイン」

 という単語が書いてあるのを見つけたのである。僕はその看板を見て思わず納得し、二つの疑問が一度に解けたことにひとり喜んでいた。

どうやら今はヴァレンタインの季節で、花屋は「プレゼント用」としてチューリップを販売しているようだった。市場や路上にチューリップを売る店が多く存在するのも、おそらくこの期間限定のことなのだろう。なんだか「クロアチア版・冬の風物詩」みたいだけれど。

それから僕は試しに腕時計についているカレンダーを確認してみると、今日が2月14日であることがわかった。日本にいた頃は2月14日が近づいてくると、僕も普通の男性なので少しはソワソワしたものだけど、長く旅していると年中行事に対する関心が薄くなるのだろうか、2月14日がヴァレンタイン・デイであることなんて、毎日カレンダーを見ていても全然思い出すことはなかった。まあ別にヴァレンタインといっても特に深い思い入れがあるわけじゃないから、忘れていても何も問題ないのだけれど。

いやむしろ今年に限っていえばこうやって旅をしているせいで、誰からもチョコレートをもらう予定は無いわけで、あるいは忘れていたままほうがずっと良かったかもしれない。これでも去年までは会社員をしていたので、毎年同僚の女の子達などがチョコレートをくれた。それが今年は急にゼロになるのだから、その差は大きい。

ちなみに女の子達がくれたチョコレートのほとんどは『義理チョコ』だったのだが、それにしても考えてみると義理チョコというのは誰が思いついたのか知らないけれど実に奇妙な習慣だと思う。ヴァレンタイン・デイというのはそもそも「恋人達が愛を誓う日」ということで始まったらしいのだが、どうやら時が経つにつれてその基本理念も拡大解釈されたみたいだ。女性達のなかにも

「義理チョコなんて習慣、早く無くなればいいのに。」

 なんて思っている人も大勢いるかもしれないが、もしそうだとしたら僕としてはそういう習慣は無くなっても全然かまわない。女の子からプレゼントをもらう機会がひとつ減るのは少し寂しい気もするけど、こちらもホワイト・デイにお返しをしなくて済むので金銭的にはありがたいし。



そんな義理チョコに関する考察はともかく、今年は旅のせいでチョコレートが全くもらえないのは残念だが、考え方によってはその旅のおかげで今こうしてクロアチアのヴァレンタイン風景をナマで見ることができるというのは、案外ラッキーなことではないだろうか?クロアチアはキリスト教国なので、日本とは違ったいわば「本場のヴァレンタイン」が見れるのだから。去年のクリスマスみたいにイランのようなイスラム教国に滞在していたら、こうはいかなかっただろう。

そういうわけで僕はヴァレンタインにあやかって商売している店などを積極的に見て廻ることにした。自分は参加できないけれども、本場のヴァレンタインを雰囲気だけでも味わい、それが日本とはどのように違うのか、また似ている部分もあるのかについて知ろうと思ったのだ。とりあえずクロアチアではヴァレンタインにチューリップを贈るのはわかったが、それ以外にもいろいろと調べてみたい。

ザグレブのメインストリートを歩いているだけでも、ヴァレンタインの飾り付けをしている店は沢山あった。なかにはヴァレンタイン関連商品だけを集めて扱っている露店などもあって、そういうところをのぞくとチューリップからチョコレートも含めたキャンディ・ボックスまで、とにかく赤やピンクに彩られた可愛らしい商品で小さな売場がヴァレンタイン・カラー一色に染められている。

こういうのを見るとクロアチア人がヴァレンタインのプレゼントに利用するのはチューリップだけでなく、日本人のようにチョコレートも贈っていることがわかる。日本でヴァレンタイン・デイにチョコレートを贈るようになってしまったのは製菓業者の営業戦略のせいだという説もあるが、本場ヨーロッパでもチョコレートはちゃんと利用されているのだ。



それからいろいろと店を眺めながら歩いていると、時々そこで働いている店員のオジサンやらオバサン達から

「ハナ、ハナ!」(花、花!)

 なんて日本語で声をかけられることがよくあった。きっとクロアチアは日本人観光客も相当に多いのだろう。でもちょうど良い機会だったので僕は足を止め、声をかけてきたの店員のオジサンとハナシをすることにした。彼はもちろん「ハナ」以外の日本語は知らなかったのだが、英語でコミュニケーションすることについては全く問題なかった。

「どうだいハナ(花)を買わないか?」
 ハナシを始めると、どういうわけかオジサンは僕にチューリップの購入を勧めてきた。

「いや、こう見えても僕は男ですから。」
 恐らく冗談のつもりなのだろう、僕は笑いながら断った。

「それは見ればわかる。男だから何だというんだね?」

「だからつまり・・・、僕はプレゼントされる側の人間なんです。」

「何を言っとるんだ。プレゼントは男から渡すものだろう。」

「えっ、そうなんですか?だってヴァレンタインですよ?」
 
「ああそうだ、ヴァレンタインだ。日本のことはよく知らないが、クロアチアのヴァレンタインでは男が女にプレゼントすることになっているぞ。」

 ・・・・・そんなこと全然知らなかった。ひとくちにヴァレンタインといっても、どうやら国によっていろいろなやり方があるようだ。そうなると、『郷に入っては郷に従え』といようなコトバもあることだし、オジサンが言うように僕のほうから女性に何かプレゼントしてもいいのだが、しかし残念なことに僕にはクロアチアに女性の知人がいなかった。いや女性に限らず、そもそもクロアチアに知人というものが全然いなかった。

一応、宿に帰ればブルガリアからずっと一緒に旅をしているT沢クンがいるけれど、いくらヴァレンタインにいろいろなやり方があるといっても、「男から男にプレゼントを贈る」のもやはりどうかと思うし、そんなことをして事情を知らないT沢クンに誤解を与えてしまうのも嫌だったので、結局僕はチューリップは買わないことにした。来年のこの季節に自分がどこの国にいるのか今のところサッパリわからないけど

「今度こそ異性の知人がいる国にいるようにしよう」

 店先に並ぶ花束を見ながら、僕はそんなことを考えていた。


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