「硬座で筆談」
〜 中国 蘭州 〜

列車の切符を買うために駅で時刻表を調べて『K427次快速』という列車があるのがわかった僕は窓口に行き、中国人の列に加わり順番待ちをした後、

「我要至格爾木的票硬座K427次」

 と、書いたメモ帳を服務員に見せた。こんないい加減な中国語で本当に切符が買えるのかと、我ながら疑問だったけど。

蘭州は大都市ではあったが、駅には外国人用窓口が無い。つまり通常の窓口を利用してキップを購入しなければならないのだが、おそらく英語は通用しないだろう。でも僕の話す中国語はそれに輪をかけて通用しないと思ったので、

「ゴルムド(格爾木)行きK427の硬座のキップが欲しい」

 と、自己流の中文(中国語)で書いた文章を窓口で見せたのだ。窓口にいた女性の服務員は疑わしそうな目で僕とメモ帳をそれぞれ一瞥したが、すぐにキップを売ってくれた。僕の中国語は何とか理解してもらえたようだ。もちろん手数料もかからなかったし、全く申し分なかった。ただひとつ、僕が硬座を選んだという事をのぞけば。



中国の列車には4種類の座席の種類がある。値段が高いほうから順に、軟臥・硬臥・軟座・硬座とあって、軟臥・硬臥は寝台で、軟座・硬座は座席だ。上海から蘭州に来るときは硬臥という、日本で言うところの「二等寝台」を利用した。二等といってもエアコンは機能しているし、割り当てられたベッドには枕と布団があって、僕にとっては十分快適だった。それが今回格爾木へ行くのに際して、夜行列車にもかかわらずわざわざ硬座という下のランクの座席を選んだのは、その料金の安さのためだった。

硬臥は下のランクの寝台だが、それでも料金は実に硬座の三倍以上。前回は中国で列車に乗るのは初めてだったので奮発してしまったが、今度は二度目なので安く抑えたかった。格爾木までは17時間と決して短い時間ではないけれど、1泊ぐらいなら座席でも大丈夫だろうと思ったのだ。でも僕が自分の楽観的観測が間違いだったと気付くまでに、それほど多くの時間はかからなかった。

硬座とはいえ指定席なので「座れない」という事態はないのだが、それが列車に乗り込むのに急ぐ必要は無いという事にはつながらない。問題は荷物なのだ。僕はバックパックひとつを網棚に載せただけで事は済んだのだが、向かいの席の中国人夫婦はまるで「私達これから夜逃げするのです」とでもいうように、大量の荷物を抱えていた。彼らは急いで網棚のスペースを確保しようと懸命になっていたが、全ての荷物を載せるのはとても無理なように思えた。網棚のスペースは限られているし、彼らの荷物はとても二人分とは思えない。それを無理に詰め込むのは「たとえ毛沢東でも不可能だろう―」少なくとも僕にはそう思えた。主人のほうは大きな古びたトランクやら風呂敷包みやらを何とかして詰め込もうと頑張っていたが、なかなか思うようにいかない。早くあきらめればいいのに、僕はそう思いながら彼の作業を見ていた。そして彼は詰め込み作業を一時中断した。あきらめたのかな?僕はそう思ったが、彼はまだあきらめていなかった。彼は作業の仕方を変えることにしたのだ、どちらかといえば悪い方向に。彼は限られたスペースに荷物を詰め込むのではなく、スペースを広げようと考えたのだ。彼の手は僕のバックパックに伸びた―。

僕はバックパックが落ちてこないように、細い網棚に対して平行に置いていた。しかし彼は僕のバックパックを掴むと網棚に対して垂直に置き換え、空いたスペースに自分の荷物を押し込んだ。彼の荷物は見事に網棚に収まったが、そのせいで僕のバックパックは半分網棚から飛び出して宙に浮いていた。何だか今にも落っこちてきそうだ。僕は彼のほうを見て思った。「彼は毛沢東を超えるかもしれない・・・」また、僕は自分のバックパックを見つめながら、「これが落ちてきて頭に当たって怪我をしたら、保険が降りるだろうか・・・」とも考えていたが、考えたところでどうにもなりそうになかったので、潔くあきらめることにした。

その夜逃げ夫婦・・・じゃなかった、中国人夫婦は荷物を載せて満足すると、席に座って果物やらお菓子を食べ始めた。それは別に構わないのだが問題はその後で、彼らは食べ終わったゴミを袋にも入れずそのまま床に放り投げていくのだ。主人の方はタバコを吸い始め、吸殻もゴミ同様に床に投げ捨てられていく。また当たり前のように床に唾を吐く・・・。

少し離れた席では何故か宴会が始まっていた。酒を飲みながら大声で歌を唄い、とても楽しそうに騒いでいた。周りの乗客からすればいい迷惑だと思うのだが、それを止めさせようと声をかける者は誰もいなかった。中国の列車の旅では日常的な光景なのかなとも思ったが、よく考えてみれば前回の寝台車両ではこんなことしている連中はいなかった。あるいは硬座車両特有の現象なのかもしれない。日本の新幹線でこんなことやったらすぐに車掌が飛んでくるだろう。

煙草のケムリ、アルコールの混じった空気、食べかすの臭い・・・そして意味のわからない歌声と赤ん坊の泣き声によって、車両には中国的カオスが形成されていく。僕の足元は煙草の吸殻、果物の皮、吐かれた痰唾に占領されつつあった。僕は極力気にしないように努めていたが、敵はあまりにも強大ですぐにノックアウト寸前に追い込まれてしまった。もし僕が白旗を持っていたら、たぶん全力で振り回しただろうと思う。

やがて夜も遅くなると車内も次第に落ち着いてきた。外の景色も見れなくなれば、あとは寝るだけだ。僕はヘッドホンステレオで音楽を聴きながら目を閉じる。シートは3人がけだが実際に3人座るとかなり窮屈で、横になることはもちろん身体を自由に動かすこともできない。向かいの席の夫婦はぐっすりと眠り込んでいて、主人の方は大きないびきをかいていた。

僕はなかなか寝付くことができなかった。無理な姿勢で寝ようとしていたというのもあるが、それよりも寒さのほうがかなりこたえた。窓際の席だったので入ってくるすきま風が下半身(ジーンズをはいていたのだが)に当たっていたのだ。それで着ていたゴアテックスのウェアを脱いで膝にかけたのだが、そうすると今度は上半身が寒くなる、という有様だった。列車は既に標高は2000m以上の高地を走っており、それが寒さにいっそうの拍車をかけていた。寝台車両ではないのでエアコンもない。僕は「やっぱり硬臥にするべきだった・・・。」と思ったが、もちろん後の祭りだ。それでも寝ないと明日の宿探しに響く。何とか寝れるように僕は固いシートで身体を抱えた。

結局僕は深夜に何度も目を覚ましたせいで、数時間しか眠ることができずに朝を迎えることになった。半分寝ぼけた状態で窓の外を見ると、そこには荒涼な風景が見えた。

僕は席を離れて洗面所で顔を洗った後、車両の端にある給湯器で持ち込んでいたカップラーメンにお湯を注いだ。席に戻ってできあがったラーメンをすすっていると例の夫婦も起き出して、主人のほうは眠たそうに煙草に火をつけた。周りの人間が食事をしている間ぐらいは吸うのをやめてほしかったが、聞き入れてもらえるとは思えなかったので、あえて何も言わなかった。車両の天井付近の空気は昨夜から乗客が吸い続けた煙草のケムリのせいで、白くくもっていた。

僕の隣には赤ん坊を抱えた若い女性が座っていた。煙草のケムリは赤ん坊には良くないと思うのだが、その女性は特に気にしていないように見えた。何かのきっかけで僕らは言葉を交わすようになったのだが、僕が外国人だとわかると興味がわいたのか、いろいろなことを訊かれた。ただ、お互いに話し言葉は理解できないので筆談でやりとりすることになった。僕は彼女の質問に対して

「我不明日中文」 (中国語がわかりません)
「我是日本人」 (日本人です)
「我未婚」 (結婚していません)
「我去至格爾木」 (ゴルムドまで行きます)

などと書いて答えた。中国語の文章としては間違っていたかもしれないが、それでも僕の言いたいことは相手に伝わったようだった。

11時頃、列車は格爾木駅に到着した。格爾木はこの路線の終着駅なので、全ての乗客がここで下車する。ホームに降りた僕は身体の節々が痛かったが、身体を伸ばして深呼吸をした。

「空気がこんなにおいしいなんて」

そんなふうに感じたのは本当に久しぶりだった。

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