「スモッグの空」
〜 中国 蘭州 〜

「コロニーじゃ空気にだって税金がかかるんだ!」

これは僕が子供の頃に好きだったTVアニメ『機動戦士ガンダムZZ』の中の、スペースコロニーに住む主人公のセリフだ。当時僕はこのセリフを聴いて、「空気に税金をかけるなんて許せないよなあ。」なんて考えていた。そして大人になってからはどうかというと、僕はスモッグに遮られた太陽の下を歩きながら、

「マトモな空気を吸えるなら、ガンダムの主人公だって税金を払っても構わないって、きっと思うはずだ・・・。」

 なんて考えている ― そう、この蘭州という街で。

僕は上海駅から夜行列車に乗り、15時間かけて甘粛省の省都である蘭州にやってきた。僕が上海の次に訪れる場所としてこの蘭州を選んだのは、決して観光のためじゃなかった。蘭州には黄河以外に見るべき観光スポットと呼べるものがほとんどなく、旅行者が訪れるのに適しているとは言いづらい。ハッキリ言って観光ガイドブックのライターが見所を書くのに困るような街である。

僕が蘭州に来たのは、この街が優れた交通の利便性を持っているからだった。中国のほぼ中央に位置し、鉄道を利用するにせよバスを利用するにせよ、蘭州では多くの選択肢の中から次に進む街を決めることができる。僕はいわば次の目的地までの「中継地点」として蘭州に来ようと思ったのだ。

駅前の宿に1泊した翌日、僕は意外にも朝早く目を覚ました。(といっても9時頃だけど。)上海にいたときと同様、蘭州でも特にすべきことは何もない。かといって一日中部屋でゴロゴロしているのも退屈なので、黄河だけでも見てこようと街へ出た。地図を見ると、黄河は、駅から約3キロメートル北を流れている。3キロというのは微妙な距離だ。バスを使ってもいい距離だけど、ヒマなので歩いて行くことにした。



「それにしても環境が良くない。」

およそ1時間かけて黄河に着いたときに僕が考えていたことは、川についてではなくて大気についてであった。それというのも街を歩いただけでも空気の悪さが実感できたうえに、天を見上げれば晴れているのにもかかわらずハッキリしない空色が目に映ったからだ。そして肝心の黄河といえば、「茶色く濁った、ただの大きな川」にしか見えなかった。僕はガッカリして繁華街へ戻ることにした。

繁華街を歩き続けていると、お腹が減ってきた。僕は旅行中、一日に三度の食事を取るということはない。理由は節約のためだが、だいたい正午頃に朝食を兼ねた軽い昼食を取り、夜に割としっかりとした夕食を取るというのが僕のパターンだ。

時計を見ると確かにお腹がすきそうな時間になっていた。適当な店をさがさなければならない。

大通りを折れて路地に入ると店を構えずに料理を出している ― 要するに屋台が沢山並んでいるところを見つけた。僕は立ち並ぶ屋台のうちの一軒で昼食をとることにした。屋台の主人に

「ニイハオ!」
 と声をかけてからケースの中の麺を指差し、続けて
「多少銭?(いくら?)」
 と尋ねると、屋台の主人は
「1元30角だよ。」
 と、答えてくれた。

1元30角というのは日本円で約20円に過ぎない。僕はあまりの安さにとてもビックリしたが、とりあえず一皿注文してみる。

出てきた料理は、日本で言うところの「冷やし中華」に近い汁麺だった。少し辛かったが、とてもおいしく食べることができた。僕が主人に料理の名前について尋ねたところ、
「涼面」
 だと、教えてくれた。分量も値段の割りには十分で、屋台でこれを食べていれば節約のためにすきっ腹を抱える事を避けられそうだと思うと嬉しくなった。

食後も僕は散歩を続けることにした。繁華街のデパートに入りウィンドウ・ショッピングをしたり、通りに立ってヒューマン・ウォッチングをしたりして時間をつぶした。満足のいく昼食を取れたからだろうか、期待していた黄河にガッカリさせられた気分もいくらか持ち直していた。

夕方頃になると、僕はさすがに歩くのに疲れてきた。それで僕は通りで見つけたジュース売りの屋台で休憩することにした。屋台は中年の女性と、その娘と思われる少女の二人が切り盛りしていた。いや、「切り盛り」という表現は的確じゃないかもしれない。何故ならこの屋台はとても繁盛しているようには見えなかったからだ。少なくとも僕が屋台のベンチに座ってジュースを飲んでいる間、他の客は一人も現れなかった。

娘の方は店番が退屈なのかどうかわからないが、ノートと本を広げて何か勉強をしているようだった。僕が勉強する彼女の姿を見ていると、彼女のほうから話しかけてきた。だけど残念ながら僕は中国語ができないので彼女の言っていることがまるでわからない。それで僕はガイドブック取り出し、「旅の中国語」というページを開いて、それを参考にしながら彼女との簡単な会話にチャレンジした。しかしながらやってみると僕の中国語の発音は全くどうしようもないらしく、会話中に何度も彼女が僕の間違った発音を矯正してくれた。最後には彼女は自分の勉強を中断して僕のガイドブックを取り上げては文章を読み上げながら、僕に中国語の授業までしてくれた。まったくこれではどっちが大人かわからない。

そんなことをしながら1時間も屋台で休んでいると、空も暗くなってきたので僕は彼女に礼を言って屋台を後にした。そして彼女のおかげで楽しく過ごせた1時間に満足して宿へ帰った。

ガイドブックによれば、

「蘭州は中国でも有数の工業都市として発展した。また、その発展は大気汚染などの公害問題を引き起こした。」

 とある。この記述は本当に正しい。ただ、僕ならもっと違う書き方をすると思う。

「蘭州は、ガンダムの主人公に『空気に税金をかけても構わない。』と思わせるような街です。また、安くておいしい涼面が食べれて、勉強熱心で笑顔のステキな女の子に出会える街です。」

こんなふうに書くだろう。

それが僕の蘭州だ。

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