「やれやれ、やっと普通の道になってくれたか・・・。」

 ウガンダ西部カバロレ県の主要都市であるフォートポータルを出発して2時間、コンゴ民主共和国と隣接するブンディンブギョ県に入ると、乗っていたピックアップ・タクシーは遅まきながら平地を走るようになり、僕は荷台の上でようやく一息つくことができた。

ここまでの道はとにかくひどかった。フォートポータルから僕が目指す『村』までは、クルマでおよそ2時間30分ほどの距離なのだが、その2時間30分のうちのほとんどは、アフリカでも有数の標高を持つルウェンゾリ山塊を(山塊の比較的低い部分ではあるが)越えるために費やされる。

ルウェンゾリ山塊はかつてナイルの水源「月の山」ではないかと推測されたことがあり、今では万年雪を冠する頂がアルピニストによってその美しさをを称えられている。

しかしその美しさとは裏腹に、山塊越えの道程は険しい。舗装されていない山道は急勾配で、長く曲がりくねっている。おまけにピックアップ・タクシーの狭い荷台には30人以上の地元住民が隙間無く詰め込まれていて、誰一人座ることができない。山塊越えの坂道は上りと下りを繰り返すのだが、揺れる荷台で立ったままバランスを保つのは難しく、自然と隣の乗客の服や腕を掴むことになる。おかげでクルマがカーブに差し掛かるたびに、遠心力に揺れる荷台で誰も望まない「押し競饅頭」を体験させられることになった。

ピックアップから振り落とされないようにするのが精一杯で、山塊の美しさを眺めたり、カメラを取り出して景色を撮影する余裕は全くない。僕にできたのは隣の乗客にしがみつきながら、やけっぱちな気分でビートルズの「ロング・アンド・ワインディング・ロード」を唄うことだけだった。このピックアップ・トラックに乗る唯一の外国人が歌を唄っている事を地元ウガンダ人乗客達がどう思っているのかなんて、全然気にならなかった。もうそのくらいやけっぱちな気分だったのである。



僕が目指す『村』が存在するブンディンブギョ県は隣国コンゴに拠点を持つ反政府武装勢力がしばしば侵入する。ちなみに僕が所持している欧米人向けのガイドブックは、ウガンダ = コンゴの国境付近とウガンダ = スーダンの国境付近(このエリアでも別の反政府武装勢力が活動している)の地域を

「Bordering On Madness(狂気の国境)」

 と呼んでいる。あと付け加えると、これまで東アフリカでミッシングした(行方不明になった)旅行者は、そのほとんどがコンゴ民主共和国との国境付近で消息を絶っているという。日本国の外務省にしても、このブンディンブギョ県については

「渡航の延期をお勧めします。滞在している方は、退避手段等についてあらかじめ検討してください。」

 という、僕がこれまでに訪れた数多くの国々と比べても、かなり高いレヴェルの危険情報を発出している。それにもかかわらず、そして白状すると僕の場合は『村』に至るまでの道のりがとてつもなく大変であることを事前に集めた情報からわかっていたのにもかかわらず、このブンディンブギョ県にやって来た。その理由は、どうしても

『ピグミーに会いたかった』

 からである。



ピグミーとはアフリカ大陸中央部の熱帯雨林で生活する狩猟採集民族で、僕がエチオピアで会ったムルシ族やバンナ族と同じ、「マイノリティ(少数民族)」である。ただ、彼等にはムルシやバンナと違うところがあって、それはピグミーという言葉がけっこう外国人に知られている点である。実際

「ムルシやバンナなんて聞いたことが無い」

 という日本人でも、ピグミーという言葉なら耳にしたことがあるという人は多いと思う。では何故アフリカの少数民族のなかでも彼等の名が比較的知られているのかというと、それは彼等の身体的特徴に因るのである。ピグミーは時に「小人族」などと呼ばれることもあり、成人してもその身長が150cmに満たない。世界には数多くの民族が存在するが、このような身体的特徴を持つ民族は、かなり珍しい。

僕はエジプトのアスワンでヌビア族の村を訪ね、エチオピアのカイ・アファールではバンナ族の集まる市場に行き、ケニアのナイロビでは出稼ぎのために村から出てきたマサイ族に出会った。アフリカに来てからマイノリティに大きな関心を持つようになった僕にとって、ウガンダに行けばピグミーに会える可能性があるとくれば、そのチャンスを逃すことはどうしてもできなかったのである。

ブンディンブギョ県に入り、マトモな道を30分ほど走ると、村のような場所で停車する。僕はここでピックアップを降り、少し歩いてピグミーの集落へと到着。カンパラやフォートポータルで見かけたウガンダ人の住居とは比べ物にならないほど粗末なつくりのそれが立ち並んでいる。

集落の入口に立って様子を眺めていると、中年の男性が僕に近づいてくる。見たところ身長は140cm〜150cmくらい。上半身は裸の上にかなりくたびれた背広を着用という、かなり奇妙な服装だった。

「ウェルカム、私はこの村のキングだよ。」

 キングは王様というよりもむしろ部族の長という意味に近いのだろうが、いずれにしてもそれが開口一番に英語でなされた自己紹介だった。それに対して僕は、「背広を着た狩猟採集民族なんているのだろうか?確かに外見から予測できる年齢のわりに身長は低いけれど、本当にこの人はピグミーなのだろうか?」と、内心は不安に思いながらも

「ここはピグミー村ですよね?」

 と、付加疑問文で尋ねると

「そのとおり。ではまず最初に20,000シリングを支払いなさい」

 と、僕に向かって言うのだった。



「やれやれ、これじゃあオモ川流域のムルシ族のときと全く一緒じゃないか。」

 僕はキングに20,000ウガンダ・シリング(約1,200円)を支払いながら、そう思っていた。実を言うとお金を要求されるとは考えてもいなかったし、ピグミーに何かを恵んでやるためにここに来たわけではなかったので、僕は最初は支払いを断った。しかしそうしたところ、キングは僕に1冊のノートを手渡した。そしてそのノートを開いてみたところ、そこにはこれまでこの集落に来た外国人の名前と、彼等がお金を支払ったことが記帳されていた。見るとけっこうな人数の外国人の名前が書かれている。そのほとんどは欧米人だったが、日本人の名前も幾つか書かれていた。それらの名前を見ながら僕は

「こんな辺鄙なところまで来る外国人がいるものだな」

 と、自分の事を棚に上げて、そんなことを思っていた。キングの説明によれば、お金を支払わなければ集落へ立ち入ることは許されないが、逆に支払えば集落での滞在はもちろん、集落の様子や村人達の姿を、いちいち村人達の許可を取ることなく何枚でも写真に収めてもかまわないという。ようするに20,000ウガンダ・シリングは「入村料」みたいなものなのだ ― そう割り切ることにして、僕はお金を支払うことにしたのである。

お金を支払うと、キングは集落についていろいろと説明してくれた。集落では現在75人のピグミーが生活している事、昼間は成人男性のうちの何割かは村に働きに出ている事など。それを聞いて僕は「狩猟採集民族がどうして村に働きに出るのだろうか?」と疑問に思ったので、その点についてキングに率直に質問したところ、狩猟採集だけで生活できていたのは昔のハナシで、今では男が働きに出るだけでなく、農作物の栽培なども手がけているし、家畜も飼っていると、彼は答えた。

集落についての説明が終わると、キングは住民達に僕を紹介する。そして紹介されながら僕は村人達の姿を見る。子供は裸が多く、大人は大抵服を着ているが、確かにみんな小さい。女性や子供が小さいだけなら特に驚きはしないが、大人の男性でも身長が低い。

しかしいくら「小人族」と呼ばれることがあるくらい小さいといっても、(あたりまえのハナシだけれど)ディズニー・アニメの白雪姫に出てくる「七人の小人」のような、手の平サイズというわけではない。大人の身長はだいたい120cmから150cmといったところだろう。

僕は日本人男性のなかでは、どちらかといえば身長が低いほうだが、今こうやってピグミーの人達に囲まれてみると、やはり自分の身長が一番高かった。これまでの人生において「クラスの中で最も背が高い」というような経験をしたことがない僕なので

「ピグミーの集落にでも来なければこういう経験はできなかっただろうな・・・」

 などと感慨深く思っていたら、ちょうどそのとき集落の隅を身長175cmぐらいの黒人男性が歩いているのが僕の視界に入った。それで不思議に思った僕はキングの背広の袖を引っ張り、その背の高い黒人男性の存在を彼に気付かせた上で

「ねえ、キング。あの人すごく背が高いけど、どうしては彼はあんなに背が伸びたの?」

 と、質問すると

「あれはピグミーじゃなくて、村のウガンダ人だから。」

 と、僕に答えた。キングに詳しい説明を求めると、このエリアは本来ウガンダ人の村であり、その村の一角にピグミーの集落があるという事実を教えてくれた。なるほど、男性の何割かは村に働きに出ているとのことだったが、その人達はきっとウガンダ人のところで働いているのだろう。



キングからいろいろと説明を受けた後は、自由に集落を歩かせてもらうことにする。集落にいるピグミーは女性が多かったけど、どうやら皆「自分達を見に来た外国人」にはもうかなり慣れているようで、いちいち僕の存在に気を使うことはしない。ある女性は家事をし、またある女性は子供の世話をしたりと、普段どおりの生活をしているように見える。

しかしそれとは対照的に、若い男性のピグミーについては、けっこう積極的に僕に話しかけてくる。しかもかなり流暢な英語を操る者が数名いたことには、少なからず驚かされた。ウガンダはかつてイギリスの植民地だったので、ウガンダ人が英語を話すのはごく普通のことである。僕も別に驚いたりしない。でもピグミーまでもが英語を使っていることには、正直意外な印象を受けた。あと困った事として、そういう英語を話す男達から

「ガンジャ(マリファナ)買わないか?」

 などと声をかけられたりしたのには、正直困ってしまった。僕はそっちのほうは全然興味が無いので断ったけど、でもそのせいで「キングが言ってた農作物の栽培って、まさか大麻のことじゃないよな?」なんて勘ぐってしまう。いずれにしてもここのピグミーはマイノリティには違いないのだが、英語を話したり商魂たくましかったりと、どうやら一般市民化が進んでいるようだ。

まあそんなわけで、男性のピグミーばかりと関わっているとなんだかロクなことになりそうにない気がしたので、彼等とは少し距離を置いて、今度は女性のピグミーを追いかけることにする。

そうしたところ、ちょうど食事の準備をしている女性を見かけたので、彼女が料理するのを見学させてもらう。ちなみに彼女が扱っていた食材は「調理用バナナ」である。これはウガンダ人にとっての主食であり、すり潰してから蒸すことによって、現地の言葉で「マトケ(matoke)」呼ばれる料理になる。

どうやらピグミーもウガンダ人と同様にバナナを調理して食べるようだが、僕もこの料理にはカンパラやフォートポータルで何度もお世話になった。ピグミーがどうやってマトケを食べるのかは知らないが、町の食堂で注文すると、「matoke with chicken」、「matoke with beef」というように、肉入りのソースがつくことがほとんどである。日本人にとってのお米と同じで、マトケだけで食べることはしない。

ちなみに味に関しては、こう言ってはなんだが正直僕にはあまり美味しいとは感じられなかった。それならどうして「何度もお世話になった」のかというと、実はこのマトケ、店で注文すると1食の量が非常に多く、おまけに腹持ちも良いのだ。なるべく食費を節約したいと考えていた僕には、まさにうってつけの料理だったのである。



その後も引き続き集落にいるピグミー女性が家畜(ヤギ)の世話をしているところや、子供達が遊んでいる様子を眺める。しかしそうしているとすぐに英語を話す若い男性のピグミーが間に入ってきて、「カネをくれないか?」、「土産物を買わないか?」などと言ってきて、本当にしつこい。もうあまりにしつこくて

「タバコくれないか?」

 と、手を差し出してきたときには、根負けして1本あげてしまった。お金だったら既にキングに20,000シリングも払っているから当然断るけど、タバコについては「1本くらいならいいか」と思ってしまったのである。また、「1本あげればある程度満足して、僕にまとわりついてくる事もしなくなるのではないか?」と、僕が希望的な予測をしたからという理由もあったけど。

僕からタバコを受け取ったピグミーはマッチを持っていなかったので、僕がライターで火をつけてあげた。ピグミーはタバコを吸い込むと、美味しそうに煙を吐く。彼は僕にマリファナの購入を勧めてくるくらいだから、当然タバコの吸引にも手馴れていた。それからそのピグミーはタバコを吸い終えると、とても満足そうな表情を見せながら

「モンキー・ハンティングを見せてやるからついて来いよ」

 と、僕に言ったのだった。そのお誘いが「タバコのお礼」のつもりなのかどうかは、よくわからかったけど。



「いったいどうして『猿』を狩らないといけないのだろう?」

 タバコをあげたピグミーからハンティングに誘われてから30分後、ジャングルの中を歩く僕は、そんな疑問が頭から離れなかった。ピグミーがもともと狩猟採集民族であるからには、彼等が狩りをする事についてとやかく言うつもりはない。いや、むしろどんどん狩りをやってもらいたい。訪れた外国人から入村料をとるよりは、狩りで捕らえる獲物を生活の糧にするほうが、よっぽどピグミーらしい生き方ではないか?と、僕はそう思う。でも

「でもどうして猿なのだろう?」

 そこが僕にはよくわからない。彼等にとって狩猟採集の目的は、「食料を手に入れる事」のはずだ。しかし猿って食べられるのだろうか?そこのところが疑問なのである。アフリカに限らず、他の大陸でも狩猟をする人達は沢山いる。でも対象は小動物なら鴨や兎、大型動物ならイノシシやシカといったところだろう。猿を狩るなんて聞いたことが無い。

ジャングルは険しかった。最初のうちは獣道のようなルートを歩いていたのが、奥へと進むうちに道は消え、そのうちに完全な密林となった。

今、僕の前を歩くピグミーの両手には弓矢が握られている。ちなみその弓矢は彼が、「土産物を買わないか?」と言って僕に売りつけようとしたものである。土産物として販売するような道具で本当に動物を仕留めることなんてできるのだろうか?なんだかとても頼りなく感じる。

その後も二人でジャングルを歩き続けるものの、モンキーは僕等の前にその姿を現さず、また現れそうな気配も無かった。密林をただ歩いているだけでは、さすがに僕も飽きてくる。なので僕が退屈しのぎのつもりで

「In the jungle the mighty jungle the lion sleeps tonight... In the jungle the quiet jungle...」

 と、ザ・トーケンズの『ライオンは寝ている』を口ずさんだら、「静かにしないとモンキーが逃げるだろ!」と、ピグミーから厳しく注意されてしまった。「逃げるも何も、最初からモンキーなんてどこにもいないじゃないか・・・」と、思いつつも、一応ピグミーに謝る僕。退屈したり、怒られたりと、もう踏んだり蹴ったりである。最初は「狩猟民族がハンティングをするところをナマで見られる機会なんて、そうそうあることじゃないぞ。」なんて意気込んでジャングルに入ったけれど、こんなことになるくらいならモンキー・ハンティングなんて断ればよかった。このままだと、「ポジティブな行動がいつも良い結果を出すとは限らない」という、その典型的な例になりそうだった。



時間が経つにつれ、そして奥へ進めば進むほど、ジャングルはその密度を増していく。もし今ここで一人にされたら、はたして自力で集落まで戻ることができるか、ちょっと自信がない。ピグミーが僕を置いていなくなるとは思えないけど、いつまでもたっても猿はみつからないし、行き先不透明な状態が、次第に僕に余計なことを考えさせ始める。

「このまま歩き進んで、知らぬ間にコンゴに入ってしまったりはしないだろうか?」

 ピグミーにとっては気にならないことかもしれないが、コンゴのヴィザを所持していない僕にとってそれは不法入国にあたる。もちろんジャングルの中に国境警備はいないだろうから、不法入国を咎められる可能性は限りなく低い。だがこのエリアはなんと言っても、『狂気の国境』である。国境警備の代わりに反政府武装勢力がいないとは言い切れない・・・そんな事を考えていると、ピグミーが突然振り返り

「今日はダメだ。モンキーが見つからないよ。もう帰らないか?」

 と、僕に向かって言ったきた。そしてそう言われた僕はすぐさま彼の提案に賛成した。正直、もう猿なんてどうでもいいから、ピグミーの集落に戻りたかった。いや、もうこの際ピグミーの集落なんていわずに、ブンディンブギョ県を出てフォートポータルに帰りたかった。カバロレ県に戻るにはピックアップ以外に方法は無いし、もう一度あのルウェンゾリ山塊を越えるのは確かに骨が折れるだろうけど、でも猿を追いかけて「狂気の国境」をさまようよりは、トラックの荷台にスシ詰めになるほうが、よっぽどマシだと思うから。


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