スーダン行きの定期船については、その乗船中に散々悪口を言ったけれども、最後の最後になって

「これはけっこう気が利いているじゃないか」

 と、僕等が感心させられた唯一の事は、スーダンの『入国審査』である。実はスーダンの入国審査は下船前に、船内のオフィスで済ますことができたのだ。正直に言うと僕等は事前にそのことを全く知らなかった。でも下船前に流れた、入国審査を促す船内放送にフィリップが気が付いたおかげで、僕等は「不法入国」という間違いを犯さずに済んだのである。

僕等が昼前に下船した船着場はワディ・ハルファだったが、しかしその中心部からはかなり離れていた。それで僕等は下船した乗客を待ち構えていたピックアップに相乗りし、街まで行くことにする。ピックアップは走り出してから少しするとカスタム(税関)に立ち寄ったが、僕達外国人旅行者に対してのチェックは形式的なもので、ほとんど何も調べられなかった。

カスタムの後、ピックアップは街に向かって再び走り出す。乗っていた荷台から目を凝らしていると、遠くの丘に寄り添うように存在するワディ・ハルファの街を見つけることができたが、それはどうひいき目に見ても街とは呼べないような気がした。何故なら遠くから見ても、その規模の小ささが簡単に把握できたからである。

僕が所持している欧米人向けのガイドブックはワディ・ハルファのことを「town」と表記していたが、街というよりは「village」と表現するほうが正しいように、僕には思えた。

街に到着し、その中心部でピックアップを降りた僕等は、ひとまず宿を探すことにする。僕はエジプトのカイロにあるバックパッカー宿に滞在していた時に、このワディ・ハルファに関する情報を少しばかり得ていたので、その作業はそれほど難しいことではなかった。僕等は容易く安宿を見つけると、金を払ってすぐにチェックインした。

宿の部屋はシンプルなものだった。いや正確にはシンプルというよりは、「シンプルすぎる」と表現すべき部屋だった。何しろ部屋には「床が無かった」のである。一般的な宿では床があるべきところに、この部屋では床の代わりに「砂」があった。ようするに砂漠の上に壁と屋根だけ設置したのが、ワディ・ハルファの安宿なのである。今まで窓が無い部屋とかトイレが無い部屋とか、様々な部屋に宿泊したことがあるけれど、床が無い部屋なんてさすがに初めてだ。「シンプル イズ ベスト」という言葉があるけれど、シンプルさもここまでくると、本当にベストなのだろうか?と、思わす考えこんでしまう。

あとついでに言うと、部屋にはベッドも無かった。しかしこれについては「屋外に」見つけることができた。この地域の夏の暑さはすさまじいものがある。部屋にはもちろんエアコンやファンなどというものは無かったから(床すら無いのに、そのような電機製品があるはずもない。)、室内では暑くてとても寝られないということなのだろう。

先日まで滞在していたエジプトのアスワンも砂漠のなかに存在する街だったけど、インフラが整っているせいか街の中にいる限りは砂漠を感じることは少なかった。でもワディ・ハルファはそうじゃない。本当に「砂漠の〜」という形容がマッチする集落なのである。



僕等日本人3人はこのワディ・ハルファでこの日のうちにフィリップと、そしてスラーカとも別れることになった。フィリップにしろスラーカにしろ当面の目的地は僕等と同じで首都のハルツームなのだが、そこに至るまでのルートと方法が僕等日本人3人とは異なっていたからだ。このワディ・ハルファからハルツームまで公共交通機関を利用して陸路で移動する方法は3種類あるのだが、フィリップ、スラーカ、そして僕等はそれぞれ違う方法を選んだのである。

まずフィリップはこのワディ・ハルファから南方に向かって広がっていくヌビア砂漠を迂回し、ナイル川に沿って点在する街や村にひとつひとつ滞在しながら、ハルツームまでバスで移動するという。時間はかなりかかるけど、なかなか面白そうなルートである。

それに対してスラーカが選んだ方法は、フィリップと同様にバスを使用するのであるが、そのルートはヌビア砂漠の中央を縦断し、ハルツームまで最短距離で移動するというものだ。この方法だと24時間程度で首都に到着できるということである。しかし砂漠の中央はナイル川から数百キロも離れており、またその間に街や村などもほとんど無いことから、途中で水や食料を確保するのは非常に難しい。そして何より砂漠を走るバスので何十時間も過ごすというのは、想像しただけでも苦しくなる。

そして最後に、つまり僕等日本人が選んだ方法ということになるが、それは「列車」だった。この移動手段はスラーカのルートと同様にナイル川から離れてヌビア砂漠の中央を縦断し、ハルツームまで到達するというものである。かかる時間は2泊3日とバスに比べて長くなってしまうが、安全面や快適さ(それとも苦しさと言うべきか)の観点から言えば、バスで砂漠を縦断するよりはかなりマシなはずである。



今日のうちに出発することにしたというフィリップとスラーカがそれぞれバスで街を出ていくのを見送った後、僕等はハルツーム行きの列車の切符を買いに、駅へと行くことにする。ワディ・ハルファの駅は船着場と同様、これまた街からかなり離れた場所にある。普通、駅を持つ街というのは駅を中心にして広がっていくケースが多いのだが、どうやらワディ・ハルファの場合はそのケースには当てはまらないようである。ちなみに街の中心から駅まで砂の上を約1時間歩くことになった。気温はおよそ50℃で、1時間歩くだけでも身体にはかなりこたえる。

「随分と寂しい場所だな」

 これが最初に駅を見たときの僕等の率直な感想である。まず周辺に何も無いことが(砂漠はある)、駅を寂しく感じさせている大きな要因なのは間違いない。しかしそれだけではなく、駅そのもののみすぼらしさもまたこの場所の寂しさを増長させていた。

例えるなら、核戦争後の近未来を舞台したSF映画なんかによく出てきそうな荒廃した街の駅である。人影は無く、見捨てられてしまったような印象を受ける。

でも実際には、駅には人がいた。駅員一人だけだったけど。こんな駅だから「ひょっとしたら無人駅じゃないのか?」と疑いたくなるところだが、一応ワディ・ハルファ駅はこの路線の終着駅だから、無人駅であるはずがない。駅事務所のような部屋でその人物を見かけた僕等は早速、明日のハルツーム行き列車の切符の購入したい旨を告げる。僕等が持っていた情報では、列車はエジプトからの定期船がワディ・ハルファに着いた翌日に出発することになっていたので。

しかし残念ながらその試みは最初からあっけなく躓くことになる。駅員が切符を売ってくれないのである。そして更に問題なのは、何故この駅員が切符を販売してくれないのかがわからないことだった。その理由は駅員が全く英語を理解しなかったからである。彼に理解できるのは「イエス」と「ノー」ぐらいのものだった。彼は僕等の質問に対してアラビア語でまくし立てるが、僕等のなかにその言語を理解できる者もまたいなかったので、切符は例えば

「出発当日でないと販売しないから」

 ノーなのか、あるいは

「既に完売しているので」

 ノーなのか、それとも

「そもそも明日は列車は運行しないから」

 ノーなのか、そのあたり事がさっぱりわからない。何しろこの駅員、「トレイン」とか「チケット」といった比較的平易な英単語さえ理解してくれないのだ。まあ僕等のほうもアラビア語が全然できないので、お互い様といえばお互い様なのだが、いずれにしてもこれでは質問するにも限界がある。とりあえず僕等は今日切符を購入することをあきらめ、いったん街に戻り改めて今後の僕等の行動について考えようということになった。



街に戻った僕等は直接宿には帰らず、2時間ほど前にスラーカとフィリップを見送ったバスターミナルに立ち寄ってみた。運悪く列車に乗れないという状況に陥った時の事を想定して、ハルツーム行きのバスの情報だけでも仕入れておこうと思ったからである。

そして僕等はそこで意外な情報を手に入れる。実はハルツーム行きのバスは1日に数便あり、しかも今日のうちにもう1便が出発するというのである。明日になったとしても列車に乗れるという確実な保障はない。それならば少々厳しい行程でも、バスを利用したほうが良いのではないか?僕等3人は列車とバスの二つの案を比較検討した結果、今日のバスを利用することに決めた。

それから僕等はすぐさま宿へ帰り、事情を説明して一度支払った宿泊代金を払い戻してもらう。そして荷物を抱えて再びバスターミナルへ行き、ハルツーム行きのバスチケットを買った。結局僕等はスラーカの後を追うことになったのである。

バスターミナルでハルツーム行きのバスの出発を待つ者は、僕等以外にも数十名がいた。その内訳は多くの黒人と、一部のエジプト人である。バスの出発を待っている間は他に特にやるべきこともないので、僕等は彼等とハナシをしたり写真を撮らせてもらったりして時間を潰す。彼等にとっても僕等のような東洋人はイレギュラーな存在のようで、けっこう珍重がられた。

しかしそんなコミュニケーションのやり取りも、さすがに数時間も続けていると次第に飽きてくる。バスの出発時間についてチケット係りに尋ねてみても、「今日中には出発するよ」としか言わない。周りの乗客に同じ質問をしたところ、どうやらまだ空席があるらしく、それがうまらない限りは出発しないのでは?という回答だった。どうやら長期戦になりそうな様相だけど、まあ今日中に出発できるのであれば、それでかまわない。

バスターミナルでただひたすらバスの出発を待っていると、突然に1匹のサソリが出没した。僕等日本人3人はそれについてかなり驚いたが、周りの黒人達は特に騒ぎもせず、逃げ回るサソリを追いかけ回し、そして靴の裏で踏み潰していた。それも数人がかりで何度も踏みつぶしていた。それが、「サソリは危険だから即殺すべき」と本能的に出た行動なのかどうかについては、よくわからなかった。なんだか楽しんで殺しているようにも見えたし。

そうこうしているうちに、次第に陽も暮れかかってきた。僕等はさすがに不安になり、「本当にバスは今日出発するのか?」と、再度チケット係りに質問する。係りは「大丈夫だ」と答えるが、最初の頃と違ってその答え方がいまひとつ自信無く見える。大丈夫なのだろうか?



夜の7時頃、昼間から計算して5時間以上も待ったけれども、結局今日のうちにハルツーム行きのバスは出発しないということになった。「約束と違うじゃないか」とチケット係りを問い詰めてみても、どうにもならない。僕等3人はこのような事になるのではないかと薄々感じてはいたけれど、実際にそうなってみると、少なからず落ち込んだ気分になった。僕等は別に一刻を争うような旅をしているわけではないけれど、それでも半日の時間を無駄にしたことに変わりはないのだから。

でも僕等と同じようにバスを待っていた周りのスーダン人達は、今日のうちにバスに乗れなかった事をそれほど気にしてはいないように見える。「まあ、こういうことはよくあるしね。」というような表情で、それぞれバスターミナルから消えていく。彼等が今夜をどのように過ごすのかについては、よくわからなかった。宿に泊まるのかもしれないし、知人の家にでも滞在させてもらうのかもしれない。

僕等自身の今夜の予定については、すぐには定まらなかった。バスが出発しないことが決まったからには、ワディ・ハルファのどこかで夜を明かさねばならない。一番最初に思いついた案は、宿に泊まるというものだった。しかし一度チェックインしておきながらそれをキャンセルしてカネを払い戻させた宿に再び泊まるというのは、どう考えても格好が悪かった。

その次に僕等が考えたのは、いっそこのバスターミナルで野宿するというものだった。宿に泊まったところで寝るのは屋外に置かれた例のベッドだし、それならばここで野宿するのもさして変わりはないのでは?と、思えたのである。バスターミナルに屋根のある場所は無かったが、この砂漠の土地で雨の心配は無用だ。それにここで寝れば翌日のバスを逃すこともないし、宿代を浮かすことにもなる。僕等はそれを強引に一石二鳥の案だと考え、野宿をすることに決めた。

しかしそう決めたはいいが、僕にはまだひとつだけ、どうしても心配を拭いきれないな事があった。それはサソリについてである。僕はサソリの生態について特別詳しくはないけれど、それが夜行性であることぐらいは知っていた。昼間でも一匹見かけたぐらいだから、夜間ならもっと出てくるんじゃないかと思ったのである。それでその事を他の二人に言ったところ、M人クンが

「僕、虫除けスプレー持っているよ。」

 と、答えた。それから彼はバックパックから大人3人が充分に横になれそうな大きさの敷物を取り出してそれを砂の上に広ると、その周りに虫除けスプレーを散布し始める。僕は彼の準備の良さに感心しながら、その行動を眺めているだけだった。そしてスプレーをまき終えたM人クンが

「敷物の周り全てに虫除けスプレーをかけたから、きっとこれで大丈夫だよ。」

 と、僕とR輔クンに向かって言った。たぶん、これで大丈夫なんだろう。もしサソリが虫だとすれば。


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