時刻は19:00頃、成田空港内にあるコンチネンタル・ミクロネシア航空のチェックイン・カウンターでマジュロ環礁行きのボーディングパスを受け取ったとき、僕はただただ驚いていた。成田発グアム行きのパス以外に、更に5枚ものパスを手渡されたからである。僕はそれらのパスをしげしげと見つめながら

「なるほど、これがアイランドホッパーというやつか・・・。」

 と、まだ機上してもいないのに、なんだか妙に納得した気持ちになっていた。



今回の旅行の目的地はマーシャル諸島共和国の首都であるマジュロ環礁だ。マーシャル諸島について地理的な説明を加えるならば、「ハワイとグアムの間に位置する島国」といったところだろうか。日本から渡航する場合にはまずグアムへ行き、そこからハワイ行の飛行機に乗ることになるのだが、

その飛行機が「アイランドホッパー」と呼ばれるシロモノなのである。僕が受け取った5枚のパスがそのことを実によく示していた。ちなみに、パスの内訳は以下のとおりだ。

 グアム発 - チューク行
 チューク発 - ポンペイ行
 ポンペイ発 - コスラエ行
 コスラエ発 - クワジェリン環礁行
 クワジェリン環礁発 - マジュロ環礁行

 つまり、僕が乗る飛行機はグアムからマジュロ環礁へ渡るのに、5つもの島々に着陸するのである。僕自身は飛行機を乗り換えるわけでもないのに。

このように、複数の島々を渡り飛ぶその様子から、この路線を航行する飛行機はアイランドホッパーと呼ばれているのだが、世界的にみても稀有な乗り物であることは間違いない。

僕はそんな5枚のボーディング・パスをグアム行きの飛行機の中で何度も見返していた。グアムに到着したのは深夜の1時すぎ。成田から乗り込んだ多くの日本人観光客は手続きを済ませて空港から出ていったが、早朝のアイランドホッパーに乗継ぐためだけにグアムに来た僕は、そのまま空港内のベンチで仮眠をとることにした。



アイランドホッパーは夜明けと同時にグアムを発つ。飛行機はジェット機だけど、ジャンボではない。僕の座席は当然エコノミーだけど、ジャンボジェットのエコノミーと比べてもかなり狭い。 僕はそれほど身体が大きくないので何とかなるけれど、周りの座席の南方系の大柄な(特に横方向に大柄な)乗客達を見ていると、さすがにかなり窮屈そうだ。

グアムを出発してから1時間ほどの飛行でミクロネシア連邦のチューク諸島(旧トラック諸島)に到着。チュークが目的地の乗客を降ろすと、それから40分ほどかけて貨物の積み下ろしが行われる。目的地がチューク以遠の乗客はどうなるのかというと、半数は機内で待機。そして残りの半数の乗客が強制的に飛行機を降ろされて、機内の保安チェックが行われる。降ろされる乗客は空港の待合室で待機。チケット、パスポート、そして全ての手荷物を持って飛行機を降りないといけないのだが、ミクロネシア連邦への入国審査はない。 ちなみに降機を指示された乗客が機内に居残ることはできないのだが、その逆は問題がない。機内待機を指示された乗客でも、外の空気が好いたいとか、トイレに行きたいとか、待合室の売店を利用したいとかで、希望すれば降りることができる。

貨物の積み下ろしを終えるとチュークからの新規の乗客を乗せて離陸。そして2時間ほど飛んで、今度はミクロネシア連邦のポンペイ(旧ポナペ )に到着。ここでまたチュークと同じことを繰り返す。そしてポンペイからの新規乗客を加えて離陸。 それから1時間ほど飛んで三つ目の島、ミクロネシア連邦のコスラエ島に到着。ここで再々度同じことを繰り返し、コスラエ島からの乗客を乗せて離陸。

2時間ほど飛んで、次に到着したのはマーシャル諸島共和国のクワジェリン環礁。クワジェリン環礁は米国の軍事基地になっているので、機密保持を理由に希望しても乗客は降りることができない(もちろん、ここから乗る新規の乗客もいない)。但し、貨物の積み下ろしだけはこれまでと同様に行われる。おそらくは軍事物資ではなくて、基地関係者の生活物資だと思うけど。

ここではけっこう長く(1時間くらい)貨物の積み下ろしを行ったあとに離陸。機内では3回目ぐらいの機内食(軽食)が出る。ちなみ内容は3回ともハンバーガーで、このあたりはいかにもアメリカの国内線っぽい。 それから1時間ほど飛んで、僕の目的地であるマーシャル諸島の首都があるマジュロ環礁(Majuro Atoll)に到着。

グアムを出発したのは早朝だったが、その飛行距離は1,900マイルしかないというのに、マジュロ環礁に到着したときは(時差のせいもあって)もう既に日が落ちていた。

もし、「またもう一度アイランドホッパーに乗ってみたいですか?」と質問されたとしたら、素直に首肯することは難しい。陸路の旅に比べればずっと楽なのは間違いないし、飛行時間を合計してもたいした長さではないのだけれど、いろいろな島々で着陸・貨物の積み下ろし・離陸を繰り返したので、それを含めるとかなりの時間になってしまい、ただ座っているだけだというのに、なんだかかなり疲れてしまった。

一般的な飛行機の旅行とはかなり趣を異にするものなので、飛行機マニアにとってはかなり興味深い乗り物なのだろうけど、僕のようなごく普通の旅行者にとってみれば、アイランドホッパーは「面倒くさい飛行機」というのが正直な印象だった。



1週間という休暇でどこの国へ行こうかと考え、最終的にマーシャル諸島共和国と決めたのだけれど、実を言うとそこには「どうしてもマーシャル諸島に行きたい!」というような強い願望や熱意は全くなく、どちらかと言えばそれは消極的な取捨選択の繰り返しの果てにマーシャル諸島に決まったというのが正直なところだった。

旅の目的はあくまで、仕事で溜まった疲れを取ること - そのために、「@南国のビーチでのんびりしたい」、決まっていたのはそれだけだった。そしてその大前提に更に幾つかの条件を加えていった。条件を加えるごとに、対象となる国は絞られていった。

A日本から1日以内で行ける、B僕がこれまでに行ったことがない、C(日本人観光客が少ない)静かなところ

 僕が加えていった条件は上記のとおりであった。グアムやサイパンは日本から近いところがメリットだったが、Cの条件が満たせないために候補から外されていった。パラオやフィリピンも同様に、Cの条件のために候補から外された。

そんなふうにして絞り込みを進めていったところ、条件を満たす国は次第に僅かとなっていき、そして最後に残ったのがマーシャル諸島だったのだ。マーシャル諸島はリゾート地としての一面も持ち合わせている国ではある。しかし訪れる外国人旅行者の目的は観光ではなく、多くの場合ダイビングだ。これならビーチでツーリストが寝転んでいたりすることもなければ、しつこく声をかけてくる物売りや客引きもいないだろう - そんな思惑から僕はインターネットで現地のホテルの予約とアイランドホッパーのチケットの手配をしたのだった。

そんなマーシャル諸島の首都マジュロだったけれど、海を除けばとことん見どころのない環礁だった。来る前には日本でマーシャル諸島のガイドブックを購入しようと思ったのだが、実際にはそんなものは存在しなかったので(あのロンリープラネット社でさえマーシャル諸島のガイドブックは制作していない)、僕はインターネットで僅かな情報を集めた程度でこの環礁にやって来たわけなのだが、こうして来てみてると

「ここまで何も無いと確かにガイドブックは作れないよな」

 と素直に感心してしまうほどに何もない場所だということを理解することが出来た。滞在期間中に一度だけホテルでレンタカーを借りて(何故か国際免許証を所持していなくても簡単に借りることができる)、環礁をぐるっと1周してみたのだが、それも3時間程度で済んでしまい(この環礁の陸地面積は約10平方キロメートルしかない)、しかも見所は何もないということを再認識させられただけであった。市街地周辺を除けば海は本当に美しかったけれど。

そんなわけで僕がやっていた事と言えば、気が向いたときに乗合タクシーを使って滞在しているホテルがある市街地を離れて誰もいない海辺で珊瑚礁を眺めながらぼーっとして過ごすか、持参した道具を使ってシュノーケリングをするぐらいのものだった。

けれども、それはそれで悪くなかった。いや、むしろ僕にとっては望むところだった。だって僕はリラックスするためにここへ来たのだ。日本も仕事も忘れて海を眺めながらとことんのんびりすればいいのだ - そんなふうに考えていた。でも少し滞在してみると、僕の思惑とは反対に、マジュロ環礁には日本を連想させる事象が意外にも多く存在することを知ることになった。



現在のマーシャル諸島共和国を含むミクロネシア地域ががかつて日本の委任統治領であった事はもちろん僕も知っていた。でもそれは60年以上も前のことだから、今では日本を感じさせるものなんてほとんど無いだろう - そう僕は考えていたのだけれど、実際にはそれは思い違いであった。

例えば食事。僕は滞在期間中、ホテルでは朝食だけを摂り、昼食と夕食は外食するようにしていたけれど、せっかくの海外旅行なのだからと、よくローカルフードの食堂へ足を運んでいた。するとそこで見せてもらったメニューには「Sashimi(刺身)」とか「Ramen(ラーメン)」といった料理名が(アルファベットではあるけれど)日本語の言葉のままに記載されていたし、ご飯ものの料理もあった。ローカルフードが目的だったので、注文はしなっかったけど。

また、「KLG」というフライドチキンのファストフード店ではチキンやハンバーガーの他に、『巻きずし』をいたって普通に提供していた。今まで様々な国々で様々なファストフード店を利用したけれど、チキンやハンバーガーと一緒に寿司を出す店は初めてだった。これには僕もちょっと驚いてしまい、思わず注文してしまったのだが、食べ始めてから

「コーラと寿司は合わない」

 という、落ち着いて考えれば、試して食べてみなくてもわかりそうなことに気付かされた。寿司自体の味は満足いくものだったのだが。

この国には稲作に適した土壌がないから、米は輸入に依存しているはずである。しかしそれでもマーシャル諸島でこれだけあたりまえのように和食を見かけることから考えると、日本の統治下にあった影響は60年経った今でも根強く残っているのだなと、寿司を食べながら僕は思っていた。

それから、日本の統治下にあった影響を感じさせるものは何も食事だけではなかった。あるとき僕は市街地にあるグラウンドで若い男達が草野球をやっているのを見かけた。そしてそれを見学していたら、同じように僕の近くで見学していた男がプレーしている男達を指さしながら、「ヤキュウ(野球)」と僕に教えてくれたのである。その男は「ベースボール」という言葉ではなく、「ヤキュウ」という日本語の単語を使ったのだ。

マーシャル諸島は独立国だが、それ以前はアメリカの信託統治領だったために、今でもアメリカの強い影響下にある。国内で使用されている通貨は米ドルだし、英語はこの国の公用語だ。しかし小学校から英語を学ぶこの国で、「ベースボール」ではなく「ヤキュウ」という言葉が普通に使用されているのを耳にしたとき、食事とか言葉の他にもまだまだ日本の統治下にあった影響を受けている何かがあるのではないだろうか?と、僕は思うようになった。そしてその予想が当たっていたことを、僕はマーシャル諸島での最後の滞在日に知ることになった。



マーシャル諸島での最後の滞在日、宿泊していたホテル近くの海岸を散歩していたときの事だ。僕は小さな女の子達が海岸で砂遊びをしているのを見かけた。そんな子供たちの様子を写真に撮影していたら、(恐らく離れた場所から僕のことを見ていたのだろう、)子供達の保護者らしき年配の女性がやってきて、僕に声をかけてきた。いかにも南方系の女性らしい、ふくよかな体系の女性だった。

僕等はお互いに挨拶し、僕は自分が日本から来た旅行者であることを伝えると、彼女は自分のことを「ヘンリー」と名乗った。そして彼女は何故か僕に興味を持ったらしく、「近くに私の家があるから遊びに来て。そこでお話しましょう。」と、誘ってくれたので、遠慮なくお邪魔することにした。

彼女の家に招待されていくと、そこにはミス・ヘンリーのご主人がいた。そこで僕等は3人で話をする。だいたいはヘンリー夫妻が僕に質問をして、僕がそれに答えるというパターンだった。最初のうちは「マジュロにはいつまで滞在するのか?」とか、「どこのホテルに宿泊しているのか?」とかいう、旅先でのありがちな質問だったけど、そのうちに日本での家族構成とか僕が就いている仕事の事とか、打ち解けたプライベートな話もするようになっていった。ちなみに僕が写真を撮っていた女の子達はヘンリー夫妻のお孫さんなのだそうだ。

それから僕等はかなり長い時間を費やして話をしていたが、いつまでもお邪魔しているわけにはいかなかった。僕は今夜の便でマジュロを発つので、その前にパッキングやチェックアウトの手続きなど、済ませなければならない用事が幾つかあったからだ。そのことをミス・ヘンリーに伝え、出会った記念に彼女とお孫さん達の写真を撮影させてもらった。そして撮影した写真をデジタルカメラの液晶モニター彼女達に見せたところ、ミス・ヘンリーが僕に

「私の目、あなと同じね。」

 と、写真を見た感想を述べた。

「僕と同じ?」

 僕がそう訊き返すと

「ほら、私の目、この子達と違って細いでしょう? 私にはあなたと同じ、日本人の血が流れているからなのよ。」

 ミス・ヘンリーは『マイ アイズ』という言葉を使って、そう僕に説明した。そこで僕は彼女が何を言いたいのか、やっと理解できた。彼女は日系人だったのだ。写真を見るとミス・ヘンリーの目はお孫さん達のそれと比べて確かにかなり細かった。同じく日系人であるはずのお孫さん達の姿からは日本人を連想することは難しかったが、恐らく世代を重ねるうちに、血が薄まっていったためなのだろう。

それからミス・ヘンリーは僕に対して自分の生い立ちを語ってくれたのだが、正確に言うと彼女はクォーターだった。祖父が日本人で、今でこそヘンリーという名字だが、結婚する前の旧姓は「KISHIWA(岸和)」だったということなど、包み隠さず教えてくれた。また彼女の説明によれば、彼女のように「家系を何世代か遡れば日本人に当たる」という人はマーシャル諸島では決して珍しくないのだそうだ。

そんなミス・ヘンリーの話にもっと耳を傾けていたかったが、残念ながらもうタイムリミットがきていた。日本を出国するときにはもう既に帰国の予定が決まっていることが短期旅行の大きなデメリットだが、仕事をしている今の自分にとって、それはどうにもできないことだった。僕はミス・ヘンリーに「帰国したら写真を送ります」と伝え、夫妻の家を後にした。



夜、マジュロに到着したハワイ発グアム行きの飛行機に乗り込んだ。往路と同様の路線でグアムへと戻るのだが、復路は夜間飛行のために景色を眺めることはできない。でもその代りに眠ることができるし、考え事をすることもできる。僕の場合は考え事をしていた。

ミス・ヘンリーが初対面の僕をいきなり自宅に招待したのは、恐らくは僕が日本人だったからなのではないだろうか? マジュロの住民がフレンドリーなのは短い滞在でも肌に感じることができた。しかし、いくらなんでも初めて出会った外国人を片っ端から自宅へ招き入れたりすることはしていないはずだ。

ローカル食堂やファストフード店で和食を見かけときにもこの国と日本との繋がりを感じさせられたけれど、ミス・ヘンリーと出会ったことはそれ以上だった。仕事や日本を忘れるためにこの環礁へやって来た僕にとって、彼女との出会いは僕を当初の目的とは全く反対の方向に導くことになったけれど、「こういう短期旅行も悪くないな」と、飛行機の中で僕はそんなふうに考えていた。


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