旅の読書

 
図書室
 
今回の旅ではいろいろな国でいろいろな旅行者と何度も本を交換した。それらの本は実に様々だった。日本から持ってきたばかりという真新しい本があれば、沢山の旅行者を渡ってボロボロになった本もあった。つい最近刊行された本もあれば、100年前の「名作」といわれる本もあった。

このページでは僕が旅先で読んだ本を紹介したいと思います。本の感想も書いてますけど、あくまで僕の主観です。妙な事が書いてあっても、あんまり気にしないで下さいね。

僕が旅を始めたとき、バックパックの中には以下の2冊の本が入っていた。この後、どう変わってゆくのだろう?


村上 春樹
スプートニクの恋人
ジョージ・オーウェル
動物農場
「22歳の春にすみれは生まれて初めて恋に落ちた。広大な平原をまっすぐ突き進む竜巻のような激しい恋だった。それは行く手のかたちあるものを残らずなぎ倒し、片端から空に巻き上げ、理不尽に引きちぎり、完膚なきまでに叩きつぶした。」 「一従軍記者としてスペイン戦線に投じた著者が見たものは、スターリン独裁下の欺瞞に満ちた社会主義の実態であった…。寓話に仮託し、怒りをこめて、このソビエト的ファシズムを痛撃する。」
 
日本から持ってきた本のうちの1冊。日本の大阪港と中国の上海港を結ぶフェリー蘇州号での船旅で読んだ。主人公である語り手の「僕」が思いを寄せる「すみれ」は22歳で初恋をするのだが、相手は10歳も年上で既に結婚しており、付け加えるなら「同姓」だった・・・。物語の序盤から読者をグイグイ引き込んでいくが、物語の舞台がギリシャに移ってからは「うーん・・・。」何だかよくわからないうちに物語が終わってしまう。やっぱり村上春樹の小説は初期のものが面白かったなー、ハッキリ言って。
 
日本から持ってきた本のもう1冊。蘇州号は2泊3日の船旅だったのだが、太平洋上で低気圧に巻き込まれてしまった。甲板で日光浴したりビールを飲んだりするのを楽しみにしていたのだが、それもできなくなってしまい、左記の本に続いてこれも船の中で読み終えてしまった。大揺れの船の中で読み続けたせいで、船酔いしたけど。歴史上実在したスターリンやトロッキーをモデルとした豚を中心に、動物たちが「平等」を掲げて人間の支配から独立するのだが、最終的には豚が他の動物達を支配するという、ロシア革命を皮肉ったおはなし。



中国 格爾木でF原クンと交換
ジェイムズ・ヘリオット
犬物語
「一生に一度だけ吠えた犬。乳母車に乗った犬。家のごみ箱あさりが好きな犬――。50年間の獣医生活の中で著者が出会った犬たちの、ユーモラスで心暖まるエピソードを選りすぐった傑作集。」
中国で読んだ本。僕は日本でこのような「動物モノ」の本を手にする事は皆無なので、とても新鮮だった。旅先で本を交換すると、こんな感じで自分の好みとはかけ離れた本を読んだりすることになる。でも僕は可愛い犬達を主人公にしたハート・ウォーミング・ストーリーを読みながら、「中国人は犬を食べるんだよなー。」なんて考えていた。中国の犬鍋屋で料理が出てくるのを待ちながら読むのには適さない本かもしれない。


チベット ラサでY樹クンと交換
村上 龍
希望の国のエクソダス
「2002年、一斉に不登校を始めた中学生がネットビジネスを展開し、遂には世界経済を覆した! 閉塞した現代日本を抉る超大型長篇」
ネパールのルンビニにあるお寺に泊まらせてもらっていたときに読んだ。「著者はこの小説を執筆するにあたって、官僚や為替ディーラーなど多岐にわたって徹底した取材を行った」というだけあって、「へッジファンドによる通貨投機」とか「ジャパン・プレミアム」というような経済用語が高頻度で出てくる。こういう本は日本にいるときに(あるいは百歩譲ってバンコクとかクアラルンプールとかにいるときに)読むとしっくりくるのかもしれないが、まわりを原っぱに囲まれたのどかなネパールの田舎町で読んでいても「・・・それが何だっていうんだ?」という気持ちになってしまった。これではイケナイ。経済の勉強のつもりで読めばよかったのかも・・・。そうすれば、インテリ青年を装って「素敵なチャイハネを見つけたんだけど、よかったらそこでアジア通貨基金構想について話さないか?」とネパールの女の子をデートに誘えたかもしれない。相手が付き合ってくれるかどうかはわからないけれど・・・。


インド バラナシでS介クンと交換
宮部 みゆき
『レベル7』
「レベル7まで行ったら戻れない―。謎の言葉を残して失踪した女子高生。記憶を全て失って目覚めた若い男女の腕に浮かび上がった「Level7」の文字。少女の行方を探すカウンセラーと自分たちが何者なのかを調べる二人。二つの追跡行はやがて交錯し、思いもかけない凶悪な殺人事件へと導いていく。」
インドのコルカタにいるときに読んだ。この小説のメインの舞台は患者を薬漬けにしてしまう病院というコワイ設定だから、もしこの本を日本で読んでいたら「すごいハナシだなー」なんて感じたのかもしれないが、インドではガンジャ(マリファナ)やチャラス(ハシシ)にハマってしまったバックパッカーを日常的に見かけるし、安宿というのはマラリアなどの病気を患ってしまった旅人が結構いたりして野戦病院みたいなので、思いっきり身近に感じてしまう内容だった。インド的サスペンス小説といってもいいかもしれない・・・。600ページを超える長い小説だけど、コルカタには3週間滞在したので、苦もなく読み終えた。


インド コルカタでH厚クンと交換
ジャック・ヒギンズ
『神の最後の土地』
「インディオと白人の対立が続く第二次大戦前のアマゾン。流れ者の若きパイロット、ニール・マロリーは、密林の上空で第一次大戦の撃墜王サム・ハナと出会った。やがて彼はハナの空輸業に手を貸し始めるが、折しも大事件が勃発する。伝導団本部がインディオに襲われ、修道女たちが虐殺されたのだ。インディオを制圧すべく遂にブラジル政府軍が出動、政府に雇われたハナ、妹の修道女の安否を気遣う女性歌手ジョアナらと共に、マロリーも流血の闘いに巻き込まれていくが……。大自然を舞台に、情感豊かに描くヒギンズ初期の傑作航空冒険アクション 。」
イランで読んだ本。インドで交換した本を何故イランまで手に取らなかったのかというと、本を交換したH厚クンが「ショボい本で申し訳ないんだけど・・・」と言っていたので、後回しにして他の本を読んでいたからである。しかしカスピ海沿岸のラシュトという街でついに他に読むものが無くなってしまって読み始めたところ、そんなにつまらなくなかったので(そんなに面白くもなかったけど)結構速いペースで読み終えた。ところでこの小説にはやたらとセックス・シーンが出てくるんだけど、イランという国はコーランの教えを厳格に守る政教一致の体制だから、ポルノ的描写なんて絶対に許されない。だから国境の係官に「これはどんな内容の本なのだ?詳しく説明しなさい。」などと尋ねられたらどうしよう?と思っていろいろと対策を考えたのだが、結局荷物を調べられることはなかった。


インド デリーで日本人旅行者と交換
遠藤 周作
『深い河』
「愛を求めて、人生の意味を求めてインドへと向かう人々。自らの生きてきた時間をふり仰ぎ、母なる河ガンジスのほとりにたたずむとき、大いなる水の流れは人間たちを次の世に運ぶように包みこむ。人と人のふれ合いの声を力強い沈黙で受けとめ河は流れる。」
上の紹介文からはこの本がどんな小説なのかを想像するのは難しいんじゃないかと思う。簡単に説明すると、この小説は日本人の団体ツアーがインドで体験する出来事について書いているのだけれど、それにしても「愛を求めて」インドに行く人っているんだろうか?愛を求めるのなら、他の国に行ったほうがいいんじゃないかと、個人的には思うのだけれど・・・。それはともかくこの小説すごいところは、なんと「クミコハウス」の記述が出てくることである。久美子オバチャンらしき女性も、しっかり出てくる。ガイドブックだけではなく小説にもその存在を書かれるなんて、さすがクミコハウスだ。


イラン テヘランで日本人旅行者と交換
藤沢 周平
『麦屋町昼下がり』
「藩中一、二を競いあう剣の遣い手二人が奇しき宿縁にむすばれ対峙する。男の闘いを緊密な構成と乾いた抒情でえがきだす名品四篇!
イランで手に入れてイランにいるうちに読み終えてしまった本。それにしてもまさかイランでチャンバラ小説を読むことになるなんて夢にも思っていなかった。しかしそのおかげで「男っぽい気質」に富んでいるイラン人男性達に負けないためにも忘れかけていた自分の中の『侍魂』を呼び覚ますにはもってこいの本だった・・・というのは真っ赤なウソで、呼び覚ますも何も元々そんなものは持っていなかったし、よく考えてみたらKOG家の家系は武家ではないので、『侍魂』がどんなものなのかもよくわかっていない僕であった。ただ、物語の主人公みたいに剣を扱うことができたら、イラン旅行中に空き缶や石が飛んできても、『居合い抜き』で叩き落せたかもしれないし、そうだったらかなりカッコイイと思ったから、そのためには剣を携帯しながらどうやって入国審査をパスするかという非常に難しく、且つどうでもいい問題について深く考えたりしたこともあった。たぶん、よっぽどヒマだったんだろう。


トルコ ドウバヤジットで宿の本と交換
島崎藤村
『破戒』
「明治時代、被差別部落出身という自分の出生を明かした教師瀬川丑松を主人公に、周囲の理由なき偏見と人間の内面の闘いを描破する。」
バックパッカー宿に泊まると、旅行者が忘れていった本や、あるいはもう読み終えてしまったからといって部屋に残していった本が何冊も積み重なっているところを見かけることがある。この「破戒」という本はドウバヤジットのサルハン・ホテルに置いてあった数冊の本のうちのひとつだった。宿のオーナーに頼んで自分が読み終えて処分に困っていた本と交換してもらったのである。あまりにも有名な本なのでここでは内容の説明なんかしないけれど、僕がこの本を読んでいて頭に浮かんできたのはインドのカースト制度のことばかりであった。日本の本をトルコで読んでインドを思い出すというのはメチャクチャだけれど、事実だからしょうがない。この本が最初に出版されたのはおよそ100年前のことだけれど、まさか読者がトルコでこの本を読んで、しかもインドを思い出したなんて、島崎藤村も夢にも思わなかったんじゃないかな。きっと。


トルコ ドウバヤジットで土神君と交換
塩野七生
『コンスタンティノープルの陥落』
「東ローマ帝国の首都として一千年余も栄えたコンスタンティノープル。独自の文化を誇ったこの都も、しかし次第に衰え、15世紀後半には、オスマン・トルコ皇帝マホメッド二世の攻撃の前に、ついにその最期を迎えようとしていた―。地中海に君臨した首都をめぐる、キリスト教世界とイスラム世界との激しい覇権闘争を、豊富な資料を駆使して描く、甘美でスリリングな歴史絵巻。」
ホームページを相互リンクしているドジンこと、「つちがみ君」から手に入れた本。コンスタンティノープルとはトルコの都市イスタンブールの古い呼び名。ちょうどトルコに入国したころで、これからイスタンブールを目指してトルコを旅し始めた僕にとっては非常にタイムリーなこの本は、トルコとローマという両帝国の間で争われた首都攻防戦を、皇帝、軍人、聖職者、医師といった様々な人物の視点から描いている。僕はイスタンブールのガラタ塔に上がって街を眺め、「あれが金角湾、トルコとローマの艦隊が制海権を争った場所か・・・」なんて言いながら中世の戦いを想像していたのだが、そういうことができたのもこの本を読んでいたからだった。イスタンブールに行く旅行者には是非オススメしたい本である。


トルコ サフランボルで宿の本と交換
ヘレン・プレジャン
『デッドマン・ウォーキング』
貧しい黒人のために活動していたシスター・ヘレンは知人から死刑囚との文通を持ちかけられる。その死刑囚、パトリック・ソニアは若いカップルの女性を強姦したうえに二人を殺害していた。文通をきっかけに面会を重ね、彼の命を救おうと奔走するが、パトリックは電気椅子に送られてしまう。死刑制度のもつ困難な問題に直面しながらも、ヘレンは死刑囚と被害者の家族の救済に取り組んでいく。
サフランボル・チャルシュ旧市街で僕が宿泊していたバストンシュ・ペンションにあった本。日本人旅行者が残していったものだと思われたこの本を、オーナーに頼んで交換してもらった・・・のだが、実はこの物語、まだ日本にいるころに映画で観ていたんだよね。なので良い本なのは間違いないんだけど、トルコで読んだときの印象というのをあんまり覚えていない。でもこの本のなかでひとつだけ頭に残っている文章があってそれは、「死刑囚に金持ちはいない」というセリフ。アメリカの裁判制度は『司法取引』とか『罰金の支払い』とかで、お金持ちは有利に裁判を進めることができるんだそうである。さすが資本主義を旗印に掲げる国だけのことはあるね。


トルコ イスタンブールで日本人旅行者と交換
中島 らも
『こらっ』
「こらっ」が言えない性格と自他ともに認める中島らもが堪忍袋の緒を揉みほぐして、ついて怒った。駅前開発を、言論の圧殺を、非実用英語を、グルメブームを、心霊商売を、変態いびりを、大麻取締法を、性教育の遅滞を叱って叱って叱りたおす。いまどきの若者いまどきの日本人、頭をたれて良く聞くようにっ、という一読ハラワタが煮えくり返る超ぶっとび硬派エッセイ集。
日本人宿「TREE OF LIFE」で同部屋だった日本人と交換した本。この人の本を読むのは初めてだったけど、かなり面白かった。書かれているコラムには納得できるものとそうでないものがあったけれど、全体的に楽しく読めた。それからこの本を読み終えて次の人に渡すとき、「あっ、この著者つい最近大麻取締法違反で逮捕されたんだよ。」なんて言われたのを良く覚えている。それでインターネット屋に行って調べてみたら本当に逮捕されていて、「すごいタイムリーな本だなあ」なんて勝手に思っていた。


ギリシャ テッサロニキでT沢クンと交換
西村京太郎
『札幌着23時25分』
十津川警部は、暴力団組長の殺人罪を立証する重要な証人を、札幌地裁に護送することになった。タイムリミットは、深夜零時!組員たちは、悪徳弁護士佐伯の指示に従い、証人の暗殺を狙う。折からの航空ストのため、東京から札幌へは、乗り継ぎが必要となる。東北新幹線、在来線、青函連絡船、車、チャーター機―追われる側となった十津川と佐伯の虚々実々の攻防。
ホームページをリンクしている「ザザさん」ことT沢クンと交換した本。彼とはギリシャからブルガリアまで5カ国を一緒に旅したが、その彼から手に入れたこの本が、この旅で僕が最後に読んだ本となってしまった。この後に進んだ西ヨーロッパには沢山の日本人旅行者がいたのだが、残念ながら本を交換するほど仲良くなれた人はほとんどいなかったのだ。それからこの著者の作品を読んだのは初めてだったが、内容に関して覚えいることはほとんど何も無い。読むのに費やした時間にしても、半日にも届かなかったような気がする。


             
 
日本へ帰国

このページにのトップにもあるように僕は日本から2冊の本を持って旅に出てわけだが、結果的には旅の間に11冊の文庫本と交換し、数としては同じ2冊の本を日本に持って帰ったことになる。今こうして振り返ってみると、交換で手に入れたほとんどの本が

「まず自分では買わないだろう」

 と思われる作品ばかりだったことに改めて感心する。あたりまえのことだけど、世の中には実にいろんな人がいて、いろんな本を読んでいるのだ。読書の幅を広げたいと思っている人にはぜひ旅先で本を交換することをオススメしたい。それから僕と本を交換した人はほとんどが長期旅行者だったのだが、このコンテンツで紹介してきた数々の本が、長期旅行者がよく読む本の傾向を示しているかどうかについては、甚だ疑問である。ジャンルも発行年代もバラバラで、本に共通する点は少ないように思える。個人的に言わせてもらうなら長旅で読むなら

「ヒマ潰しに最適な本」

 が一番だと思っている。つまらなすぎて数ページで放り出したくなるという本は論外だけど、面白すぎて熱中してしまい、睡眠時間を削りたくなる本というのも困る。あとは最初に読んだときはすごく良かったけれど、二度も読む気にはならないという本よりは

「それほど素晴らしい出来じゃなくてもいいから、飽きずに何度でも読める本」

 というのがベストだ。なぜなら旅の間は不要な本をいつでも交換できるとは限らないから。まあそういう作品は世の中にあんまりないんだけどね。

 (注) このコンテンツは今後もう更新されません。

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